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第一章

第15話:ルーパス、勇者、大魔王

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「やってられるか、俺は帰る」

 大賢者ルーパスが、あまりの怒りに真っ赤になって吐き捨てた。
 普段は沈着冷静で何があっても眉一つ動かさないルーパスがだ。
 勇者以外の遠征軍全員が思わず後退るほど恐怖していた。

「待てルーパス、ここまで来て諦めてどうする。
 大魔王さえ斃せば人々が救われるんだ。
 俺達は頑張って大魔王を斃さなければいけなのだ。
 大魔王が生きている限る人々は怯えて暮らさなければいけない。
 人々のためにもう少し我慢してくれ」

 勇者は何時ものように理想を語り始めた。

「人々の為、人々の為、人々の為、もうお前の御託は聞き飽きた。
 その言葉のためにミネルバは死んじまった。
 大陸中の人間を味方につけて俺に圧力をかけやがって。
 母親を失ったオードリーを残してこんな所に来るしかないようにしやがった。
 それなのに連中は僅か二カ月でオードリーを殺しやがった。
 それを知ってまだ俺にここで戦えと言うのか。
 お前の名声稼ぎのために死ねというのか。
 いい加減にしやがれ、この勇者屋が」

 ルーパスは激情のあまり半狂乱になっていた。
 ルーパスの元には、守護石からオードリー死すの知らせが届いていた。
 愛する妻に続いて娘まで殺されかけたのだ、怒り狂って当然だった。
 普段のルーパスなら、連絡の辻褄が合わない事に気がついただろう。
 あらゆるケガや病気から守り治癒する守護石があるのに、オードリーが死んだ。
 自殺でもしない限り絶対に死ぬ事はないのだ。
 生れて二カ月のオードリーに自殺など不可能なのだ。

「ルーパスに気持ちは痛いほどわかる。
 だが多くの人々が同じように妻や子供を失って悲しんでいるのだ。
 ここで俺達が戦って大魔王を斃さなければ、また多くの人が悲しむことになる。
 俺達がここで悲しみの元を断ってこそ、ミネルバとオードリーの死も報われる。
 さあみんな、頑張って大魔王を斃そうではないか」

 勇者はルーパスの言葉など心から聞いていなかった。
 自分の理想を達成するためなら、他人の事などどうでもよかった。
 自分の理想、いや、欲望を満たすためならその為に誰を犠牲にしても一切心が痛まない、平気な性格だった。
 ただ沈痛な表情や態度をとれば人々に称賛される事、自分の言いなりに戦ってくれることを知っていた。

「クックックックッ、面白い。
 勇者達が醜く言い争う所ほど面白い光景はないな」

 どこからともなく嘲笑の言葉が聞こえてきた。
 歴戦の勇者達が、本能的な恐怖で身動き取れなくなるほどの圧倒的な力。
 誰が考えても大魔王しかいなかった。
 その大魔王に嘲笑されている。
 普通なら勇者が正義の啖呵を切っている所だ。

 だが勇者にそんな胆力はなかった。
 ミネルバを代表とする多くの仲間を犠牲にして、ようやく斃した魔王すら使い走りに思えるほどの圧倒的な力に、勇者は何も言えなくなっていた。
 ただ本能的な恐怖に振るえるだけだった。
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