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第二章:出世
第19話:酒井重澄
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1626年3月19日:江戸柳生隠岐守家上屋敷:柳生左門友矩13歳
「またしてもしてやられた!
五郎八の野郎、三四郎にも劣らない策士だ!」
朽木殿が激怒されている。
三枝殿は諦め顔をされている。
拙者も上様の愚かさに諦めたい心境になっている。
今日もまた兄上の屋敷に集まった。
上様から一斉に休みを与えられたのだ。
今回は堀田と金森のどちらが上様を動かした?
前回全員が一斉に休めたのは此方の働きかけだと思っていた。
だが実際には、金森殿の策略だった。
拙者達に知られることなく上様に哀願するために、一斉に休まされたのだ。
そしてその間にとんでもない要求を上様に飲ませていた。
拙者達ではとても考えつかないような策だった。
大久保忠隣が改易されてからの徳川家は、東照神君が信頼する親族に幕府の運営を任せていた。
いや、年寄連中が政務を司っているが、実際には大御所様と上様が決めた事を忠実に行っているだけだ。
東照神君がご存命の頃は、当然今の大御所様は将軍だったが、常に駿府におられる東照神君の恐れ憚っていたと父上が申されていた。
それは今の上様にも当てはまっている。
上様は常に西之丸におられる大御所様と大御台所様を恐れ憚っている。
駿府にいる大納言様にも、警戒の目を向けられ敵愾心を持たれている。
上様の付けられた老臣達も、上様ではなく大御所様を見ている。
そんな上様の心の闇を上手く突いたのが掘田と金森だ。
今ならばわかるが、堀田と金森は上様の心をとらえるのが上手なのだ。
上様が不安になる時を突いて上手にお願いをしているのだ。
俺は偶然上手く行っただけなのだ。
上様に対する忠誠心と衆道を君臣の絆を結ぶ行為という考えが、幸運にも上様の趣味趣向に一致しただけだ。
「今さら悔いてもしかたがない。
これが五郎八の弄した策なのか、純粋な上様の好意なのかは分からない。
だが、我らに同じ手は使えない。
三枝殿も朽木殿も我らも、先祖代々の氏名を大切にしている。
五郎八と同じ事は、上様に無理強いされない限り不可能だ」
確かに兄上の申される通りだ。
これが金森殿の策略だと断言する事などできない。
情けない性癖の持ち主ではあるが、上様は無能ではないのだ。
「そうだな、十兵衛殿の言う通りだ。
先祖が大切に守り高めてきた朽木の名を簡単に捨てる訳にはいかない。
幾ら徳川家の名門とはいえ、朽木を捨てて酒井を名乗る事などできない!」
朽木殿が特に強く訴えている。
先祖代々の領地を受け継いだ朽木殿なら当然の言葉だ。
これがまだ部屋住みの身だったら別だっただろう。
本家を父親が護り長兄が継ぐなら、次男以下が別家の養子に行くのは普通の事だ。
だが本家を継いだも同然の朽木殿に他家の家名を名乗る選択肢はない。
それは三枝殿もおなじだ。
父親の旧功を受け継いだ形になっている以上、他の家名は名乗れない。
どれほど不利だろうと、三枝を名乗るしかない。
だが五郎八殿は七男で、金森の名を捨てて酒井を名乗っても問題がない。
それどころか酒井家は徳川恩顧の譜代衆の中でも最も古い安祥譜代だ。
しかも武功で名を成した雅楽頭酒井家に加わった事になる。
大御所様と上様の両方に信頼されている酒井忠勝殿の家名を頂いたのだ。
大御所様と上様が争った場合でも、どちらに味方しても生き残れる可能性がある。
酒井忠勝殿が上様の裏切るような事はないと思うが、万が一という事がある。
「三枝殿、朽木殿、俺達は俺達にできる事をするしかない。
五郎八殿がどのような策を弄しても関係ない。
上様を裏切らない限りこれまで通り接するしかない。
五郎八殿は三四郎とは違う。
今回の件も上様に不利になる事はない」
兄上の申される通りだ。
金森殿が酒井と家名を変えた事は、上様の不利には働かない。
むしろ上様と大御所様の間を繋げる可能性すらある。
上様が大病を患った時、上様に見舞いに来る者より駿河大納言様のご機嫌を伺う者の方が圧倒的に多かった。
その時、侍女が駿河大納言様に豪勢な食事を運ぶのを酒井忠勝殿が止めさせた。
しかも、兄が病で苦しんでいる時に弟が食事を出来る訳がないと一喝してだ。
大御所様や大御所様が愚か者だったら、死を賜るほどの暴挙だ。
そんな酒井忠勝殿の家名を上様の小姓が頂く事は、酒井一族の後援を上様が受けた事にもなるのだ。
徳川恩顧の譜代衆が忌み嫌う小姓衆を酒井忠勝殿が認めた事になる。
だから一概に五郎八殿が拙者達に敵対したとは言い切れない。
油断はできないが、今直ぐ五郎八殿を敵だと言い切る事もできない。
「またしてもしてやられた!
五郎八の野郎、三四郎にも劣らない策士だ!」
朽木殿が激怒されている。
三枝殿は諦め顔をされている。
拙者も上様の愚かさに諦めたい心境になっている。
今日もまた兄上の屋敷に集まった。
上様から一斉に休みを与えられたのだ。
今回は堀田と金森のどちらが上様を動かした?
前回全員が一斉に休めたのは此方の働きかけだと思っていた。
だが実際には、金森殿の策略だった。
拙者達に知られることなく上様に哀願するために、一斉に休まされたのだ。
そしてその間にとんでもない要求を上様に飲ませていた。
拙者達ではとても考えつかないような策だった。
大久保忠隣が改易されてからの徳川家は、東照神君が信頼する親族に幕府の運営を任せていた。
いや、年寄連中が政務を司っているが、実際には大御所様と上様が決めた事を忠実に行っているだけだ。
東照神君がご存命の頃は、当然今の大御所様は将軍だったが、常に駿府におられる東照神君の恐れ憚っていたと父上が申されていた。
それは今の上様にも当てはまっている。
上様は常に西之丸におられる大御所様と大御台所様を恐れ憚っている。
駿府にいる大納言様にも、警戒の目を向けられ敵愾心を持たれている。
上様の付けられた老臣達も、上様ではなく大御所様を見ている。
そんな上様の心の闇を上手く突いたのが掘田と金森だ。
今ならばわかるが、堀田と金森は上様の心をとらえるのが上手なのだ。
上様が不安になる時を突いて上手にお願いをしているのだ。
俺は偶然上手く行っただけなのだ。
上様に対する忠誠心と衆道を君臣の絆を結ぶ行為という考えが、幸運にも上様の趣味趣向に一致しただけだ。
「今さら悔いてもしかたがない。
これが五郎八の弄した策なのか、純粋な上様の好意なのかは分からない。
だが、我らに同じ手は使えない。
三枝殿も朽木殿も我らも、先祖代々の氏名を大切にしている。
五郎八と同じ事は、上様に無理強いされない限り不可能だ」
確かに兄上の申される通りだ。
これが金森殿の策略だと断言する事などできない。
情けない性癖の持ち主ではあるが、上様は無能ではないのだ。
「そうだな、十兵衛殿の言う通りだ。
先祖が大切に守り高めてきた朽木の名を簡単に捨てる訳にはいかない。
幾ら徳川家の名門とはいえ、朽木を捨てて酒井を名乗る事などできない!」
朽木殿が特に強く訴えている。
先祖代々の領地を受け継いだ朽木殿なら当然の言葉だ。
これがまだ部屋住みの身だったら別だっただろう。
本家を父親が護り長兄が継ぐなら、次男以下が別家の養子に行くのは普通の事だ。
だが本家を継いだも同然の朽木殿に他家の家名を名乗る選択肢はない。
それは三枝殿もおなじだ。
父親の旧功を受け継いだ形になっている以上、他の家名は名乗れない。
どれほど不利だろうと、三枝を名乗るしかない。
だが五郎八殿は七男で、金森の名を捨てて酒井を名乗っても問題がない。
それどころか酒井家は徳川恩顧の譜代衆の中でも最も古い安祥譜代だ。
しかも武功で名を成した雅楽頭酒井家に加わった事になる。
大御所様と上様の両方に信頼されている酒井忠勝殿の家名を頂いたのだ。
大御所様と上様が争った場合でも、どちらに味方しても生き残れる可能性がある。
酒井忠勝殿が上様の裏切るような事はないと思うが、万が一という事がある。
「三枝殿、朽木殿、俺達は俺達にできる事をするしかない。
五郎八殿がどのような策を弄しても関係ない。
上様を裏切らない限りこれまで通り接するしかない。
五郎八殿は三四郎とは違う。
今回の件も上様に不利になる事はない」
兄上の申される通りだ。
金森殿が酒井と家名を変えた事は、上様の不利には働かない。
むしろ上様と大御所様の間を繋げる可能性すらある。
上様が大病を患った時、上様に見舞いに来る者より駿河大納言様のご機嫌を伺う者の方が圧倒的に多かった。
その時、侍女が駿河大納言様に豪勢な食事を運ぶのを酒井忠勝殿が止めさせた。
しかも、兄が病で苦しんでいる時に弟が食事を出来る訳がないと一喝してだ。
大御所様や大御所様が愚か者だったら、死を賜るほどの暴挙だ。
そんな酒井忠勝殿の家名を上様の小姓が頂く事は、酒井一族の後援を上様が受けた事にもなるのだ。
徳川恩顧の譜代衆が忌み嫌う小姓衆を酒井忠勝殿が認めた事になる。
だから一概に五郎八殿が拙者達に敵対したとは言い切れない。
油断はできないが、今直ぐ五郎八殿を敵だと言い切る事もできない。
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