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第一章
第20話:エノー女伯爵アデライード
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「ショウ殿、ここがエノー女伯爵アデライード殿が治める都市、エノーだ」
領地も都市も爵位も同じ呼び方をするのだな。
ややこしいが、それがこの世界のやり方ならば、慣れるしかない。
「ほう、なかなか頑丈な城壁に囲まれていますね。
これだけの石を積み上げ漆喰で固めるには、多くの人手と費用が掛かったでしょうに、エノー家は力のある伯爵家なのですか?」
「ショウ殿の申される通りだ。
エノー家が持つダンジョンは武器をドロップするのだ。
浅い階は木製の棍棒や剣、槍や弓なのだが、深く潜るほど良い武器がドロップするから、昔から軍事力に秀でていたのだ」
「その代わり、食糧で困っていた?」
「その通りだ。
良い武器があるから、周囲の森で獣を狩ったり森の実りを集めたりはできるのだが、拠点の都市を離れ過ぎると死傷者の数が増えてしまう。
そのため、どうしても都市単独で養える民の数が限られてきたのだ」
「そのような軍事都市なら、肉をドロップするダンジョンと豊かな魔境を領内に持つ、ネウストリア辺境伯領と争いになったでしょう?」
「ああ、長きに渡って争ってきた。
だが、その争いに乗じて我らを滅ぼして全てを手に入れようとする、卑怯者が現れたのだ」
「その卑怯者に対処するために、同盟する事にした?」
「そうだ、代々好敵手として戦ってきたからな。
卑怯なやり方で全てを手に入れようとする者が許せなかったのだ」
「互いに身内を殺されていたのでしょう?
よく恨みを乗り越えられましたね?」
「我が家の方が有利であったし、爵位も上だった。
我が家が新たな敵と同盟を結び、エノー家を滅ぼす方針を選ぶ事を恐れたのだ」
「食糧さえあれば、武器はどうとでもなりますからね」
「ショウ殿の申される通りだ」
都市の城門から領主の城に案内されるまでに、色々な話をした。
最初に訪問する都市、エノーにたどり着くまで三日かかった。
その間にもエノーについて教えてもらたが、実際に見ると理解が深まる。
辺境伯領の領都ネウストリアから伯爵領の領都エノーの間には、都市もなければ村もない、馬車も使えない道があるだけだ。
魔獣や猛獣が闊歩する世界では、人は防御力の高い都市でしか生きていけない。
同時に、食糧を確保できる場所でなければ生きていけない。
有史以来、何度もダンジョン依存の都市外に人間の拠点を造る挑戦はされた。
だが、その試みが成功する事は極まれだったそうだ。
成功したかのように見えても、想像を超えた魔獣に襲われて壊滅してしまう事が続き、最終的にダンジョンや魔境の依存する都市だけが人の限られた生存圏となった、
例外もあるそうで、強力な軍隊の勢力圏内に築かれた砦か狩猟村が、僅かな成功例として残っているそうだ。
人の生存圏であるダンジョン都市も、全く食糧をドロップしない場合は、食糧を他所から輸入しないと多くの民を養えないのだ。
今訪問しているエノーがそう言う都市だという。
ネウストリア辺境伯家と同盟した事で、食糧が安定して手に入るようになり、領民数もドロップ数も順調に増えているそうだ。
ネウストリア辺境伯家も同盟のお陰で安定した食糧の輸出先ができたし、性能の良い武器も手に入るようになったので、ウィンウィンの関係なのだろう。
「エノー女伯爵アデライード殿、お久しぶりです」
「本当にお久しぶりですわね、オセール伯爵カミーユ殿。
使者から話しは聞かせて頂いたけれど、白金片級の冒険者が現れたのですって?」
エノー女伯爵はそう言いながら、後方に控える俺の方に視線を向けてきた。
「はい、後ろに控えるショウ殿が、見事に地下二十一階層まで制覇されました。
今は地下二十二階層に挑んでおられる所です。
本当ならずっとダンジョンアタックを続けてもらいたいところなのですが、国王陛下に数十年ぶりのドロップを献上するとなると、護衛してもらうしかありません」
「そうね、全ての貴族が私達に好意的ではないものね。
門番から報告を受けているけれど、襲撃されたのですって?」
「はい、ショウ殿のお陰で全員捕虜にできましたが、平民盗賊の証言では、ナミュール侯爵を追い詰める事は難しいと思われます」
「そうね、ナミュール侯爵が支配している地は広く豊かだから、王家としてもそう簡単に処罰できないものね」
「はい、悔しいですが、今は我慢するしかありません」
「それで、捕らえた者共はどうするの?
ネウストリアに戻るわけにもいかないだろうし、ナミュール侯爵の所にも連れて行けないでしょう?
私が買ってあげましょうか?」
「ありがたい提案なのですが、三百人の捕虜全てをショウ殿が生け捕りにされたので、私に決める権利はないのです」
「あら、まあ、そうなの?
それは凄いわね!
でも、多くの人を入れられる都市は限られているわよ?
交易条約を結んでいる領主でも、何時蜂起するか分からない、三百もの犯罪者奴隷の入都市は拒むわよ。
それでも連れて行くの?」
エノー女伯爵は、自分が胆力の有る領主だとアピールしたいのだな。
同時に、三百くらいの犯罪者奴隷など簡単に鎮圧できるとも言いたいのだ。
「ショウ殿、白金片級冒険者なら貴族待遇だ。
直接返答しても失礼にはあたらないぞ」
堅苦しい会話が嫌で、身分で遠慮しているように見せかけていたのに、オセール伯爵が余計な事を言いだしやがった。
「お気遣いありがとうございます。
三百人の犯罪者奴隷が都市に入るのを拒まれても、何の問題もありません」
「食糧はどうするの?」
「アイテムボックスがありますので、本来なら持ち帰れない浅い階層のドロップが、辺境伯閣下に納めさせていただいた分以上に残っております」
「な、アイテムボックス持ちですって?!
ネウストリア辺境伯家秘蔵の魔法袋を使ったのではないの?!」
エノー女伯爵は、今回の交易に魔法袋を使ったと思っていたようだ。
いや、ネウストリア辺境伯家は常に魔法袋を使って交易しているのかもしれない。
「エノー女伯爵、あれを使ってしまうと、食糧備蓄に問題が出てしまいます。
それでなくても、ショウ殿が持ち帰ったドロップが膨大で、ショウ殿に保管してもらわないと、安価な肉は捨てるか魔境狩りの餌にするしかない状態です」
「……だったら、こちらが対価さえ出せば、普段の量以上の肉を融通してもらえると言う事かしら?」
「はい、国王陛下に献上する分と、有力貴族の方々のごご機嫌伺いに使う分以外は、それぞれ二百から五百はお譲できます」
「な、二百から五百?!
まさか、灰魔虎や灰魔熊に」
「……オセール伯爵が断言されるのだから、間違いではないのよね。
正直とても羨ましい話しね。
でも、灰魔兎以上の肉は約束通りでいいわ。
家が必要なのは安価な肉よ。
領民を飢えさせる事の無いように、数が必要なの。
とは言っても、こちらにも都合があるから、一日時間をいただけないかしら?」
「今晩中に決めて頂けるのでしたら、私には何の問題もありません」
「違うの、予定の明日までではなく、明後日まで滞在して欲しいの。
約束した量は、今日中に交易を終えてしまうとして、家に備蓄できる量と、家が支払える武器の数を計算し直さなければいけないの」
エノー伯爵家の最も大切な貴族はネウストリア辺境伯家だろうが、他の家とも交易しているはずだ。
いくら目の前に必要な食糧が有ると言っても、他家に渡す約束をしている武器をネウストリア辺境伯家に渡すわけにはいかないだろう。
「オセール伯爵閣下、旅程には余裕があると言っておられましたよね?」
「ああ、何処で何時何回襲撃されるか分からなかったから、かなり余裕を持った旅程にしてあるが、この後何があるか分からないのだぞ?」
オセール伯爵の言いたい事も分かる。
これからまだまだ多くの貴族家を訪問しなければいけないのだ。
最初の家でグズグズする訳にはいかないと言いたいのだろう。
だが、ネウストリアからエノーまでは五日で計算していたと聞いている。
敵の襲撃を瞬時に鎮圧できたので、二日の余裕が生まれている。
その一日分をここで使ってもいいと思うのだ。
特に、エノー伯爵家は大切な同盟相手だ。
ある程度は、戦力も食糧も備蓄が有った方が良いと思う。
いや、ネウストリア辺境伯家やエノー伯爵家の都合など、どうでもいい。
俺の実力を思い知らせておくことで、両家からの余計な手出しを防いでおく。
人殺しは何とも思わなくなっているが、好きな訳でもない。
「俺がいるのです、何処で何時誰が襲撃して来ても瞬殺してやりますよ。
それよりは、交易相手に豊かになってもらった方が良いでしょう?
良い武器を優先的に回して貰いたいでしょう?」
「まさか?!」
「丸一日あれば、ここのダンジョンも地下二十一階層くらいまでは潜れると思うので、食糧の代価に深層のドロップを約束してもらいません?」
領地も都市も爵位も同じ呼び方をするのだな。
ややこしいが、それがこの世界のやり方ならば、慣れるしかない。
「ほう、なかなか頑丈な城壁に囲まれていますね。
これだけの石を積み上げ漆喰で固めるには、多くの人手と費用が掛かったでしょうに、エノー家は力のある伯爵家なのですか?」
「ショウ殿の申される通りだ。
エノー家が持つダンジョンは武器をドロップするのだ。
浅い階は木製の棍棒や剣、槍や弓なのだが、深く潜るほど良い武器がドロップするから、昔から軍事力に秀でていたのだ」
「その代わり、食糧で困っていた?」
「その通りだ。
良い武器があるから、周囲の森で獣を狩ったり森の実りを集めたりはできるのだが、拠点の都市を離れ過ぎると死傷者の数が増えてしまう。
そのため、どうしても都市単独で養える民の数が限られてきたのだ」
「そのような軍事都市なら、肉をドロップするダンジョンと豊かな魔境を領内に持つ、ネウストリア辺境伯領と争いになったでしょう?」
「ああ、長きに渡って争ってきた。
だが、その争いに乗じて我らを滅ぼして全てを手に入れようとする、卑怯者が現れたのだ」
「その卑怯者に対処するために、同盟する事にした?」
「そうだ、代々好敵手として戦ってきたからな。
卑怯なやり方で全てを手に入れようとする者が許せなかったのだ」
「互いに身内を殺されていたのでしょう?
よく恨みを乗り越えられましたね?」
「我が家の方が有利であったし、爵位も上だった。
我が家が新たな敵と同盟を結び、エノー家を滅ぼす方針を選ぶ事を恐れたのだ」
「食糧さえあれば、武器はどうとでもなりますからね」
「ショウ殿の申される通りだ」
都市の城門から領主の城に案内されるまでに、色々な話をした。
最初に訪問する都市、エノーにたどり着くまで三日かかった。
その間にもエノーについて教えてもらたが、実際に見ると理解が深まる。
辺境伯領の領都ネウストリアから伯爵領の領都エノーの間には、都市もなければ村もない、馬車も使えない道があるだけだ。
魔獣や猛獣が闊歩する世界では、人は防御力の高い都市でしか生きていけない。
同時に、食糧を確保できる場所でなければ生きていけない。
有史以来、何度もダンジョン依存の都市外に人間の拠点を造る挑戦はされた。
だが、その試みが成功する事は極まれだったそうだ。
成功したかのように見えても、想像を超えた魔獣に襲われて壊滅してしまう事が続き、最終的にダンジョンや魔境の依存する都市だけが人の限られた生存圏となった、
例外もあるそうで、強力な軍隊の勢力圏内に築かれた砦か狩猟村が、僅かな成功例として残っているそうだ。
人の生存圏であるダンジョン都市も、全く食糧をドロップしない場合は、食糧を他所から輸入しないと多くの民を養えないのだ。
今訪問しているエノーがそう言う都市だという。
ネウストリア辺境伯家と同盟した事で、食糧が安定して手に入るようになり、領民数もドロップ数も順調に増えているそうだ。
ネウストリア辺境伯家も同盟のお陰で安定した食糧の輸出先ができたし、性能の良い武器も手に入るようになったので、ウィンウィンの関係なのだろう。
「エノー女伯爵アデライード殿、お久しぶりです」
「本当にお久しぶりですわね、オセール伯爵カミーユ殿。
使者から話しは聞かせて頂いたけれど、白金片級の冒険者が現れたのですって?」
エノー女伯爵はそう言いながら、後方に控える俺の方に視線を向けてきた。
「はい、後ろに控えるショウ殿が、見事に地下二十一階層まで制覇されました。
今は地下二十二階層に挑んでおられる所です。
本当ならずっとダンジョンアタックを続けてもらいたいところなのですが、国王陛下に数十年ぶりのドロップを献上するとなると、護衛してもらうしかありません」
「そうね、全ての貴族が私達に好意的ではないものね。
門番から報告を受けているけれど、襲撃されたのですって?」
「はい、ショウ殿のお陰で全員捕虜にできましたが、平民盗賊の証言では、ナミュール侯爵を追い詰める事は難しいと思われます」
「そうね、ナミュール侯爵が支配している地は広く豊かだから、王家としてもそう簡単に処罰できないものね」
「はい、悔しいですが、今は我慢するしかありません」
「それで、捕らえた者共はどうするの?
ネウストリアに戻るわけにもいかないだろうし、ナミュール侯爵の所にも連れて行けないでしょう?
私が買ってあげましょうか?」
「ありがたい提案なのですが、三百人の捕虜全てをショウ殿が生け捕りにされたので、私に決める権利はないのです」
「あら、まあ、そうなの?
それは凄いわね!
でも、多くの人を入れられる都市は限られているわよ?
交易条約を結んでいる領主でも、何時蜂起するか分からない、三百もの犯罪者奴隷の入都市は拒むわよ。
それでも連れて行くの?」
エノー女伯爵は、自分が胆力の有る領主だとアピールしたいのだな。
同時に、三百くらいの犯罪者奴隷など簡単に鎮圧できるとも言いたいのだ。
「ショウ殿、白金片級冒険者なら貴族待遇だ。
直接返答しても失礼にはあたらないぞ」
堅苦しい会話が嫌で、身分で遠慮しているように見せかけていたのに、オセール伯爵が余計な事を言いだしやがった。
「お気遣いありがとうございます。
三百人の犯罪者奴隷が都市に入るのを拒まれても、何の問題もありません」
「食糧はどうするの?」
「アイテムボックスがありますので、本来なら持ち帰れない浅い階層のドロップが、辺境伯閣下に納めさせていただいた分以上に残っております」
「な、アイテムボックス持ちですって?!
ネウストリア辺境伯家秘蔵の魔法袋を使ったのではないの?!」
エノー女伯爵は、今回の交易に魔法袋を使ったと思っていたようだ。
いや、ネウストリア辺境伯家は常に魔法袋を使って交易しているのかもしれない。
「エノー女伯爵、あれを使ってしまうと、食糧備蓄に問題が出てしまいます。
それでなくても、ショウ殿が持ち帰ったドロップが膨大で、ショウ殿に保管してもらわないと、安価な肉は捨てるか魔境狩りの餌にするしかない状態です」
「……だったら、こちらが対価さえ出せば、普段の量以上の肉を融通してもらえると言う事かしら?」
「はい、国王陛下に献上する分と、有力貴族の方々のごご機嫌伺いに使う分以外は、それぞれ二百から五百はお譲できます」
「な、二百から五百?!
まさか、灰魔虎や灰魔熊に」
「……オセール伯爵が断言されるのだから、間違いではないのよね。
正直とても羨ましい話しね。
でも、灰魔兎以上の肉は約束通りでいいわ。
家が必要なのは安価な肉よ。
領民を飢えさせる事の無いように、数が必要なの。
とは言っても、こちらにも都合があるから、一日時間をいただけないかしら?」
「今晩中に決めて頂けるのでしたら、私には何の問題もありません」
「違うの、予定の明日までではなく、明後日まで滞在して欲しいの。
約束した量は、今日中に交易を終えてしまうとして、家に備蓄できる量と、家が支払える武器の数を計算し直さなければいけないの」
エノー伯爵家の最も大切な貴族はネウストリア辺境伯家だろうが、他の家とも交易しているはずだ。
いくら目の前に必要な食糧が有ると言っても、他家に渡す約束をしている武器をネウストリア辺境伯家に渡すわけにはいかないだろう。
「オセール伯爵閣下、旅程には余裕があると言っておられましたよね?」
「ああ、何処で何時何回襲撃されるか分からなかったから、かなり余裕を持った旅程にしてあるが、この後何があるか分からないのだぞ?」
オセール伯爵の言いたい事も分かる。
これからまだまだ多くの貴族家を訪問しなければいけないのだ。
最初の家でグズグズする訳にはいかないと言いたいのだろう。
だが、ネウストリアからエノーまでは五日で計算していたと聞いている。
敵の襲撃を瞬時に鎮圧できたので、二日の余裕が生まれている。
その一日分をここで使ってもいいと思うのだ。
特に、エノー伯爵家は大切な同盟相手だ。
ある程度は、戦力も食糧も備蓄が有った方が良いと思う。
いや、ネウストリア辺境伯家やエノー伯爵家の都合など、どうでもいい。
俺の実力を思い知らせておくことで、両家からの余計な手出しを防いでおく。
人殺しは何とも思わなくなっているが、好きな訳でもない。
「俺がいるのです、何処で何時誰が襲撃して来ても瞬殺してやりますよ。
それよりは、交易相手に豊かになってもらった方が良いでしょう?
良い武器を優先的に回して貰いたいでしょう?」
「まさか?!」
「丸一日あれば、ここのダンジョンも地下二十一階層くらいまでは潜れると思うので、食糧の代価に深層のドロップを約束してもらいません?」
応援ありがとうございます!
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