六度目の転生は異世界で

克全

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第一章

第13話:準備

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教会歴五六九年五月(十歳)

 ガン、ドンと大きな音を鳴らして父上が入ってきた。
 ゲルの家なら少々乱暴に閉めても物音など立たない。
 だが新たに拠点に定めたストレーザの屋敷は石造りの家だ。
 ドアも木製だから、ちょぅと乱暴に扱うと大きな物音が立ってしまう。
 近衛騎士や戦士は拠点の変更に反対したが、生き残るためだから仕方がない。
 剛力のオーク軍と戦うためには、籠城ができる都市内に住むしかないのだ。

「王や氏族長達は何と言っているのですか、父上」

 王や氏族長達が愚かな事を言ったのは父上の怒りに満ちた態度で明白だった。
 父上の怒りに油を注ぐような質問はしたくないのだが、しない訳にはいかない。
 今後の戦略戦術を考えるには、王と氏族長達の考えを知らなければいけない。
 氏族長会議で本心を話すとは限らないが、言っている事と実際の行動の違いを知ることがとても大切なのだ。
 王と氏族長達の今までの言行は頭に入れているが、常に新しい情報を入れておかないと、大きな間違いを犯してしまうかもしれない。

「あのバカどもが、どれほど危険な状況か全く分かっていない。
 アオスタのバカは、オーク軍など自分達だけで叩き潰せると言いやがった」

 アオスタ公は公国を建国した氏族の中では最弱の部類に入る。
 勇猛果敢な氏族ではあるが、戦える戦士は五〇〇人程度しかいないはずだ。
 昔からの従属民や奴隷を戦わせたとしても、二〇〇〇人には届かないだろう。
 領地にいるロアマ人やイタリアエルフ人を過酷に扱っていると聞いているから、オーク王国軍が攻め込んで来たら、彼らが進んで叛乱するのも目に見えている。
 この状況で数万のオーク軍に勝てると言い切れるとは、バカを超えた狂人だな。

「他の氏族長達はなんと言っているのですか。
 特にオーク王国と領地を接している有力氏族長は」

「トリノの奴は同じように勝てると言っている。
 万が一アオスタが負けそうになったら援軍を送ると言っている。
 それどころか、逆にこちらからグルノーブルを襲えば、街を護るためにオーク王国が軍を引くだろうと言いやがった」

 何が何でも略奪がしたいという事か、愚かな。
 与えられた領内の街や村を後先考えずに襲い奪うだけ奪うから後が続かないのだ。
 来年以降も今年と同じように略奪で富を得るためには、他の氏族が優先権を与えられた土地以外の場所を襲いたいのだろう。
 だからといって、絶対に勝てないオーク王国に戦いを挑んでどうするのだ。
 ゲピドエルフ王国とロアマ帝国イタリア駐屯軍に勝ってしまったことが、氏族長達を驕り高ぶらせてしまったのだろう。

「ジェノバ公は何と言っているのですか、他の弱小公達は何と言っているのですか」

「ジェノバの奴は自分でやった事の責任は自分で取れと言っている。
 オーク王国が自分の領地に攻め込んで来たら叩きのめして見せるとも言っている。
 それと、必要ならニースを襲って王国軍を分散させてやってもいいが、その時にはオーク王国を怒らせた奴に家畜の一割を要求するとも脅していた。
 弱小公の中にはジェノバの奴に合わせてニースを襲ってもいいと言う奴もいた。
 その代わり、ジェノバと同じように家畜を寄こせと言っていた」

 なんと言う事だ、連携とるどころか自分達の利益しか考えていない。
 トリノ公は、王家に取って代わる事を考えて弱小公達を取り込む派閥工作をしている心算なのだろうが、墓穴を掘っているとしか思えない。
 ジェノバ公は、他の氏族を囮にして損害を受けずに略奪をする方法を考えたのだ。
 弱小公達もそれぞれの考えで二派に分かれているようだ。
 だが王はこの状況をどう考えているのだ。
 氏族連中の力がとても強いとは言っても、二度の勝利で指導力があるだろう。

「王は軍をまとめての決戦を決断したのですか。
 それとも氏族長達を抑えて和平の道を選んだのですか」

「そのどちらでもない、氏族長達の好きにさせるようだ」

 あの王が優柔不断な訳がないから、よほど氏族長達の意見が割れたのだろう。
 だが二派に分かれているだけなら、敵地に入り込んで守るか迎え討って守るかの違いだけで、王はどちらかを選ぶだけでいいはずだ。
 どうしてもまとまらないのなら迎え討つ氏族と攻め込む氏族に分ければいい。
 一国でまとまって略奪する機会があるというのなら、ほとんどの氏族がオーク王国に攻め込む方を選ぶはずだ。
 そういう状況になったのなら、父上がここまで怒るとは思えない。

「氏族長の中に、トリノ公とジェノバ公以外の意見があったのですね」

「ああ、氏族達の半数は、イタリアの南を襲う権利を与えられている。
 俺達が領地を得て建国したのを苦々しく思っている氏族長達がいるのだ。
 そんな連中は、オーク王国にケンカを売ったバカの手助けなどしないと言い張って、予定通り南を襲うと断言して準備を続けている」

 ランゴバルド人の半数は北に領地を得たが、残る半数はまだ領地を得ていない。
 自分達より弱いと思っているロアマ人から土地を奪って建国する気でいたのだ。
 それを、先に土地を得た連中の尻拭いに、精強なオーク軍と戦わなければいけなくなったと言われては、激怒して自分達の利益を優先するのが当然だ。
 彼らの気持ちは分かるが、俺にとっては最悪の状況に近い。

 それでなくてもランゴバルド人よりも個体能力の高いオークと戦わなければいけないのに、半数にそっぽを向かれ、残る半数も派閥争いをしている状況だ。
 これでは絶対に勝てそうにないから、俺達が生き残る策を考えよう。
 生き残る策は幾つもあるが、父上に献策していた方法は少ない。
 その下準備が成功したかどうか確認しておかなければいけない。

「国王陛下にアルプスインダ王女を使った和平交渉は提案してくれたのですか」

「提案はしたが、他の氏族連中の反対があって返事はもらえなかった。
 最悪の場合は、アルプスインダ王女を女王に立ててオーク王国の属国のなるという、レオナルドの策を取らなければいけないかもしれない」

 父上がとても悔しそうな表情で吐き捨てた。
 母上以外にはとても誇り高い戦士である父上だ。
 自分の国が他国の属国になるのは耐えがたい屈辱だろう。
 だが最悪の場合は、できない我慢を歯を食いしばってしてもらうしかない。
 三年、いや、五年あればストレーザ公国を最強の国にする事ができる。
 火薬を作る気はなかったのだが、生き残るためには仕方がないのかもしれない。
 鉄砲を造る鍛冶技術はなくても、手榴弾やロケット弾は作れるからな。

「そうと決まれば、国王陛下と内々に話しを進めなければいけません。
 国王陛下が賛成してくださらないのなら、アルプスインダ王女だけでも味方につけて、我が公国にお迎えしなくてはいけません。
 父上は王女と個人的なつながりをお持ちですか」
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