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第三部 異世界建築士と思い出の家

第208話:姉妹?恋人?

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「どうぞ! 熱いですから、お気をつけてお召し上がりくださいね!」

 少女の元気な声が、冷たい風をものともせずに広場に向かって響く。

「マイセルちゃん、本当に助かるわ」
「これからも時々応援に来てくれると、助かるわねえ」

 奥様方に大変好評なのは、今日はマイセルである。リトリィは、すでに奥様連合の一員として正式に組み込まれてしまったようで、「いて当たり前」の状態になってしまっているようだ。
 とはいえ、リトリィも可愛がられているのは間違いなく、お茶や茶菓子などを奥様方から次々に支給されている。

「リトリィさん、お疲れならあとは旦那様にまかせて、こちらにいらっしゃい」
「そうそう。マイセルちゃんもどう?」

 リトリィが、俺とご婦人方を何度も交互に見て、困ったような笑顔を浮かべる。
 うん、言いたいことは分かるぞ。

「いいよ、行ってきなよ。また人が増えたら呼ぶから。ご婦人方のご機嫌をとってきてくれ」
「……い、いいんでしょうか?」
「いいよ、行ってきなって。あのご婦人方のご機嫌を損ねないのも、お仕事の一つと思ってくれればいいさ」

 リトリィが、申し訳なさそうに何度も頭を下げたあと、マイセルに声をかける。

 昨日はマイセルに対して厳しいことを言ったナリクァン夫人だったが、彼女は決してマイセルに嫌がらせをしたわけではなく、筋を通すべき、という考え方だったようだ。

 親に一泊を許していただいたのなら、一泊を楽しむ代わりに、その一泊の約束を必ず守る。

 だからだろうか。
 ナリクァンさんがマイセルを連れてやって来た時には、本当に驚いた。
 そして、すぐに納得できた。

「一緒にスープの仕込みを手伝ってくださったんですから、こちらもお手伝いいただくのが筋でしょう?」

 ……なるほど。

 マイセルの話では、今日の現場に向かうために作業用の服を兄に駆りて準備していた、その最中にナリクァンさんが従者とともにやってきたのだという。

 俺にとっては、ナリクァンさんが使っているいつもの見慣れた馬車だったはずだが、その高級な馬きの馬車が家の前に横づけにされたときには、何事かと家族で驚いたそうだ。

「馬牽きの馬車って、馬車は馬で牽くものだろう?」
「何を言ってるんですか。ムラタさん、私と資材を運んだとき、荷車を牽いたのはなんだったか、忘れたんですか?」

 ……ああ、そうだったか。馬は高級品かつ絶対数が少なくて、基本は毛長牛を使うんだったか。そんなところで、ナリクァンさんの金持ちぶりを思い知らされる。

 あと、俺はいまのところ見たことがないが、個人用の騎獣には、シェーンと呼ばれる、飛べない鳥を使うことも多いらしい。

 馬並みに賢く、馬と違って好戦的な一面があるうえ、馬のように妊娠している間は戦えないということがない(卵を産むので、すぐまた走れるようになる)ので、騎兵用に使われることが多いという。

 中でも軍事用に改良された種で、そのように調教されたものは、軍装騎鳥クリクシェンと呼ばれるそうだ。特に傭兵には人気なのだとか。

 人を乗せて走ることができる鳥。ダチョウみたいなものだろうか、ちょっと乗ってみたい気もする。

 それはともかく、朝っぱらから大商会の実力者に、娘を拉致されるように連れ出されたマレットさんは、どんな顔をしていたのだろうか。マレットさん、ごめん。



「ムラタさん。リトリィさんとマイセルさん、お二人をどうやって仲良くさせたの?」

 スープを配りながら、ペリシャさんが尋ねてきた。
 ……どうやって仲良くさせたのかと聞かれても、俺は「分かりません」としか答えようがない。

 もともとリトリィは、内心はともかく、表面上はマイセルと仲良くしようとしていた。俺の仕事に差し支えることがないように、本心では俺を独占したいと願いつつも、マイセルを受け入れようと、努力しているのだと、リトリィ自身がそう言った。

 けれども、今朝の様子を見ていると、本当に仲が良い姉妹にしか見えない。
 穏やかな対応でありつつも、どこか他人行儀だった――そんな感じがしていた昨日までと違って、今日の二人は、本当に仲がいいのだ。

 そういえば、昨夜、マイセルを家に送ったときも、玄関で二人、長々と名残惜しそうにしていた。そんな二人の様子を見ていて、ぼそりとつぶやいたマレットさんの言葉を思い出す。

『……リトリィさんの嫁にするわけじゃ、ないんだよな?』

 ……いつのまに、こんなにも仲良くなったんだろう。
 まあ、仲がいいのはいいことだ、リトリィが口うるさい小姑みたいにマイセルを小突き回すような場面を、見ないで済むのだから。

「あれではまるで、恋人同士か何かに見えるわね」
「こっ……恋人同士!?」

 思わず目を剥いてしまったが、そもそも女の子同士なんだ。悪い冗談はやめてほしい。

「は、ははは……。まあ、たしかに、とても仲良くなったように見えますね。なんというか、仲のいい姉妹という感じが――」
「姉妹?」

 ……いや、ペリシャさん。なんですかその、いぶかし気な目は。

「だって、リトリィさんに、ぎこちなさがなくなっておりますもの」
「まあ、それは確かに俺も感じはしますけどね。仲良くなってくれたのは、素直に嬉しいと思うんですが」
「仲がいい、それだけかしらね? あんなに心安く接する姿は、あなたと一緒にいるとき以外では、まず、ないのではないかしら」

 そう言ってペリシャさんはころころと笑う。
 ……そうか、俺と一緒にいるとき、ペリシャさんから見てもリトリィは……自分で言うのは恥ずかしいけど、安心しているように見えるんだな。なんだか不穏なことも言われてたような気がするが。

「あれだけ仲良くさせるなんて、あなたが何をしたのか、どんな約束をさせたのか。とっても気になりますわ」
「……本当に何もしてませんよ、俺は」
「あら、本当なの? あんなにマイセルさんのことを警戒していたリトリィさんが、……ほら、みてごらんなさい? あんなに楽しそうに」

 言われてそちらを見ると、マイセルとリトリィが、ナリクァンさんとなにやら楽しそうに話をしているのが見えた。

 マイセルが頬を真っ赤に染め、リトリィやナリクァンさんたちに何か言っている。それに対して、リトリィやご婦人方は笑っているようだ。だが、距離がややあるためか、翻訳されない。
 俺の名前やリトリィの名前が聞こえてくることのほかは、かわいい声、だの、鳴く、だの、ごく一部の単語の意味が分かるだけだ。

 何をしゃべっているのかは、だからよく分からないけれど、それでも、楽しそうにしているのが嬉しい。俺は、女の子がけんかを始めてしまった時の止め方なんてわからないからな。そういうのは絶対に、俺には無理だ。

 女の子同士のけんかを止める――そんなことができるやつといったら、日本にいたころなら――木村設計事務所なら、三洋や京瀬らくらいのものだろう。あのチャラ社員たちなら、うまくやるんだろうな。もっとあいつらから学んでおけばよかった。
 ――でも。

「……なんでもいいですよ。二人が仲良くしてくれているのが一番ですけど、何ならけんかしたって」
「あら、けんかをしてもいいとおっしゃるの?」
「ええ」

 目を丸くしたペリシャさんに、俺は、笑ってみせる。

「けんかなんて、これからいくらでもするでしょうし、意見や考え方の違いでぶつかることだって、何度でもあるでしょう。俺自身が、リトリィとぶつかることだってあるはずです。
 ――でも、それでもいいんです」
「けんかなんてしない方がいいと思わないのですか?」
「そりゃ、せずに済むならそれが一番ですよ。でも――」

 俺は、もう一度、二人に目をやった。
 またナリクァンさんにからかわれたのか、恥じらうマイセルの隣で、静かに微笑んでいるリトリィ。
 その慈母のごとき優しいまなざしに、胸が熱くなる。

「俺は、もう、彼女たちとぶつかることを恐れません。
 衝突を避けることは、……必要な瞬間も、ときにはあるかもしれませんけど、問題を先延ばしにするだけで、解決になどならない。
 きちんと話し合えば、同じとして分かり合える。俺は彼女たちから、それを、教えられました」

 あらためてペリシャさんの目を見る。
 縦に伸びる、金の瞳。

 ……ああ、俺がこの世界で生きていくことができる、その足掛かりを作ってくださった瀧井さんが愛する、猫属人カーツェリングの女性。

 彼女がいなければ、瀧井さんは日本に帰っていただろう。
 そうしたら、俺は、この世界で生きていく――ただそれだけのことすら、できなかったかもしれないのだ。

 だれもが、どこかで、繋がっている。
 不思議な縁で結ばれて、この空のもと、共に、生きている。

 リトリィも、マイセルも。俺が何かをして、彼女たちを手に入れたわけじゃない。
 俺は、本当に幸運な出会いをしただけだ。

 そんな俺にできることなんて、限られている。瀧井さんにも、ナリクァンさんにも、俺は、なれっこないのだ。この手でつかめるものなんて、本当に限られているはずだ。

 ――ならば、せめて、手元の縁をこそ、俺は。

「俺は、……俺は、この先、二人のために――いや、二人と、何があっても、共に生きる。もう、決めたことですから」
「――まあ……」
「だから、けんか上等ですよ。けんかして、一緒に悩んで、一緒に泣いて。――それですっきりしたらまた、三人で仲良く生きていけばいいんです」
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