ブレイブブレード!~俺は一振りの木刀で世界を変える!もふケモ娘と挑む異世界革命~

狐月 耀藍

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第二部 異世界剣士と屍蝕の魔女

第36話:やれるさ、二人で、一緒に

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 朝は気持ちがいい。天気が良ければなおさらだ。
 太陽がもうそろそろ顔を出すという曙の空は、天頂の黒い空から地平の向こうへ複雑なグラデーションを描いている。晴れの夜明けが美しいのは、この世界でも変わらない。

 シェリィは、日の出までまだ一時間はありそうな頃に、オバチャンたちに引っ張られて行った。目をこするシェリィの手を取って「ほら、アンタにゃ家事のあれこれを叩き込むって言っただろ」と、有無をいわせずズルズルと引きずっていくオバチャンの勇姿に、俺は何も言えなかった。

「カズマ、体調はどうだ」
「俺は大丈夫だよ。それよりデュクスこそどうなんだ」
「いつまでも寝ていられるか。今日は峠越えだからな、気合い入れていくぞ」

 デュクスによれば、峠は崖沿いの一本道。襲撃を受けたら振り切るのは難しいのだそうだ。

「だからこそ、俺たち護衛が雇われる。万が一、不運にも襲撃を受けちまった場合は、オレたちが体を張るってわけさ。言ってみれば、隊商が逃げるための時間稼ぎ……捨て石だ」

 あっけらかんとしてとんでもないことを言うデュクス。ちょっと待ってくれよ、それってすごくブラック過ぎないか?

「なんだ、最悪なくじを引いたような顔をしているな。冒険者ってのは、自分の命を賭け札にする最高の賭博師なんだ。自分の運を信じようぜ?」

 運を信じろと言われても、この世界に来てからの運なんて、かなり悪いようにしか思えないんだけどな。そう言ったら、「何言ってやがる。生き延びて、オレと出会った。これが最高の運でなくて、なんなんだ?」と笑って背中をバシンとぶっ叩かれた。

「始まる前から悩んでいたってしょうがねえ。オレもお前さんも、あの夜を生き延びた。くたばっちゃいねえ。オレたちは実に運がいい」

 デュクスは笑って、女性たちがパンとスープを配っている方を指差す。

「さあ、メシだ。さっさと腹ごしらえを済ませるぞ。ほれ、おチビちゃんがこっちを見ているじゃねえか」

 よく見たら、確かにエプロンと三角巾を付けたシェリィが、こっちを見ていたんだ。目が合ったと思ったら、遠目にもわかるほど、うれしそうに笑ったのが分かった。

「ほら、ぼうっとしてねえで行くぞ」

 デュクスに促されて、パンとスープを受け取りに行く。今朝も黒パンと芋のスープで、昨夜とほぼ変わらない内容だったけれど、それでも温かな朝食を振る舞ってもらえるのはありがたい。

「なあに、雇用主がメシに力を入れる時ってのは、つまり『美味いものを食わせて働かせる』っていうだけに過ぎん。死ぬ気でやれっていう、雇用主からのありがたいお達しってわけだ」

 そう言いながら食事を受け取るデュクス。すると、隣にシェリィがやってきた。

「ご主人さま、これ……」
「え? あ、ああ……。ありがとう」

 シェリィが、上目遣いに差し出してきたのは、今デュクスが受け取ったものよりも大きめに切られた黒パンと、明らかに具の多いスープ。
 周りのオバチャンたちが、ニコニコしながらシェリィを見ている。

「ぼ、ボクね、おいもの皮、上手に、むけるようになったよ?」
「……そうか。じゃあ、シェリィが頑張ってくれたこのスープ、味わって大事に食べるよ。ありがとう」

 そう言って頭をなでると、耳をぱたぱたと動かし、しっぽをぶんぶん振って、うれしそうに俺を見上げた。
 隣で見ていた酒樽体型のオバチャンが、剛毅に笑う。

「アンタ、人前で、やるねえ! 気に入ったよ、これも持っていきな!」

 そう言って、なぜか握り拳くらいあるベーコンみたいな肉の塊をくれて、「シェリィ、ここはもういいから。一緒に朝食、食べてきな」と、シェリィにもパンとスープを渡した。

「え……? でも、ボク、まだ、お片付け……」
「いいんだよ! それよりさっさと行って来な」

 そう言って酒樽オバチャンは俺にウインクをしてくると、「ほら、邪魔だよ! さっさと行きな!」と追い払われてしまった。

「……え、えっと。ご主人さま……」
「そうだな、……ほら、あそこの岩のあたりで食べようか。デュクスはほら、なんか他の冒険者の人と食べてるし」

 俺の言葉に、おずおずとうなずくシェリィ。
 朝焼けの加減だろう、その白い頬に赤みが差しているように見えるのが、また可愛らしく見える。

 ──絶対に、彼女を守って、この仕事をやり切ってみせる。

 白んできた暁の空を見ながら、俺は改めてそう誓う。
 今回の仕事をやり切るのも大事だけど、正直に言ってしまえば、俺はあの笑顔の方がもっと大事なんだ。この笑顔を守りながら、俺は今日、護衛の役割を果たす。



 太陽が完全に地上に姿を現し、白銀に輝く眩しい光が空を一気に青く染めた頃、俺たちは慌ただしく出発した。騎鳥シェーンにまたがる俺の後ろにしがみつくように乗っているのは、もちろんシェリィ。
 しばらく行くと森に入り、沢沿いの道を進むことになった。徐々に深くなる森のなか、沢の水音を背景に、ゴトゴトと荷車の車列が往く。

「カズマ、お前は先頭の班に行け」

 デュクスが、騎鳥シェーンを隣に並べて声をかけてきた。

「先頭の班?」
「ああ。本来なら何かあったら一番に槍合わせをする場所だが、こういう狭い道では、数少ない自由に動ける場だ。カズマ、万が一の時には逃げていいからな」
「は? 逃げていいって、俺がそんな腰抜けだって言いたいのかよ」

 デュクスの冗談かと思って軽く返したけれど、デュクスは首を横に振った。

「お前さんはまだ若い。若いから経験も少ないし、だから臨機応変な立ち回りも難しいだろう。それだけに、何かあったときに立ち回れず、オロオロした挙句に餌食になるような、そんな死に方はさせたくないんでな」

 デュクスはそう言って力なく笑う。

「なんだ、デュクスらしくないな。いつもなら『オレに任せろ!』とか言いそうなのに」
「もうすぐ峠の崖道に差し掛かる。例の襲撃者が単独だとは到底考えられん。必ずどこかに奴の仲間がいる。オレだったら絶対に峠で仕掛ける」

 その目は真剣だった。俺は、ごくりとつばを飲み込む。

「……そ、それって……」
「護衛の面々はみんなそう考えているさ。当然だ。もちろん、商人たちもな」
「だ、だったら……!」
「だったら、なんだ? 引き返せと?」
「当然だろ! なにもわざわざ危険な道を通ることなんて……!」

 デュクスが、どこか疲れの見える笑みを浮かべた。

「人間──特に商人っていう人種は、生まれながらの賭博師なんだよ。きっと大丈夫だ……ってな。だからオレたちみたいな人間が必要とされるってわけだ」

 そう言ってデュクスは、先頭の班に合流するようにもう一度言うと、今度は俺の後ろにしがみついているシェリィに声をかける。

「おチビちゃんよ。お前さん、自分のご主人を守りたいだろ?」

 こくん、と彼女がうなずいたのが感じられた。

「おチビちゃんは、実に耳がいい。ずいぶんと鼻も利くようだ。そうだな……まるで、『原初のプリム・獣人族ベスティリング』のようにな」

 デュクスの口がゆがむ。
 背筋に冷たいモノが走る!
 彼女が姿を変えられる獣人族ベスティリングだと知られたら、恐ろしいことになるだろう──シェリィはそう言っていた。
 ……まさか、バレていた?

 心臓が早鐘を打つ。
 もし、俺のせいでシェリィが──

 けれど、デュクスは不敵に笑いながら続けた。

「だからオレたちはツイている。いいかカズマ、お前を先頭班に置く理由の一つでもある。チビの耳と鼻を存分に生かせ。原初種プリム並みの感覚の鋭さを活かせば、襲われる前に襲撃者どもの動きを察知することもできるだろう」

 後ろを振り返ると、シェリィが俺を見つめていたのと目が合った。二人でうなずき合う。正直、ホッとした。デュクスはあくまでも、シェリィの感覚が特に鋭敏なことを「原初のプリム・獣人族ベスティリングのようだ」と評しただけのようだったからだ。

「……分かった。やれるさ、──シェリィと二人で、一緒に」
「ボク、ご主人さまのためなら、なんだってがんばる」

 デュクスは俺たちを見て、今度こそ、楽しげに笑ってみせた。

「ああ。頼んだぜ、二人とも」

 デュクスはそう言って、下がっていった。俺は騎鳥シェーンに拍車をかけると、前進する。

「ご主人さま、ボク、がんばるから。きっと、お役に立つから」

 そう言って、きゅっとしがみついてくるシェリィ。

「ああ、頼りにしてる。一緒にがんばろうな」
「……うん!」
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