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第1章
第1話:受難とギフト
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「待て、賽銭を置いていけ、自首しろ!」
大した金額は入っていないが、参拝する者がほとんどいない、ろくな収入源もない氏神様を維持するためには、黙って盗ませる訳にはいかない!
歳は取りたくない、賽銭を盗むような腐った若造に追いつけない。
急な階段を駆け下りる賽銭泥棒に追いつけない。
このままでは逃げられてしまう、何とかしないと!
「顔は覚えたぞ、何所に逃げても無駄だぞ、自首しろ!」
「だったら死ねや!」
余計な事を言ってしまった。
20代に見える賽銭泥棒が階段の途中に止まっている。
その右手には銀色に光るナイフが握られている。
若い頃には柔道を学んでいたが、もう70を過ぎた老人だ。
とても勝ち目がないが、急な階段を必死に降りていたので止まらない。
腹を刺された!
痛みではなく激しい熱を感じる!
一度、二度、三度、四度……痛い、痛すぎる!
年は取りたくない、若ければこんな奴には負けなかった!
少なくとも道ずれくらいにはできた!
「ジジイが、さっさと死にやがれ!」
階段から突き落としやがった……
★★★★★★
『すまんのう、毎日境内と神殿、社務所まできれいに掃除してくれていたのに、助けてやる事ができなかった』
俺と同じような年恰好の老人が話しかけてきた。
俺は死んだのではないのか?
『ごめんなさいね、私たち神は、現世に手出しできない決まりなの』
個性的な顔をした女性が言い訳してくる。
いや、いや、謝らないでくれ。
暴漢から女性を守るのが男に生まれた者の役目だ。
『異国の身勝手な神が現世に手を出すのを防ぐために、互いに現世に手出ししない約束をしたのですが、こんな事になってしまいました、ごめんなさいね』
30代くらいのふくよかな女性が訳の分からない事を言っている。
ここは病院ではないのか?
俺は刺されて階段から突き落とされたはずだ。
本当なら絶対に助からない、夢でも見ているのか?
それともこれが死の直前に見ている夢なのか?
『疑問は当然だ、お前は間違いなく賽銭泥棒に刺された。
普通ならそのまま死んで輪廻に向かうのだが、幸か不幸か場所が神域だった。
しかも祭られていたのが吾、来訪神だった』
そうだ、地域の氏神様は来訪神様を主祭神にしていた。
昔は貧しい農村だったから、異世界から神様を招いてでも豊作を願った。
同じ理由で、豊穣の神の一柱であられる宇迦之御魂神を配祀神にしていた。
数ある豊穣神の中で宇迦之御魂神を選んだのは、有名な商売繁盛の神様でもあるからだと、神社総代の会議で言われていた。
もう一柱の配祀神が石長姫なのは、不老長寿を願う人間の本能からだろう。
72歳で賽銭泥棒に殺されるというのは、御利益があったというべきなのか?
『田中一郎、お前は良く吾らを祭ってくれていた。
父親はそうでもなかったが、祖母を始めとした先祖代々が祭り続けてくれた。
境内の外で死んだ者には手出しできないが、幸いお前は神域で死んだ』
『先祖代々の行いを、全てお前に与えてあげます』
『ええ、妾も授けてあげますよ』
これが死を前にした妄想でないなら、遠慮なんてしない。
欲深いと叱られ罰を受けるかもしれないが、素直に欲しい物を全て言う。
死を覚悟していたのだ、今更天罰なんて怖くない!
「来訪神様は何を下さるのですか?」
『吾は元々異界の神だ。
年に一度この世界に来て、様々な物をもたらしてきた。
神々の協定で、この世界には係れなくなったが、係われる世界もある。
その世界に転生させてやろう』
「ありがとうございます、記憶を残して生まれ変われるなら、命懸けで御賽銭を守ろうとした甲斐があります」
『妾が授けられるモノは一つしかありません。
不老長寿を授けてあげます。
神々と同じ寿命です、長く異世界を楽しみなさい』
「ありがとうございます、石長姫様。
寿命が長いからといって、身勝手な生き方はしません。
一日一日を大切に生きさせていただきます」
『妾は異世界でも豊かに暮らせるように、豊穣の力を授けてあげます。
ですが初めて行く異世界、それだけでは心許ないでしょう。
どのような産業を興しても成功するようにしてあげます。
何の商売を始めても大儲けできるようにもしてあげます。
貴男の一族で初めて商売を始めた父親には、何の御利益も与えてあげられませんでしたから、先祖代々の信心の分だけ御利益を授けてあげます』
「ありがとうございます、宇迦之御魂神。
成功の御利益を頂いたからと言って、自分一人暴利を得たりしません。
近江商人の三方よしではありませんが、係わった人全てに御利益を分け与えられるような、他人によろこばれる商売をさせていただきます」
『貴男ならそう言ってくれると思っていました』
『御利益を授け終わったか、田中一郎を異世界に連れて行くぞ?』
『はい、不老長寿は授け終わりました、何時でもどうぞ』
『妾も与えられる御利益は全て与え終りました、何時でもどうぞ』
『吾が連れて行ってやれる世界は365あるが、どうせなら面白い世界に連れて行ってやる。
多くの日本の若者が望んでいるような世界だから、お前も気に入るだろう』
「来訪神様、多くの若者が望む世界って、ナーロッパじゃないでしょうね?!
勇者や魔法使いでないと生きて行けないような世界は困ります!
普通の世界、日本と同じような世界にしてください!」
『心配するな、大丈夫じゃ、神からギフトを授かった者なら楽しめる』
「駄目だって、普通、普通にして、お願い、来訪神さまぁ~」
大した金額は入っていないが、参拝する者がほとんどいない、ろくな収入源もない氏神様を維持するためには、黙って盗ませる訳にはいかない!
歳は取りたくない、賽銭を盗むような腐った若造に追いつけない。
急な階段を駆け下りる賽銭泥棒に追いつけない。
このままでは逃げられてしまう、何とかしないと!
「顔は覚えたぞ、何所に逃げても無駄だぞ、自首しろ!」
「だったら死ねや!」
余計な事を言ってしまった。
20代に見える賽銭泥棒が階段の途中に止まっている。
その右手には銀色に光るナイフが握られている。
若い頃には柔道を学んでいたが、もう70を過ぎた老人だ。
とても勝ち目がないが、急な階段を必死に降りていたので止まらない。
腹を刺された!
痛みではなく激しい熱を感じる!
一度、二度、三度、四度……痛い、痛すぎる!
年は取りたくない、若ければこんな奴には負けなかった!
少なくとも道ずれくらいにはできた!
「ジジイが、さっさと死にやがれ!」
階段から突き落としやがった……
★★★★★★
『すまんのう、毎日境内と神殿、社務所まできれいに掃除してくれていたのに、助けてやる事ができなかった』
俺と同じような年恰好の老人が話しかけてきた。
俺は死んだのではないのか?
『ごめんなさいね、私たち神は、現世に手出しできない決まりなの』
個性的な顔をした女性が言い訳してくる。
いや、いや、謝らないでくれ。
暴漢から女性を守るのが男に生まれた者の役目だ。
『異国の身勝手な神が現世に手を出すのを防ぐために、互いに現世に手出ししない約束をしたのですが、こんな事になってしまいました、ごめんなさいね』
30代くらいのふくよかな女性が訳の分からない事を言っている。
ここは病院ではないのか?
俺は刺されて階段から突き落とされたはずだ。
本当なら絶対に助からない、夢でも見ているのか?
それともこれが死の直前に見ている夢なのか?
『疑問は当然だ、お前は間違いなく賽銭泥棒に刺された。
普通ならそのまま死んで輪廻に向かうのだが、幸か不幸か場所が神域だった。
しかも祭られていたのが吾、来訪神だった』
そうだ、地域の氏神様は来訪神様を主祭神にしていた。
昔は貧しい農村だったから、異世界から神様を招いてでも豊作を願った。
同じ理由で、豊穣の神の一柱であられる宇迦之御魂神を配祀神にしていた。
数ある豊穣神の中で宇迦之御魂神を選んだのは、有名な商売繁盛の神様でもあるからだと、神社総代の会議で言われていた。
もう一柱の配祀神が石長姫なのは、不老長寿を願う人間の本能からだろう。
72歳で賽銭泥棒に殺されるというのは、御利益があったというべきなのか?
『田中一郎、お前は良く吾らを祭ってくれていた。
父親はそうでもなかったが、祖母を始めとした先祖代々が祭り続けてくれた。
境内の外で死んだ者には手出しできないが、幸いお前は神域で死んだ』
『先祖代々の行いを、全てお前に与えてあげます』
『ええ、妾も授けてあげますよ』
これが死を前にした妄想でないなら、遠慮なんてしない。
欲深いと叱られ罰を受けるかもしれないが、素直に欲しい物を全て言う。
死を覚悟していたのだ、今更天罰なんて怖くない!
「来訪神様は何を下さるのですか?」
『吾は元々異界の神だ。
年に一度この世界に来て、様々な物をもたらしてきた。
神々の協定で、この世界には係れなくなったが、係われる世界もある。
その世界に転生させてやろう』
「ありがとうございます、記憶を残して生まれ変われるなら、命懸けで御賽銭を守ろうとした甲斐があります」
『妾が授けられるモノは一つしかありません。
不老長寿を授けてあげます。
神々と同じ寿命です、長く異世界を楽しみなさい』
「ありがとうございます、石長姫様。
寿命が長いからといって、身勝手な生き方はしません。
一日一日を大切に生きさせていただきます」
『妾は異世界でも豊かに暮らせるように、豊穣の力を授けてあげます。
ですが初めて行く異世界、それだけでは心許ないでしょう。
どのような産業を興しても成功するようにしてあげます。
何の商売を始めても大儲けできるようにもしてあげます。
貴男の一族で初めて商売を始めた父親には、何の御利益も与えてあげられませんでしたから、先祖代々の信心の分だけ御利益を授けてあげます』
「ありがとうございます、宇迦之御魂神。
成功の御利益を頂いたからと言って、自分一人暴利を得たりしません。
近江商人の三方よしではありませんが、係わった人全てに御利益を分け与えられるような、他人によろこばれる商売をさせていただきます」
『貴男ならそう言ってくれると思っていました』
『御利益を授け終わったか、田中一郎を異世界に連れて行くぞ?』
『はい、不老長寿は授け終わりました、何時でもどうぞ』
『妾も与えられる御利益は全て与え終りました、何時でもどうぞ』
『吾が連れて行ってやれる世界は365あるが、どうせなら面白い世界に連れて行ってやる。
多くの日本の若者が望んでいるような世界だから、お前も気に入るだろう』
「来訪神様、多くの若者が望む世界って、ナーロッパじゃないでしょうね?!
勇者や魔法使いでないと生きて行けないような世界は困ります!
普通の世界、日本と同じような世界にしてください!」
『心配するな、大丈夫じゃ、神からギフトを授かった者なら楽しめる』
「駄目だって、普通、普通にして、お願い、来訪神さまぁ~」
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