ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
169 / 785
第二部 異世界建築士と大工の娘

第156話:約束は甘い果実を実らせて

しおりを挟む
「あ、ありがとうございます、それで――」
「――あ、ごめんごめん! いくら? このと歯を研ぐ加工、結構面倒な工程だったんだろう?」

 この仕事が終わったら、ナリクァンさんからいくばくかの謝礼がいただけることになっている。
 俺の発注による、リトリィの、初仕事。今はまだ払えないが、謝礼が出たらきちんと報いなければ。

 しかし、リトリィは、俺が代金を払う、と言ったことに対して面食らったようだった。

「ふえっ? あ、いえ、私たちの工房も勉強になりましたし、この経験を生かして新しい品を売ることができれば、私たちも利益になりますし――」
「そう? そう言ってもらえるならまあ、案を出したかいがあるってもんだけど。それで、いくらになる?」

 俺の注文が、工房の製品のバリエーションを増やすことに繋がり、結果として利益になるのなら、俺としても嬉しい。親父殿に、恩を少しでも返せるというものだ。

 だが、それとこれとは別だ。のだから、その対価をのだ。
 しかしリトリィは、首を振り続けた。

「あ、あの、お代はその、今後もごひいきにしてもらえればって親方様はおっしゃってて、それで、私を――」

 ごひいきというか、そもそもリトリィの実家が繁栄することは、俺にとっても願ったりかなったりだ。これからも、ジルンディール工房には世話になるだろうし、協力できることは協力していきたい。なんといっても、俺とリトリィを結び付けてくれた工房なのだ。

 ――だが、それはあくまでも将来の話。今回の話ではない。
 いい仕事には対価があってしかるべき。世話になった人に報いる、これは人として当然のことだ。労働に対する報酬は支払わなれなければならない。
 無料で利益を得るなど、相手の人格を無視した最低な行為だ。

 しかし、リトリィは頑として代金の話をしようとしなかった。

「で、ですから、わ、私が今後、住み込みで身の回りのお世話をさせていただきますので、それで――」

 ……ええと、住み込みで、お世話……

「――それって、つまr――」

 言いかけて、ゴスッ、と、俺のふくらはぎに、靴の爪先が突き刺さる!
 思わず悲鳴を上げかけて、顔を向けると、――いつのまにいたのだろう。
 ナリクァンさんが、俺の背後に立っていた。
 視界の端に映る顔――微笑んでいるはずの顔は、妙に造り物めいて見えて、ものすごく、怖い。

 ええと、つまり、嫁に取るんだから、カネがどうとかいってるんじゃありませんよ! とか、そういうことを言いたいんですね、
 
「それは、親方様がムラタさんからお知恵を盗んでこいって――」
「――は?」

 間抜けな返事に、再び誰かさんの爪先が俺のふくらはぎに突き刺さる。
 一瞬顔が歪んだのを自覚し、しかし必死で顔を真顔に固定して、必死で歯を食いしばる。
 そんな俺の状況が分かっているのかいないのか、小さくなるリトリィ。

「……あ、いえ……その……」
「……あー、つまりだ」

 びくりと体が震える。そこまでおびえなくてもいいだろうに。

 ――ていうかごめん、リトリィ、俺の顔が多分怖いのは、そして声が震えているのは、痛みに耐えつつ顔の変形を押さえて真顔にならざるを得ない状況を作り出したナリクァンさんのせいで、断じてリトリィのせいじゃない――!

「要は、俺から情報を引き出すための、人身御供――という体裁で、親方は、俺に預けようって言うんだな。あの親方らしいよ」

 おもわず笑いがこみあげてくる。

「……怒らないんですか?」
「怒ってどうするんだ。むしろ感謝しかないのに」

 俺は、あらためて彼女に笑顔を向けた。
 そうだ。
 やっと|たのだ。
 こんな素晴らしいお土産まで持ってきてくれて。

「――俺、一度親方に、資格はまだないって言われたはずなんだけどな。あれから認められたってこともないはずなんだが。
 ……あの親方でもには甘いってことなのかなあ。ていうか、『』って、本気だったのか」

 なんとかして笑顔で絞り出した俺の軽口に、リトリィが頬を染めてうつむく。
 ――よかった、とりあえず、喜んでくれた。俺の脂汗には、気づいていないらしい。そのまま気づかないでお願い。スネの痛みに耐えてやせ我慢してる俺の努力が無駄にならないためにも。

「……これでも、ご存じの通り家事は得意です。工房の親方や兄弟子のお食事からお洗濯から、ずっとやってきましたから。ムラタさんが秘密にしたいことがありましたら、絶対に守ります。親方にも言いません。
 だから……だから、おそばに置いてください!」

 かつて、日本に帰ることが俺にとっての絶対だったとき、彼女を置いて工房を出ることは、俺にとって当然のことだった。
 だから、彼女が俺についてきてしまうというのは、俺が工房を出る意味がなくなってしまうことを意味した。

 ――だが、いまは、もう、違う。
 いまの俺は、もう、彼女を手放すことなど、欠片も考えられない。
 彼女の居場所こそ、俺の居場所なのだ。
 俺と彼女の居場所、それをこの世界に作るのだ。

「女で獣人でも、やっていけるってことを、にい――兄弟子たちに証明したいんです」

 彼女の言葉に、俺は微笑んでうなずく。
 ――ああ、一緒に、頑張っていこう。

 ずっと、俺のために頑張った小柄な体。
 その肩を、そっと抱く。
 彼女の方も、そっと俺に体を寄せる。
 彼女の金の髪、その香り。
 香水などでない、懐かしい、彼女自身の香り。

 その頬に、顔を近づけてみる。
 彼女の柔らかな毛並みが、くすぐったいが心地よい。

「……ムラタさん……」

 そっと、聞こえるか聞こえないかのちいさな声で、彼女がささやく。

「わたし、上手にできていましたか……?」

 うつむいたままの彼女の声からは、かすかに、震えが感じられる。

「――親方様みたいに……ムラタさんのお役に立つものを、作ることができましたか……?」

 ここまで素晴らしいものを作ってなお、彼女は自信がないのか。
 ――それとも、俺に認められたいのか。

 なんと謙虚なのだろう。
 なんといじらしいのだろう。

 肩を抱く腕に、力が入る。

「――あの朝以来、ずっと俺のために頑張ってくれたんだな。
 俺がノコギリなんか頼んだばっかりに、苦労かけたね……ごめん」

 俺の言葉に、リトリィはそっと身体を離すと、俺の目を真っ直ぐに見て、首をそっと横に振った。

「いいえ……」

 じわりと涙を浮かべ、しかし微笑み、俺の胸に体を預けるように、再び、そっと体を寄せる。

「いいえ……あなたの、お役に立てるなら――」

 何度も首を振りながら。

「わたし、これからも、あなたのために、がんばります。あなたのために、わたしはずっと、おそばにいます。
 ――ずっと、あなたの、リトリィです」



 こつん。
 額に軽い衝撃。
 目の端のほうで、何かが放物線を描いて落ちていく。

 ――胡桃くるみ……らしきもの?

 思わず目を上げると、今度はいつのまにかリトリィの背後に回り込んだナリクァンさんが、黒いオーラをまとった怖い笑顔で、腕を広げてはそれを縮める仕草を繰り返していた。
 ――ちゃんとで抱きしめろ、というジェスチャーらしかった。

 ……いや、右手にノコギリを持ったままのこの状況で、無茶言わないでください。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界カフェ食堂で皿洗いをしますと思ったら日本料理を創造する力が与えられていた!(もふもふ聖獣猫のモフにゃーと楽しく日本料理を創造します)

なかじまあゆこ
ファンタジー
可愛いもふもふ達とアリナは異世界でスローライフをします。 異世界召喚された安莉奈は幼女の姿になっていた。神様に与えられた能力を使い眷属聖獣猫モフにゃーや魔獣のライオン魔獣鳥に魔獣の日焼けとお料理を創造します! 熊元安莉奈(くまもとありな)は黄色のバスに乗せられ異世界召喚された。 そして、なぜだか幼女の姿になっていた。しかも、日本の地球人だったことを忘れていたのだ。 優しいモリーナ夫妻に養子として引き取れた安莉奈はアリナになった。 モリーナ夫妻はカフェ食堂を経営していたが繁盛しておらず貧乏だった。料理が出来ないアリナはお皿洗いなどのお手伝いを小さな体ながらしていたのだけど。 神様から日本料理を創造する力が与えられていた! その力を使うと。 地球では辛い生活を送っていた安莉奈が異世界ではアリナとしてお父さんに激愛され幸せに生きている。 エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...