ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
120 / 785
第二部 異世界建築士と大工の娘

第110話:きみにこたえるために

しおりを挟む
 昼食からはそれなりに急いだつもりだったが、やはり前のときよりずっと早く一日目が終わってしまった。
 とりあえず、枯葉を集めてクッションを作り、木にテントの端を括り付けるなどしてテントを設営する。

 リトリィのサバイバルナイフに仕込まれたメタルマッチのおかげで、火をつけるのも苦にならない。
 湯を沸かし、茶を作る。パンをかじり、茶をすすり、体を温める。

 二つ目のパンの中身は、刻んだベーコンを炒めたものだった。熱い茶と一緒に食べると、口の中で脂が溶けて、ふわりと口の中でうまみがとろけひろがる。
 あの時間のないなかで、こうやって一食分ずつ、工夫をしてくれた、リトリィ。

 そう、そのすべては、俺のために。

 俺は、なんという巡り合わせをしてしまったのだろう。これほどまでにきめ細やかな心遣いをしてくれる女性を、俺は知らない。

 もう、彼女以外の選択肢など、考えられない。
 単に、これまでの俺の巡り合わせが悪かっただけなのかもしれないが、リトリィ以上に素晴らしい女性との出会いなど、今後、ありえないのではなかろうかとすら思える。

 たとえ方は悪いが、一念発起して課金したら一発で☆六の最高最強レアを引き当てた、みたいな。いや、この異世界への引っ越しは、課金どころか全財産を没収されたようなものだが。

 ――まあ、それで彼女と出逢えたというなら、うまく勝ち抜けたと言えるのだろう。あの笑顔、あのぬくもりのためなら、全てをなげうっても惜しくはないと思う。

 ぬくもり、か。
 そういえば、前回の一泊目では、「温かく過ごすため」と称して渡されたものが避妊具で、大いに焦った俺は、ついそれを谷川に投げ捨ててしまったんだったか。逆に、関係が進むことを期待していたリトリィを、それで拗ねさせてしまった。

 今となっては笑い話でしかないが、あの瞬間は本当に焦っていたし、リトリィとの関係が進んでしまうことを恐れてもいた。
 後戻りができなくなることを恐れ、また、他の男との差――肉体的な差、技術的な差――をわらわれることを恐れてもいた。
 本当に馬鹿馬鹿しい心配事をしていたものだった。結果的に分かったことだとはいえ、二人ともだったのだから。



 焚き火の炎は、湯を沸かすために燃やしていたときより、だいぶ小さくなった。
 もうしばらく保たせておきたくて、やや太めの枝を二つに折ると、火の中に放り込む。

 とろとろと燃える焚き火の、その真ん中に放り込んだ枝はやや太すぎたか、焚き火は二つに分かれたかのようになってしまった。
 太めの枝によって、二つになってしまった炎の勢いはそれぞれに衰え、火は小さくなってしまう。

 ――おっと、消えちまうか?
 小枝を足そうと思ったが、まあ、そのまま消えてしまうのもいいか、などと思いながら、ぼんやりと眺める。

 二つに分かれた焚き火は、しばらくは枝越しに、届かぬ手をそっと差し伸べ合うように、ささやかに燃え続ける。
 二つの炎は、やや太い枝という壁によって分断されても、なおちろちろと燃え続ける。
 まるで諦めの悪い二人が、高い壁に手を伸ばし、かすかに相手を、その指先で確かめ合うかのように。

 消えてしまうかと思われたが、しばらくすると二つの炎は、その枝を乗り越え、寄り添い、絡み合い――やがて枝を飲み込み、踊るようにしてとろけ合う。
 無事、枝を燃料として取り込んだ焚き火は、その太い枝を核とするように、先ほどよりも大きな炎となる。

 ――やれやれ。
 もうしばらくは、この焚き火、温かさを提供してくれそうだ。



 一人寝の夜。
 考えてみれば、この旅以前の俺は一人で寝ていたはずなのに、一人で寝る寒さを、どうやって乗り越えていたのだろう。あの半地下室自体、相当に寒かったし、実際に寒さに震えながらの毎日だったはずなのに。

 隣にリトリィがいない。
 たったそれだけのことのはずなのに、なぜこんなにも、耐え難い寒さを感じてしまうのだろうか。

 テントの中は、二人で寝るには狭かった。
 なのに、一人で寝るには広すぎるように感じる。

『ふふ、あったかいです、ムラタさん……』

 あたたかかったのは、リトリィのほうだ。柔らかい毛布のような体毛、実際に高い体温。
 なにより、その声、言葉、思いやりに溢れた心。

 彼女が俺にくれたものは、あまりにも大きく、重く、そしてかけがえのない、「共に過ごす時間」そのものだった。
 こうして、一人、リトリィと隔てられて過ごす時間の空虚さを噛み締めていると、俺の中で、あまりにも大きくなりすぎている彼女の存在に、戸惑う。

 これまで何度もリトリィを拒絶したことがあった。
 けれどもそれは、彼女のためだと自分に言い聞かせてきたことだ。そのためだろう、これほどまでに辛いと思ったことはなかった。

 ――そう、辛いのだ。
 胸痛む思いはいくらでも味わってきたが、彼女を愛している、そう自覚してからのこの隔絶は、あまりにも慈悲がない。親父殿を恨みたくなる。

 分かってはいるのだ。
 リトリィももちろん苦しいだろう。
 親父殿にしても、リトリィを突貫で鍛冶屋に仕立て上げるために、心を鬼にして、今も彼女をどついているだろうということも。
 俺が今感じている孤独も、ただの一時的な感傷にすぎないということも。

 だからこそ。
 だからこそ、俺は堪えなければならないのだ。
 やがてリトリィは、最後の修行を終えて、誇らしげに成果物を納めに来るだろう。
 俺はそれを受けとり、そして彼女をねぎらってやらなければ。
 あの家で鍛冶師を続けるという選択肢を捨て、俺のために山を下りるリトリィを失望させないためにも、俺は俺で出来ることを進めておかねばならない。

 彼女を愛しているからこそ、今は耐えて、するべきことを成し、俺という人間ができることはこれだ、ということを示さねばならないのだ。



 寒い。
 じつに寒い
 一人寝に、この寒さは厳しい。
 我ながら、二十七にもなってなんと女々しい限りなのだろう。

 だが、リトリィは、俺という男の価値を認めてくれたのだ。
 俺は、リトリィに認められた男なのだ。
 
 だから、それにこたえるのだ。



 二日目。
 ようやく滝にたどり着いたときには、日も中天をすぎるあたりというころだった。少し遅くなったが、昼食にすることにする。

 あいかわらずの絶景だ。今日は曇天どんてん、小雪がちらつき寒さも厳しいという、あいにくの天気。だが、これはこれで悪くない。街の方は雲が切れ、幾筋かの陽光がふりそそぐさまが、幻想的だ。

 とはいえ、一昨日、ここからの風景を共に楽しんだ彼女は今、おそらく工房で懸命にハンマーを振るっていることだろう。そう考えると、素直に楽しめなくなる。
 おまけに、一昨日はぽかぽかとした陽気で、彼女の温もりを感じながら愛を確かめ合った場所だというのに、今日は一人きり。そして小雪のちらつく曇天であるというのも、ふさぎ込むにはもってこいのシチュエーションだ。

 帰ってくるときの、滝の上での野性味ほとばしる情交が鮮烈すぎたからこそ、いま一人でいる――リトリィと隔てられてしまっている自分を、これまた強烈に意識してしまう。昨夜の、耐える、という決意も、実感してしまう孤独に、つい揺らいでしまうのだ。



 パンの中身は、おそらくたっぷりの蜂蜜を練り込んだフレーバーバターだった。ふさぎ込みそうになる気持ちを、濃厚な甘味が引っ張り上げてくれる。リトリィがそっとそばに寄り添って、励ましてくれているかのように。

 このパンは、今までのパンと違って一度割った跡があった。おそらく、バターを入れたまま普通に焼いたら、溶けて染みだしてしまうと考えたのだろう。
 焼き上がったパンを割き、冷ましたうえでバターを中に詰め、そして開口部をつぶすようにして閉じたのだ。単に試してみただけでなく、ちゃんと考えて作っているのがよくわかる。

 種なしパンだから、生地を練ったあと、大して時間を置かずに焼いているはずだ。つまり、パンの中身について考える時間も、用意する時間も、ほとんどなかったはずである。にもかかわらず、昨日から中身が被っていない。

 あの短い時間の中で、リトリィに、ここまでのだ。が、よくわかる。

 なんという思いやりだろう。
 なんという重い愛だろう。

 自分で自分の価値を高く見積もるというのは気が引けるが、つまりそれだけ、俺は彼女に愛されているということだ。それは同時に、それだけの期待をしてくれている彼女を失望させてはならない、という、俺自身に深く埋め込まれたアンカーボルトのようなものでもある。

 こんなところで腐っていたって仕方がない。一人で寂しいのは俺だけじゃない。
 昨日の朝、出発が決まってからずっと涙を目に浮かべ続けていたリトリィだって、寂しいはずなのだ。

 やるべきことをすすめ、そして彼女が頑張った証を受け取って、彼女を、心から、精いっぱいねぎらってやらなければならない。
 そのノコギリは、きっと俺を助けてくれるだろうし、ジルンディール工房製の珍しい工具は、もしかしたら俺という存在を売り込むために有利に働くかもしれない。

 フードを目深にかぶり直し、ちらつく雪の増えた山道を進む。うまくいけば、麓の森にたどり着くまでは、行けるかもしれない。

 彼女が準備してくれた蜂蜜飴を二つ、口に放り込む。一つかみほどあった飴は、もう半分ほどに減った。
 今回の旅、荷物が前よりも増えているのになんとか歩けているような気がするのは、おそらくこの飴のおかげでもあるのだろう。
 適切な糖分の摂取が、疲労を軽減してくれているに違いない。あの時間のない中、ここまで心を砕いてくれたリトリィには、感謝しかない。

 リトリィのぬくもりは、今の俺の傍らにはない。
 けれど、リトリィのぬくもりは、形を変えて俺を包んでくれている。

 ならば、俺は彼女の期待に応えなければならない。
 俺は、母の留守を待つ幼児ではない。やるべき仕事を持つ、プロの端くれだ。
 街では、ペリシャさんをはじめとした奥方が、俺たちの帰りを待っている。
 一日でも小屋を完成させる、それが俺の仕事だ。

 そう、君にこたえるために。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界カフェ食堂で皿洗いをしますと思ったら日本料理を創造する力が与えられていた!(もふもふ聖獣猫のモフにゃーと楽しく日本料理を創造します)

なかじまあゆこ
ファンタジー
可愛いもふもふ達とアリナは異世界でスローライフをします。 異世界召喚された安莉奈は幼女の姿になっていた。神様に与えられた能力を使い眷属聖獣猫モフにゃーや魔獣のライオン魔獣鳥に魔獣の日焼けとお料理を創造します! 熊元安莉奈(くまもとありな)は黄色のバスに乗せられ異世界召喚された。 そして、なぜだか幼女の姿になっていた。しかも、日本の地球人だったことを忘れていたのだ。 優しいモリーナ夫妻に養子として引き取れた安莉奈はアリナになった。 モリーナ夫妻はカフェ食堂を経営していたが繁盛しておらず貧乏だった。料理が出来ないアリナはお皿洗いなどのお手伝いを小さな体ながらしていたのだけど。 神様から日本料理を創造する力が与えられていた! その力を使うと。 地球では辛い生活を送っていた安莉奈が異世界ではアリナとしてお父さんに激愛され幸せに生きている。 エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...