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第三部 異世界建築士と思い出の家

第194話:意地の張り時

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「やめておけ、ド素人が刃物を振り回したところで、自分が怪我をするだけだ。それにこちらが、何の準備もなくここにいるとも、思うなよ?」

 ああ、ありがたい忠告に涙が出そうだ。
 ということはつまり、刃物の素人ではないという自負が向こうにはあるんだろう。それに加えて、当然、用意と対策はあるというわけか。くそったれ。

 リトリィを背にかばい、連中をにらみつける。
 俺は確かにケンカなんてまともにできないが、俺にだって、意地の張り時ってものがある。
 すくなくとも、こういうトラブルに、愛する女性を巻き込むことだけは避けたい。

「リトリィ、聞いてくれ」

 そっと顔を傾け、小声で呼び掛ける。

「なん、ですか……?」
「リトリィ、俺が奴らに向かって走り出したら、すぐに門に走れ。さっきの門衛騎士を呼んでくるんだ」
「そんな、ムラタさんは……?」
「何とかするよ。走るのは、俺よりリトリィの方が早いはずだ。……頼む」

 俺では、連中に対抗するすべはない。ならば、外部の協力を得るよりほかはない。

「いや……いやです、そんな――」
「聞き分けてくれ。応援を呼んで、またここに戻ってくればいいんだ」
「でも、でも――」

 リトリィが腕にしがみついて離れようとしない。
 だが、このままでは状況は良くならないだろう。

「……リトリィ、分かってくれ。手を放して――頼んだぞ!」

 リトリィの手から力が抜けたことを感じた俺は、身をかがめると、一気に駆け出――そうとした。

 だが。

「い、いやです! だったら、わたしも残ります! あなたと離れて一人で助けを呼びに行くなんて、絶対にいやです!」

 全力で走り出そうとした俺の下半身はそのまま前進、しかしリトリィに腕にしがみつかれ、俺の上半身は彼女によって引き戻される。
 結果、そのまま俺はバランスを崩し、盛大に腰から地面にコケることとなった。

 そんな俺たちを、心底、呆れたように、口の端をひくつかせながら、二人組が俺たちを見下ろす。

「……あのな、おっさん。二人して勘違いしているところ、大変申し訳ないんだが、オレたちはアンタを逃がすつもりはねえけど、べつに捕って食おうってわけじゃねえんだぞ?」



 連れて行かれたところは、大工ギルドだった。何のことはない、二人は俺の監視をしていたのだ。

「マレットの親方から紹介があったってのに、ちっとも来やがらねえ。それなのに仕事をおっぱじめようとしてるって話が来てな。いったい何様のつもりだということで、様子を見に行かせていたってことだ」

 それで、この待遇。
 俺の座る椅子の両側には、めちゃくちゃ筋骨隆々の男が一人ずつ、腕を組んで立っている。
 うん、たいへん、こわい。

 最初、リトリィは別室に連れて行かれそうになったが、最終的には俺との同席を許された。俺の腕にしがみついて離れようとせず、受付嬢に噛みつかんばかりの勢いだったのと、身元不明の俺と違って、彼女はジルンディール工房の娘であり弟子であるというのは、職人ギルドの間では周知の事実だったためだ。

「で、ムラタさん。結局、どうするんだ。マレットの奴から話は聞いているが、うちは大工のギルドだ。それなりの技があるかどうかは、試させてもらうぞ」

 さっきから俺を尋問しているのは、この街の大工ギルドの長だという、ファイクという髭面の男だ。どっしりと構えた、これまた丸太のように太い腕を惜しげもなくさらした、腕っぷしの強そうな男だ。

 眼光も鋭く、大工という、ともすれば荒っぽい連中をまとめ上げている貫禄が漂ってくる。
 きょろきょろとやや落ち着きなさげな視線が気になるが、しかしこれは、俺という異分子に対して、抜かりなく対応するための目配せだったりするのだろう。

 その傍らには、おそらく秘書だろう、女が一人、控えている。ゆるくウェーブのかかった、ヘーゼルブラウンの長い髪の美女だが、能面みたいに無表情なのが惜しい。

 それはともかく、俺がこの街で食っていけるかどうか、その重要な交渉の始まりだ。俺は床に置いた鞄から、何枚かの草皮紙を取り出す。

「私の力を試す――そのことについてですが、私は以前住んでいた町で、家の設計を専門にして、生計を立てておりました。こちらの街でも、それを活かしていきたいと思っています。まずはこちらを、ご覧ください」

 テーブルに、一枚ずつ、ギルド長に向けて並べてゆく。
 ギルド長は、最初の一枚目こそ、胡散臭げに半目で見降ろしたが、二枚目を置く頃には目を見張り、手に取りながら、何度も見比べ始めた。

「な、なんだこれは?」
「なんだと言われましても……。一階部分の平面図兼配置図、床伏図ゆかふせず小屋伏図こやふせず、四方の立面図りつめんずですが」

 パソコンで描くのが当たり前になってしまっていたから、これらを手書きするのは久しぶりだったし、随分と時間がかかった。
 鉛筆に似た筆記具はあったが、芯は付け替え式で面倒くさかったし、すぐ丸く太くなるし、消しゴムなんて無かったからずいぶんとパンを無駄にしたものだった。

 さらに言うと、実際にはバックヤードの部分を削って階段を設置したため、図面と完成した小屋とでは、微妙に食い違う。
 なにより、ただの屋根裏にするつもりだったはずのところを部屋として使えるように、天井だけでなく床を設けたし、屋根の一部は明かり取りのための屋根窓を付けたから、屋根の構造も異なっている。

 まあ、予定は未定であり確定ではない、を地で行く仕様変更だ。

 ギルド長は、目を皿のようにして、しばらく俺の図面を見入っていた。何度も呼ばれ、そのたびに図面の記号の意味について聞かれた。

 じつは、数値や用語などは、リトリィが俺の言葉を聞いて書いてくれたものだから、俺に分かるのは数字くらいだ。あとは、かろうじて「文字が読める」だけで、語の意味は俺の読み上げた言葉を翻訳首輪が翻訳して俺の耳に届けてくれるまで、さっぱりわからない。

 一通りギルド長に聞かれて、いい加減面倒くさくなってきたところで、ギルド長はため息をついた。

「なるほどな。ここまで偏執的に細かく描き込む神経が理解できんが、図面そのものの意味はよく分かった」

 いや、偏執的とか神経が理解できんと言われても、そうやって仕事をしてきたんだが。日本の尺貫法を基準にして長さの単位を決めてあるから、この世界の標準とはちょっと違う点はあるだろうけれど。

「ムラタさん、この図面なんだが、……たとえば、城や砦の図面も引けるのか?」
「……残念ながら、やったことがありません」
「宮殿や貴族の家は?」
「それもありません」
「……じゃあ、どんな図面なら引いたことがあるんだ?」
「一般的な庶民の家を少々」

 俺の言葉に、ぽかんと口を開け、目を真ん丸にするギルド長。

「……これほどの図面を引いて、それで、庶民の家……?」
「はい。何か問題でも?」
「い、いや……。いや、問題はない、ないんだが……」

 しばらくこめかみを押さえるようにして「ありえん……たかが庶民の家にこんな……」などと唸っていたギルド長だったが、秘書の女に耳打ちされ、改めてこちらに向き直る。

「……まあいい。図面引きとしての技量は分かった。マレットの奴が推す理由が理解できたよ、そちらは認めよう。では次に、実技試験だが――」

 ……え?
 ギルド長の言葉に、今度はこちらの目が点になる。

「……あ、いや、マレットさんからお聞きになられているなら、私があくまでも図面引きであることはご理解いただけているものだと――」
「何を言っている、大工なんだから図面も実技もできて当然だろう?」
「いえ、ですから私はあくまでも図面引きでして、大工では――」

 訴える俺に、ギルド長は面倒くさそうに言った。

「なんだか知らんが、これだけの図面を引けるほど修練を積んでいるなら、別に問題ないんだろう? リファル、そいつの実技をみてやれ」

 それまで壁に控えていた、他のごつい連中とは違った、中肉中背の男が軽く右手を上げると、俺に向かってついて来い、というようなジェスチャーをした。

「ま、待て、待ってくれ。俺は、あくまでも設計ができるだけで、大工仕事も十分できるってわけじゃ――」

 俺の抗議の言葉などまるで関係なしに、俺は両側に控えていたゴツ男どもに引きずられてゆく。
 リトリィも抗議したが、「これは我々大工ギルドの問題だ。部外者は首を突っ込まないでもらおう」というギルド長の声に、悔しそうに歯噛みしたあと、俺を追いかけてきてくれた。

 ――くそっ、ギルド長のやつ、リトリィが詰め寄ったとき、やたらとのけぞってみせやがった。あの反応、どうせ獣臭い奴ベスティアールとか思ってやがるんだな!

 ああ、分かったよ! だったら今が、俺だって建築屋の端くれだという意地の張り時ってことだな!
 俺という人間を認めさせて、さっきの態度、絶対に謝らせてやる!
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