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第二章櫻井龍騎視点

第17話

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 近衛騎兵連隊に初年兵はいない。
 騎兵の初年訓練を受けた成績優秀者が選抜されて、近衛騎兵連隊に配属される。
 俺は演習の成績がよかったので、教官(少中尉・見習士官・准士官)や助教(下士官)の手足となって教練の助手を務めた。
 交代で週番上等兵を務め、防災・防犯・風紀の取締まり・人員の確認なども行った。

 俺はこの時初めて、会津出身者を助けてくれる者がいる事を知った。
 会津者に裏切り者と誹られている、元国家老の山川浩ではない。
 あいつは既に死んでいる。
 新政府である程度出世している会津者は、圧倒的に海軍が多い。

 俺も海軍に志願する事を考えたが、海軍ではどこに配属されるか分からない。
 僅かな給料とは言え、その給料のあるなしで、妹の運命が決まる。
 給料を家に届けるためには、必ず管区連隊に配属される陸軍を選ぶしかなかった。
 そんな俺を、幕臣出身の陸軍将校が支援してくださったのだ。

 陸軍予備役中将の山内長人殿。
 先年亡くなられてしまわれたが、陸軍後備役中将だった矢吹秀一殿。
 陸軍後備役中将の佐野延勝殿。
 陸軍中将であられた黒田久孝殿の御養子、黒田善治殿。
 陸軍中将であられた涼華刀舟殿の御一族一同。

 特に涼華刀舟殿の御一族一同と黒田善治殿が、強く援助してくださった。
 黒田善治殿は近衛歩兵第四連隊附中佐として、近衛師団に推薦してくださった。
 涼華厳刀殿が近衛騎兵連隊長として、近衛騎兵連隊に欲しいと希望を出して下さった事が特に大きかったと、後で知ることになった。

 そういう陰の支援もあって、三年目には短期伍長に進級できた。
 志願した同期の中で一番の出世だった。
 こんな事は、陸軍では長州閥の人間しかありえない。
 いや、余程優秀ならば、平民出身でもありえたかもしれない。
 だが、賊軍の汚名が着せられている会津人ではありえない事だった。

 ここ頃に、幕臣系の支援を近衛騎兵連隊の古参下士官から教えてもらったのだ。
 正直びっくりした。
 会津人を差別しない人が、陸軍にいるとは思わなかったのだ。
 いや、むしろ引き立ててくれていると言っていい。
 だから直ぐに連隊長閣下に面会を願い出で、直接御礼を申し上げた。

 連隊長閣下は、
「正当に評価しただけだ。
 その方の努力の賜物であって、感謝する必要などない。
 それでも感謝すると言うのなら、軍務で返してくれればいい」
 そう言って下さった。

 次の休日に、家に戻って父母弟妹に話した。
 会津人堅気の父母は、屋敷に御伺いして御礼を申すべきだと言った。
 しばらく碌な物が食べれなくなっても、御礼を御持ちするのが人の道だと言った。
 私もその通りだと思ったから、御屋敷に伺わせて頂くことになった。
 それが、俺の運命を大きく変えることになるとも思わずに!
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