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第三部 異世界建築士と思い出の家
第268話:夫と妻、思惑の違い
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「リトリィはああ言ったがな、俺はお前に、自分の娘をくれてやる気なんかカケラもないからな!」
「オレはお前の娘をもらうんじゃない、あのメスの娘だから、仕方なくもらってやるんだからな!」
将来、俺たちの元に来てくれるかもしれない娘。いくらリトリィがいいと言ったからといって、こんな糞狼になんかくれてやるものか。
「仕方なくか。そうかそうか、つまりお前は本当は俺の娘などいらないんだな! だったら絶対、くれてやらねえ!」
「お前が何と言おうとも、オレはあのメスと約束したんだからな。約束なら仕方がないから、オレがもらってやる!」
テーブルをはさんでにらみ合う。
そんな俺の背中越しに、リトリィが静かに言った。
「ガルフさん? さっきも言いましたけれど、娘があなたを好いたら、ムラタさんがどんなに反対したって説得してさしあげる、というだけですからね? ほしければ、きらわれないようにしてくださいね?」
だからちょっと待ってくれよ、リトリィ……!
よりにもよって、たとえ俺が反対しても潰しにかかるっていうのか!?
俺たちの娘の将来がかかっているんだ、こんな奴にくれてやるわけにはいかないだろう!?
「り、リトリィ! そんな、君は誰の味方なんだ! 子供の幸せな未来がかかってるんだぞ!?」
「わたしはあなたの妻になる女ですけれど、仔のことになれば、仔の味方ですよ? 嫁ぐ相手くらい、ちゃんと本人に選ばせてあげられますよね? ムラタさんなら」
うぐっ……!?
そうやって、さっき褒め上げた俺の長所でもって俺の口を封じようとするのは、ずるいと思いませんかリトリィさん!
……いや、まてよ?
簡単じゃないか、ガルフの悪口をあることないこと吹き込んで、ガルフのことを嫌いになるように仕向ければいい!
ただでさえ自分本位でひとの話を聞かない奴だ。奴のことを嫌うようにすれば問題ないはずだ!
そうか、リトリィの言う『娘があなたを好いたら』って、そういうことか! さすがリトリィ、冴えてるぞ! そうだよな、娘が嫌うんだからしょうがないよな!
「……ムラタさん、ガルフさんの悪口を教え込むとか、そういうずるいことは、なしですからね? ガルフさんもわたしたちの娘に好かれるために、いっしょうけんめいがんばるでしょうから。ひとの恋路を、じゃましちゃだめですよ?」
なんで俺の考えていることを的確に見抜くんだよ君は!
ていうか、ガルフに嫁がせることを堂々と阻止するために、娘の意志ってやつを持ち出したんじゃなかったのかよ!
「お話は終わったかしら?」
窓を開けたのは、シヴィーさんだった。
「はい奥様。おふたりとも、なかよくなったみたいで」
「「だから仲良くなってない!」」
リトリィの返事に、二人同時に突っ込む。
しかし、リトリィはそんな俺たちを指して、にこにこと答える。
「ほら、息がぴったりでしょう?」
「「違う!」」
「まあ、本当に。確かにそうかもしれませんね」
勘弁してくれ、なんでリトリィを巡って争った糞狼と俺が、仲良し扱いなんだ。
果てしない徒労感に襲われてテーブルに突っ伏すと、ちょうどガルフも突っ伏したところだった。
「おい糞狼」
「なんだクソオス」
「リトリィは俺に惚れてるんだ。あきらめろ」
「それは我慢してやる。代わりに娘を寄こせ」
「お前なんかに娘をくれてやるわけないだろ!」
「だがそこのメスはいいと言ったぞ」
「だからいい加減、ひとの名前を覚えろ!」
ぼそぼそとやりあっていると、シヴィーさんの隣から、マイセルがひょっこりと顔を出してきた。
「ムラタさん、そこの狼男さんも、一緒にお食事、していかれるんですか?」
「おい、こんな奴に……」
言おうとした矢先、リトリィが笑顔で答える。
「はい。こちらの方も、ご一緒されますよ」
「え、ちょっ……!」
「ムラタさんと、おともだちになった方ですから。これからは、失礼のないようにね?」
「……お姉さまは、それでいいんですか? だって狼男さんは――」
「いいんです。分かっていただけましたから。もう、わたしたちのお客さまですよ」
分かってない! こいつは全然分かってないはずだ! 今だって娘を寄こせとか言ったんだぞ!?
「ね、ムラタさん?」
「わかったかクソオス。丁寧に扱え、オレは客だ」
「ガルフさん。わきまえてくださらない方は、わたし、きらいです」
「……許せ」
「ごめんなさい、は?」
「……ごめん、な、さい……」
突っ伏したまま、ガルフがうめくように、かろうじて、謝罪の言葉を述べる。
妙に素直になったガルフに、俺はおもわずニヤリとしてしまった。
「ざまみろ糞狼」
「ムラタさん。礼儀をわきまえないひとも、わたし、好きになれません」
「……許して」
「ごめんなさい、は?」
「……ごめん、なさい……」
くそぅ、夫婦になる前から、こんなに意見が交わらないことになろうとは。リトリィは、決しておとなしく従うだけのひとじゃないってのは分かってたけどさ!
もう何も言う気力のなくなった俺に、マイセルの呆れかえるような言葉が降ってくる。
「ムラタさんって、私といるときは大人の男のひとって感じだったのに、お姉さまといると、お姉さまにべったりなんですね。子供みたいです」
ぐふぅ……。
マイセル、君に言われると、胸の痛みが何倍にもなるよ……。
「まだ手を付けてはだめです。お祈りを済ませていないでしょう?」
リトリィの言葉に、存外素直にうなずいて小さくなるガルフ。
テーブルの皿に置かれたパンをさっそく手に取ろうとして、注意を受けたのだ。
「それにしても、例の奴隷商人の悪者を、残らず見つけて捕まえたんですって? なんてお強いんでしょう」
シヴィーさんが給仕をしながら、感慨深げに言う。
「夫も、天国できっと、感謝していると思いますわ。あのひとが命を懸けた、最期のお仕事でしたから」
「最期の、仕事?」
ずっと目の前のパンを見つめていたガルフが、ちらと、シヴィーさんを見上げる。
「ええ。私が犬属人でしょう? 私の身を案じて、奴隷商人の捜索に命を懸けていましたの。もう、三年ほど前の話でしょうか」
ガルフが、びくりと肩を震わせた。
今回、ガルフはそっち側だったのだ。彼の雇い主がリトリィに手を出したから裏切っただけで、もしそれがなかったら、ガルフは今でも、まごうことなき敵だったはずなのだ。
その負い目でも感じたのだろうか。
「あの頃も、獣人族の女性が何人も、行方不明になって。そうそう、タキイ夫人も、危ない目に遭ったそうですわ。ほら、彼女、原初に近いでしょう? 夫がタキイさんと駆けつけていなかったら、もう少しで――というところだったようなのですけれど……。よかった、ほんとうに……」
シヴィーさんが、ハンカチで目元を押さえる。
そうだ、彼女の夫――門衛騎士ホプラウスさんは、毒殺されたんだっけか。多分、俺が食らったような毒だったんだろう。
ただ、なにが理由なのか、彼はその当時、巡回衛士に左遷されてしまっていて、死因も、表向きは病死扱いにされてしまったんだっけ。理不尽だ、ホプラウスさんの名誉を回復する方法はあるんだろうか。
「……湿っぽいことを申してしまって、ごめんなさいね。さ、いただきましょう。今日の主菜は、マイセルちゃんが手掛けた、鯉のオライブ焼きですよ。たっぷりと香草を利かせていますから、香りを楽しんでくださいね」
ぐっ……香草たっぷりか。ハーブ系は苦手なんだよな、でもマイセルが作ってくれたものだ。しっかり味わわないとな。
そう思ってみると、ガルフがものすごく嫌そうな顔をしていた。鯉の方を見て。
ガルフ、お前もか。
彼は鯉から目をそらすと、手づかみで目の前のものを平らげ始めた。それはもう、ものすごい勢いで。
――お前、さっきリトリィの麦焼き、すごい勢いで食い散らかしていただろう。俺の分がなくなるくらい。その上でまた、その勢いかよ。どれだけ飢えていたんだ。
「ところで、ええと……狼、男……さん? 不躾で申し訳ありませんが、お名前は、なんとおっしゃるのですか?」
――名前!
しまった、そうか!
ガルフなんて名前が知られたら、奴は獣人とヒト、ふたつの姿を使い分けてることがバレてしまう!
ガルフもそれは考えたようで、ぴたりと動きが止まって、そのまま目を泳がせつつ、硬直する。偽名くらい考えていなかったのか?
奴をかばってやる筋合いはないが、それで厄介なことになったら、また面倒くさいことになりそうだ。
――くそっ、仕方ない。
「彼は、『ガロウ』といいます。非常に珍しい、原初の狼属人だそうですよ?」
「オレはお前の娘をもらうんじゃない、あのメスの娘だから、仕方なくもらってやるんだからな!」
将来、俺たちの元に来てくれるかもしれない娘。いくらリトリィがいいと言ったからといって、こんな糞狼になんかくれてやるものか。
「仕方なくか。そうかそうか、つまりお前は本当は俺の娘などいらないんだな! だったら絶対、くれてやらねえ!」
「お前が何と言おうとも、オレはあのメスと約束したんだからな。約束なら仕方がないから、オレがもらってやる!」
テーブルをはさんでにらみ合う。
そんな俺の背中越しに、リトリィが静かに言った。
「ガルフさん? さっきも言いましたけれど、娘があなたを好いたら、ムラタさんがどんなに反対したって説得してさしあげる、というだけですからね? ほしければ、きらわれないようにしてくださいね?」
だからちょっと待ってくれよ、リトリィ……!
よりにもよって、たとえ俺が反対しても潰しにかかるっていうのか!?
俺たちの娘の将来がかかっているんだ、こんな奴にくれてやるわけにはいかないだろう!?
「り、リトリィ! そんな、君は誰の味方なんだ! 子供の幸せな未来がかかってるんだぞ!?」
「わたしはあなたの妻になる女ですけれど、仔のことになれば、仔の味方ですよ? 嫁ぐ相手くらい、ちゃんと本人に選ばせてあげられますよね? ムラタさんなら」
うぐっ……!?
そうやって、さっき褒め上げた俺の長所でもって俺の口を封じようとするのは、ずるいと思いませんかリトリィさん!
……いや、まてよ?
簡単じゃないか、ガルフの悪口をあることないこと吹き込んで、ガルフのことを嫌いになるように仕向ければいい!
ただでさえ自分本位でひとの話を聞かない奴だ。奴のことを嫌うようにすれば問題ないはずだ!
そうか、リトリィの言う『娘があなたを好いたら』って、そういうことか! さすがリトリィ、冴えてるぞ! そうだよな、娘が嫌うんだからしょうがないよな!
「……ムラタさん、ガルフさんの悪口を教え込むとか、そういうずるいことは、なしですからね? ガルフさんもわたしたちの娘に好かれるために、いっしょうけんめいがんばるでしょうから。ひとの恋路を、じゃましちゃだめですよ?」
なんで俺の考えていることを的確に見抜くんだよ君は!
ていうか、ガルフに嫁がせることを堂々と阻止するために、娘の意志ってやつを持ち出したんじゃなかったのかよ!
「お話は終わったかしら?」
窓を開けたのは、シヴィーさんだった。
「はい奥様。おふたりとも、なかよくなったみたいで」
「「だから仲良くなってない!」」
リトリィの返事に、二人同時に突っ込む。
しかし、リトリィはそんな俺たちを指して、にこにこと答える。
「ほら、息がぴったりでしょう?」
「「違う!」」
「まあ、本当に。確かにそうかもしれませんね」
勘弁してくれ、なんでリトリィを巡って争った糞狼と俺が、仲良し扱いなんだ。
果てしない徒労感に襲われてテーブルに突っ伏すと、ちょうどガルフも突っ伏したところだった。
「おい糞狼」
「なんだクソオス」
「リトリィは俺に惚れてるんだ。あきらめろ」
「それは我慢してやる。代わりに娘を寄こせ」
「お前なんかに娘をくれてやるわけないだろ!」
「だがそこのメスはいいと言ったぞ」
「だからいい加減、ひとの名前を覚えろ!」
ぼそぼそとやりあっていると、シヴィーさんの隣から、マイセルがひょっこりと顔を出してきた。
「ムラタさん、そこの狼男さんも、一緒にお食事、していかれるんですか?」
「おい、こんな奴に……」
言おうとした矢先、リトリィが笑顔で答える。
「はい。こちらの方も、ご一緒されますよ」
「え、ちょっ……!」
「ムラタさんと、おともだちになった方ですから。これからは、失礼のないようにね?」
「……お姉さまは、それでいいんですか? だって狼男さんは――」
「いいんです。分かっていただけましたから。もう、わたしたちのお客さまですよ」
分かってない! こいつは全然分かってないはずだ! 今だって娘を寄こせとか言ったんだぞ!?
「ね、ムラタさん?」
「わかったかクソオス。丁寧に扱え、オレは客だ」
「ガルフさん。わきまえてくださらない方は、わたし、きらいです」
「……許せ」
「ごめんなさい、は?」
「……ごめん、な、さい……」
突っ伏したまま、ガルフがうめくように、かろうじて、謝罪の言葉を述べる。
妙に素直になったガルフに、俺はおもわずニヤリとしてしまった。
「ざまみろ糞狼」
「ムラタさん。礼儀をわきまえないひとも、わたし、好きになれません」
「……許して」
「ごめんなさい、は?」
「……ごめん、なさい……」
くそぅ、夫婦になる前から、こんなに意見が交わらないことになろうとは。リトリィは、決しておとなしく従うだけのひとじゃないってのは分かってたけどさ!
もう何も言う気力のなくなった俺に、マイセルの呆れかえるような言葉が降ってくる。
「ムラタさんって、私といるときは大人の男のひとって感じだったのに、お姉さまといると、お姉さまにべったりなんですね。子供みたいです」
ぐふぅ……。
マイセル、君に言われると、胸の痛みが何倍にもなるよ……。
「まだ手を付けてはだめです。お祈りを済ませていないでしょう?」
リトリィの言葉に、存外素直にうなずいて小さくなるガルフ。
テーブルの皿に置かれたパンをさっそく手に取ろうとして、注意を受けたのだ。
「それにしても、例の奴隷商人の悪者を、残らず見つけて捕まえたんですって? なんてお強いんでしょう」
シヴィーさんが給仕をしながら、感慨深げに言う。
「夫も、天国できっと、感謝していると思いますわ。あのひとが命を懸けた、最期のお仕事でしたから」
「最期の、仕事?」
ずっと目の前のパンを見つめていたガルフが、ちらと、シヴィーさんを見上げる。
「ええ。私が犬属人でしょう? 私の身を案じて、奴隷商人の捜索に命を懸けていましたの。もう、三年ほど前の話でしょうか」
ガルフが、びくりと肩を震わせた。
今回、ガルフはそっち側だったのだ。彼の雇い主がリトリィに手を出したから裏切っただけで、もしそれがなかったら、ガルフは今でも、まごうことなき敵だったはずなのだ。
その負い目でも感じたのだろうか。
「あの頃も、獣人族の女性が何人も、行方不明になって。そうそう、タキイ夫人も、危ない目に遭ったそうですわ。ほら、彼女、原初に近いでしょう? 夫がタキイさんと駆けつけていなかったら、もう少しで――というところだったようなのですけれど……。よかった、ほんとうに……」
シヴィーさんが、ハンカチで目元を押さえる。
そうだ、彼女の夫――門衛騎士ホプラウスさんは、毒殺されたんだっけか。多分、俺が食らったような毒だったんだろう。
ただ、なにが理由なのか、彼はその当時、巡回衛士に左遷されてしまっていて、死因も、表向きは病死扱いにされてしまったんだっけ。理不尽だ、ホプラウスさんの名誉を回復する方法はあるんだろうか。
「……湿っぽいことを申してしまって、ごめんなさいね。さ、いただきましょう。今日の主菜は、マイセルちゃんが手掛けた、鯉のオライブ焼きですよ。たっぷりと香草を利かせていますから、香りを楽しんでくださいね」
ぐっ……香草たっぷりか。ハーブ系は苦手なんだよな、でもマイセルが作ってくれたものだ。しっかり味わわないとな。
そう思ってみると、ガルフがものすごく嫌そうな顔をしていた。鯉の方を見て。
ガルフ、お前もか。
彼は鯉から目をそらすと、手づかみで目の前のものを平らげ始めた。それはもう、ものすごい勢いで。
――お前、さっきリトリィの麦焼き、すごい勢いで食い散らかしていただろう。俺の分がなくなるくらい。その上でまた、その勢いかよ。どれだけ飢えていたんだ。
「ところで、ええと……狼、男……さん? 不躾で申し訳ありませんが、お名前は、なんとおっしゃるのですか?」
――名前!
しまった、そうか!
ガルフなんて名前が知られたら、奴は獣人とヒト、ふたつの姿を使い分けてることがバレてしまう!
ガルフもそれは考えたようで、ぴたりと動きが止まって、そのまま目を泳がせつつ、硬直する。偽名くらい考えていなかったのか?
奴をかばってやる筋合いはないが、それで厄介なことになったら、また面倒くさいことになりそうだ。
――くそっ、仕方ない。
「彼は、『ガロウ』といいます。非常に珍しい、原初の狼属人だそうですよ?」
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