六度目の転生は異世界で

克全

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第一章

第11話:製紙

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教会歴五六九年三月(十歳)

「兄上、今日は何をされるのですか」

 最近妹のソフィアが俺の側から離れなくなった。
 母上が父上に別れると言って脅かしたから、不安になっているのだろうか。
 母上と父上の仲を心配するのなら、父上に懐いた方がいいのだ。
 ソフィアが父上に懐いているのなら、母上も父上を脅かし難くなる。
 まさかとは思うが、母上と父上が別れることを前提に俺に懐いているのか。
 そうだとしたら恐ろし過ぎるが、普通に兄を慕っているのだと思う。
 どうかそうであってくれ、お願いだ、妹が天然悪女だなんて嫌すぎる。

「今日は紙を作る研究をするのだよ」

「紙って何ですか、教えてください、兄上」

 まだ七歳のソフィアに難しい事を言っても理解できないだろう。
 
「特に教えるような事はないよ」

 基本は和紙を作るのと同じ技術を教えるのだ。
 これも長命種のエルフとドワーフに教えればいい。
 和紙の原料となっている楮のような植物があればいいのだが、最悪藁でもいい。
 パピルスよりも安価で大量に作れる紙でなければ、新たに紙を作る意味がない。
 パピルスよりも腐り難く保存に適していれば話は違うのだが、簡単には無理だ。
 まずは安価に日常使いできる紙を大量に作りたいのだ。

 それに墨か没食子インクが使える紙でなければいけない。
 麦藁を原料に使うなら、質は悪いが大量の紙を作りだせるだろう。
 水車と風車が完成したら、材木からも紙に使える繊維を作る事ができる。
 だが残念ながら、まだ水車も風車も完成していない。
 完成したとしても、水車と風車は製粉にも使わなければいけない。
 そもそも楮のような原料を大量に見つけられたら、藁も材木も使わなくていいのだから、全ては優良な原料を発見できるかどうかだ。

「兄上の意地悪、優しくしてください」

 思考に沈んでいる間に妹が拗ねてしまった。

「大好きな妹だから優しくはしてあげるけれど、紙作りはもっと大きくなってからだ教えてあげるから、今日は花を摘みに行こう。
 ソフィアもきれいな花は好きだろう」

「はい、きれいな花は大好きです、兄上」

 妹を、いや、女性の機嫌を取るのはとても難しい。
 前世は女性に気をつかわなければいけないような世の中ではなかった。
 良くも悪くも日本は男尊女卑の世界だった。
 智徳平八郎の時代は徐々に違っていたが、彼が選んだ女性は古い考えの両親に育てられた大和撫子だったからな。
 この世界の馬を駆り自ら剣を振るうような女性とは全く違う。

「では花の咲いている草原に行こうか」

「はい、兄上」

 ソフィアはまだ七歳の少女だが、大人しい馬になら乗れるようになっている。
 歩くよりも先に馬に乗る事を覚えていると言われるのが騎馬民族だ。
 多少は大袈裟だが、まったくの嘘でもない。
 俺が先導してあげれば、ソフィアの乗った馬は従順についてきてくれる。
 護衛の近衛騎士もいてくれるから、何の問題もないだろう。
 花を積んだ後は一旦ゲルに戻って、紙漉用の木工具を依頼した街に行こう。

★★★★★★

「親方、頼んでいた道具はできているな」

「はい、ようやく完成しました、どうか確認してください」

 俺が頼んでいた通りの道具が完成していた。
 最初は俺自身の知識が間違っていないか確認するために、実験用のとても小さな試作品を作らせて、親方と一緒に目的通りに使えるか確認した。
 次にまだ体の小さな俺にも使えるような大きさの道具を作らせた。
 最後に力のある大人が使っても大丈夫な道具を作らせたのだ。
 それがこうして完成したとなると、喜びもひとしおだ。

「実際に使えるかどうか確かめてくれたのだな」

「はい、実験用と子供用の時と同じように、私自身でやりました。
 それほど上手くは扱えませんでしたが、ちゃんと使えました。
 今直ぐ同じようにやって見せられます」

「そうか、では実際にやって見せてもらおうか」

「はい」

 親方は自信満々に答えてくれたし、見事にやって見せてくれた。
 材料は麦藁なので、良質な和紙のようにはならない。
 智徳平八郎が小学生時代に使っていた藁半紙を作る事ができただけだ。
 だがこれで藁半紙なら大量に作る事ができる。
 いい原材料を見つけることができれば、和紙と同等の紙を作り出せる。
 そうなったら腐りやすいパピルスなど不要になる。
 我がストレーザ公国の重大な輸出品にする事ができる。

「よくやってくれた、褒めてつかわす」

「有り難き幸せでございます」

「親方はロアマ人奴隷だが、今日からは俺の従属民として扱う。
 家族も含めて絶対に売らないから、これからも道具作りには励んでくれ。
 それと、子供達だけでなく、私が派遣するエルフ族とドワーフ族にも道具作り教えてもらう、いいな」

「はい、レオナルド様の御命令通りにさせていただきます」

 予定通りではあるが、紙漉きの道具が完成した事はとても大きい。
 最良の原材料を見つけるのは難しいが、不可能だとは思わない。
 一番の候補はパピルス作りに使った高草だ。
 茎を叩いて加工するだけで紙のように使えるのだ。
 石と杵で丁寧に叩いて繊維を解してから漉けば、もっといい紙になるはずだ。
 いや、こんな所で楽をせずに試せる植物は全部試すのだ。
 だがそのためには、やはり水車は優先的に紙作りに使わなければいけないな。

 そうなると製粉できる量が激減してしまう。
 製粉事業が利益を生む加工業なのは確かなのに、もったいない。
 人力に頼らずに、水車や風車の力も借りずに製粉する方法があればいいのだが。
 ああ、そうか、そうだった、うっかりしていた。
 今の人力製粉は、深く広い穴をあけた石に麦を入れて、杵で叩いて製粉している。
 だが日本で製粉が発達したのは、石臼が導入されてからだ。
 各家庭に石臼が導入されたから、蕎麦やうどんが広まったのだった。

「親方、この街に石工職人はいるか。
 この街にいなければ近くの町や村でも構わない。
 知り合いの石工職人がいれば紹介してくれ」

 石を使って武器を作る事を考えていた時に、もっと深く考えておくべきだった。
 あの時に思いついていれば、冬の間にある程度の数の石臼を作れたのだ。
 各家庭に一個、いや、村に一個の石臼があれば、税金を小麦や大麦ではなく小麦粉や大麦粉で納めさせることができた。
 そうなれば、わざわざこちらで製粉する労力を省くことができたのだ。

「はい、この街にも近くの町にも知り合いの石工職人がいます。
 もし彼らがレオナルド様の御命令通り道具を作れたら、私と同じように奴隷から従属民に取立てていただけるのでしょうか。
 家族ともども売られる心配をしなくてよくなるのでしょうか」

「ああ、俺の望む道具を作ってくれるなら従属民にしてやる」

「今直ぐご案内する事ができますが、いかがなされますか」

「では今直ぐ案内してもらおう」

 よし、これでまた一歩先に進ことができたぞ。
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