六度目の転生は異世界で

克全

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第一章

第31話:密約

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教会歴五六三年十月(十四歳)

「宰相殿、女王陛下と私が宰相殿を困らせている事は重々承知しています。
 ですがそれは、か弱い女が不安の余りやっている事なのです。
 どうか、大きな心で許してやってくれませんか」

 俺が物騒な事を考えたのを悟ったのか、ロザムンダ先代王妃が下手にでてきた。
 一瞬殺そうかと考えたのは確かだが、もう殺す気はなくなっている。
 それにしても、ロザムンダはアルプスインダ女王を助けようと必死だな。
 ロザムンダ達がアルボイーノ王を謀殺した事で、アルプスインダ女王の立場が悪くなったので、罪の意識があるのだろう。
 
 二人の事がさらに哀れに思えてきた。
 アルプスインダ女王個人はもちろん王家にも、どうしても殺さなければいけないほどの力もないし、放置しておいても構わない。
 父上さえ納得してくれるのなら、二人を安心させる方法はある。
 問題は、精神的に不安定なアルプスインダ女王が、その方法を周囲に口にしてしまう事だ。

「許すも許さないも、戦士である私が女性の女王陛下を殺す事はありませんよ。
 それに、神の使いであり予言者である私は、無理に王になる必要もありません。
 神の代弁者として女王陛下に命令すればいいですから。
 だから、女王陛下もロザムンダ殿下も何も心配しなくて大丈夫ですよ。
 それでも心配だと申されるのでしたら、父上の妻になられますか。
 あるいは父上を王配に迎えられますか。
 母上を熱愛されている父上を説得してからの話ですが、そんな方法もあります。
 ただし、この方法は私が許可を出すまで公言しないでください。
 こちらの準備が整うまでは、オーク王国と戦いたくないですから」

 二人の事が可哀想になって口にしてしまったが、王より対場が上だと公言するのは、氏族長達に挑発していると受け止められるかもしれない。
 戦えば絶対に勝つ自信はあるが、内戦を始めると死ななくてもいい人間が死ぬ。
 本多平八郎や東郷平八郎の記憶と知識に意識を集中すれば、ほとんど罪の意識を感じないが、人殺しが好きな訳ではない。

 内戦となったら理想の国を作る人手を失ってしまう。
 人手が減った分だけ理想の国作りに時間がかかってしまう。
 そんな事になったら、夢半ばで敗れた大塩平八郎の記憶が哀しみを感じてしまう。
 五人もの知識と記憶を持ち、感情が引きずられるのは結構苦しいのだ。
 五人全員が辛さや苦しさを感じない方法で生きていきたいものだ。

 そのために理想の国作りが遅れる可能性あるのが分かっていて、二人にこの話をして安心させたのだ。
 顔を見た事もなければ会話した事もない、奴隷徒士兵やランゴバルド人が死ぬ事よりも、この二人が恐怖のあまり心を壊す事の方が、俺には辛い。
 だから妻大好きの父上に形だけ重婚するような無理を言う事にしたのだ。

 問題は精神的に不安定な女王が秘密を守れるかだ。
 女王の身の回りは我が国出身の侍女だけにやらせている。
 だが、その侍女に他の氏族長の誘惑の手が伸びていないとは断言できない。
 表面上は父上や俺に従っているように見えて、内心では俺達に反感を持っているかもしれない。

「フィリッポ公王を女王の王配に迎える事は、安心できる方法の一つではありますが、愛妻家のフィリッポ公王が納得してくださるとは思えません。
 それに、私を妻に迎えたいと思ったアルボイーノ王は、先妃のクロトジンド殿を平気で殺したのです。
 形だけ結婚したからと言って、女王は安心できないと思います。
 それよりは、宰相殿が女王陛下よりも上の立場だと公言していただく方が、女王陛下は安心できると思います。
 できるだけ早く帝王や皇帝を名乗って女王を安心させてやってください。
 レオナルド皇帝陛下の支配下にある小国の女王として、心安らかに暮らせます」

 アルプスインダ女王は玉座に座ったまま震えている。
 俺に詰め寄った事で、決定的な事態に陥る事を恐れているのかもしれない。
 殺されるのが怖いのなら、俺を怒らせるような事を口にしなければいいと考えるのは、精神的に病んでいる人間を知らない者の考えだ。
 自暴自棄になっている人間は、後先考えずに色々やってしまうのだ。

 そんなアルプスインダ女王を庇って、ロザムンダが意見を口にしてくる。
 確かに結婚したからと言って命が保証されるとは限らない。
 特にアルプスインダ女王の立場で考えれば、父親が母親を殺しているのだ。
 しかもその後で義母が父親を殺しているのだ。
 これは俺の考えが甘過ぎた、いや、アルプスインダに親身になっていなかった。
 本気でアルプスインダの事を考えていれば、父上との結婚話はしなかった。
 もう少し真剣に二人の事を考えよう。

「分かりました、できるだけ早く父上と相談して女王陛下と殿下の今後を決めさせていただきますが、絶対に女王陛下を殺さないと約束させていただきます」

「女王の地位などいらない、安らかに眠らせてくれるだけでいいの。
 血塗れの母上や、血を吐く父上に冥府に引きずり込まれる悪夢を見るのは嫌なの。
 お願い、一日でも早く退位させて、お願いよ」

 アルプスインダの悲痛な願いを聞いて、俺は本気で動いた。
 その日のうちに父上のおられるストレーザに馬を駆けさせた。
 護衛は主力の奴隷徒士団を王都に置いて、近衛騎士団だけを率いて公都に急いだ。
 ストレーザに着いて直ぐに父上とひざ詰めの談判をした。
 愛妻家の父上を説得するために、母上にも同席してもらった。

 心優しい母上はアルプスインダとロザムンダの話を聞いて心から同情してくれた。
 だから俺と一緒に親身になって二人の事を考えてくれた。
 父上との結婚だけでは二人を安心させられない事も理解してくれた。
 もちろん俺との婚約や結婚でも意味がない事を理解してくれた。
 二人を安心させるためには、父上や俺が絶対に裏切らない人質を差し出すべきだと言ってくれたが、流石にこれは父上が納得しなかった。

 父上と俺が絶対に裏切らない人質なんて、母上しかいない。
 母上には逆らえない父上だが、その母上を人質にする事だけは、いくら母上の言う事でも受け入れてくれなくて当然だった。
 だから、母上に準ずる人間を王都に送って人質とする事になった。
 妹のソフィアを、行儀見習いという理由でアルプスインダ女王に仕えさえる事になったのだが、これも父上を説得するのが大変だった。

 母上と瓜二つのソフィアを溺愛する父上は、最初は頑として認めなかった。
 だが母上がソフィアを行儀見習いに出さないのなら、自分が父上の目を盗んで王都に行くと言い張ったから、渋々認める事になった。
 母上が本気になったら父上が止めようとして止められない事を、父上が他の誰よりも知っているからだ。

「父上の不安と心配は当然でございますが、王都にはリッカルド叔父上がおられますし、侍女は全員母上が選び抜いた一族と従属民の娘です。
 必ずソフィアを護り抜いてくれます」

 そう言う俺を父上は恨みの籠った眼で見ておられたが、それでも最後は認めてくれたから、俺も言い出しっぺの責任を取らなければいけない。
 少し忙しくなるが、イタリアの統一計画を早めよう。
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