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出会い

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「これはきれいな花だね。
 何という名の花なんだい?」

「矢車草と申します」

「矢車草?
 矢車草は白色ではなかったか?
 これは見たこともない鮮やかな黄色だが?」

「愛情を込めてお世話していますと、時に珍しい色に咲いてくれるのです。
 ただ本当に稀な事で、望む色にもなってくれません」

「ほう、そうなのか?
 それはよき事を聞いた。
 また聞きたいことがあるかもしれん、名を聞いておこう」

「オリビア・ツー・カーと申します」

「オリビア・ツー・カーだな。
 覚えておくぞ」

「ありがたき幸せでございます」

 これが士族最下級の徒士家の娘、オリビア・ツー・カーと、ウィンタールトン王家第一王子、ジェームス・フォン・ウィンタールトンの出会いだった。

 カー徒士家は代々王城の庭師を務めていた。
 給料は王家に仕える士族では最低の三十俵二人扶持。
 単純計算で米四十俵、二千四百キログラムだ。
 人間ひとりが生きていくの必要な米の量が二俵半、一石と言われている。
 味噌醤油などの調味料や副食代に半石は必要になる。
 煮炊きするのに薪や炭も必要だ。
 衣服代や交際費、家の修繕費などを無視しても二石は必要とになる。
 
 石高計算でカー徒士家の収入はわずか十六石。
 着の身着のままの最低限の生活をしても、八人しか生きていけない。
 当主夫婦に子供が二人、隠居夫婦が生きていればすでに六人だが、ここに徒士家の軍役と体面があるので、槍持ちと下男下女を雇わなければならない。
 普通に王家に仕え役目を果たすだけで赤字なのである。

 当然のように家族は内職に励まなければいけなくなる。
 そうでなけれれば、一日でも早く家を出て手に職をつけなければいけないのだが、ここでも王家に仕える徒士家の体面が邪魔をする。
 職人に弟子入りしたり商家に丁稚奉公したりはできないのだ。
 やれることは表に出ない内職になってしまう。
 
 だが女性には別の方法があった。
 嫁入り修行という体裁で、王家や貴族家の奥に勤めるのだ。
 まあ、貴族家は自家の家臣の娘を奥に迎え、少しでも家臣に金を流そうとするから、王家に仕える士族の娘は、王家の奥、後宮入りを目指すことになる。
 オリビアもそんな娘のひとりだった。

 だが徒士家の娘であるオリビアにろくな役目が与えられるはずもなく、当然給与も与えられない最下級の役目になる。
 後宮の主である国王の愛妾になる可能性があり、顔を見せてもいいお目見え以上どころか、国王が手をつけてはいけない、顔を見せてもいけない目見え以下にもなれず、部屋持ちの女官の世話係、部屋子という立場だった。
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