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1話

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「ダイアナ!
 正義と戦いを司る闘神殿の聖女ともあろう者が、妹を虐待するなど許し難い。
 そのような卑劣の者と結婚などできん。
 婚約を破棄して国外追放を命じる!」

 一瞬で切れてしまいました。
 頭で考えている暇などありませんでした。
 正義と戦いを司る闘神様が降臨され、正義の鉄槌を下されたのです。
 私の放った右正拳突きには、闘神様の力が宿っていました。
 とても人間業ではなかったのです。

 私の右拳には、王太子チャールズの顔面を粉砕した明確な手応えがありました。
 確実の絶命させた事が分かりました。
 仮にも婚約者だった男ですが、全く何の感情も浮かびませんでした。
 神経質な男で、些細な事をいつまでもグチグチという、嫌味な男でした。
 それだけでも好きになれないのに、独身令嬢も既婚夫人も見境なく口説いて、不義密通を重ねる色情狂でした。

 しかもそれを社交界で自ら吹聴して自慢する、身の毛もよだつ性根の腐った奴で、口車に乗った令嬢や夫人が面目を失い、自殺を図る事件まで起きているのです。
 いくら政略結婚とはいえ、こんな婚約者とは結婚したくないと思うには当然で、私は闘神様を奉じる闘神殿に入り、結婚を回避しようとしたのです。
 
 闘神殿の生活は私にあっていました。
 他の神殿のような細々とした規則は一切なく、
「ただ正義を実行すべし、そのための力を養うべし」
 という教えがあるだけです。
 とはいえ実際に体を鍛えるのは本人の意思で、怠ける者は警告なしで破門になるだけの、実に単純明快で分かり易い教義でした。

 私は水を得た魚のように生き生きと生活することができました。
 実家には帰らず、社交界にも参加せず、ひたすら修行に明け暮れる二年でした。
 私には天賦の才があったのでしょう。
 私のような大らかな女性が闘神様の好みにあったのでしょう。
 闘神様の宣託が下り、闘神様の聖女に選ばれたのです。

 これでようやく大嫌いなチャールズ王太子と婚約を正々堂々と解消できると、喜び勇んで実家の父母に連絡したところ、とんでもない返事が来てしまいました。
 妹のカミラとチャールズ王太子が不義密通を重ね、カミラが妊娠してしまっているというのです。
 しかもこともあろうに、カミラの子供がチャールズ王太子の子供とは断言できないと、父母が悩み苦しんでいるというのです。

 私には父母の悩みと苦しみが理解できました。
 実の妹ではあるのですが、カミラはあの心優しい両親から生まれたとは思えない、極悪非道な性格なのです。
 王妃となってこの国の権力を握ると同時に、愛した男の子供偽って王太子にするくらい、顔色一つ変えずにやってのける悪女なのです。
 それを止めるために、この夜会に参加したのに、こんな結果になってしまうとは、この後どう後始末すべきか……
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