444 / 785
第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔
第418話:君のことは妾ではなく…
しおりを挟む
「……ちょっとまて、リノ、いま十一歳って言ったか?」
俺が慌てて年齢を確認すると、リノは不思議そうに俺を見上げた。
「言ったぞ? なにか変だったか?」
「い、いや、変じゃないが……」
リノは獣人族で、しかも見た目からして猫属人なのは一目瞭然だ。頭の上にある三角の耳、腰から生える猫の尻尾。縦長の瞳孔。
俺と同じく日本からの転移者である瀧井さん――その奥さんであるペリシャ婦人と、種族は同じだ。
たしかに、より猫に近い顔つき、体毛に覆われた体のペリシャ婦人と比べると、リノは耳と尻尾と瞳孔以外は人と同じという点で、明らかな違いはある。
それは今日、服を買い与えたとき、堂々とワンピースを脱いでしまった彼女を見たときに、もう確認済みだ。あばらの浮いたやせぎすの体を、痛ましく思ったくらいだった。
けれど、それでも獣人族なのだ。たしかペリシャ婦人も十二歳で瀧井さんに嫁いだはずだが、瀧井さん自身は当時のペリシャさんを、十五歳くらいだと思い込んでいたはず。獣人族は、それだけ成長が早いはずなのに。
なのに、リノはどう見ても彼女の言った通り――十歳そこそこの体つきなのだ。
ひょっとして、ヒトと同じつるりとした肌、ヒトと同じような顔つきになるほどにヒトとの混血が進むと、もはやヒトと大して変わらなくなるのかもしれない。
やせぎすの体が示す通り栄養も足りていなかったのは明白だから、それも小柄な体格の一因になっているかもしれないが。
「……リノ、お妾さんっていうのは、お嫁さんとは違うんだぞ?」
「知ってるってば。だってもう姉ちゃんたちがいるもん。おれまでだんなさまのお嫁さんになるって言ったら、きっと姉ちゃんたち、いやな顔する。やさしい姉ちゃんたちのいやな顔、見たくない」
……いや、たとえお妾さんだって、リトリィもマイセルも、ものすごく嫌な顔をするだろう。というより、全力で阻止しようとするに決まっている。
というより、俺が拒否したい。こんな小さな子供を愛人にする? ないない、絶対にありえない。だったらマイセルくらいの年齢なら嫁にしたか? いや、そんなことをしてリトリィを泣かせたくない。断固拒否だ。
――そう考えていたことを、リノは察したのだろうか。
「……だんなさま、ひょっとして、お……わたし、やっぱり、……いらない子か?」
「……なぜ、そんな?」
「だっておれ、……捨て子だから」
「す、捨て子……!?」
「うん。九つのとき、『いい子にしてたらいい人が来るよ』って、母ちゃんがいなくなった。待ってたけど、帰ってこなかった。今なら分かるけど、おれ、そのときに売られたんだ」
…………!?
彼女はごく当たり前な様子でそれを口にしたが、それは俺にとってあまりにも重い言葉だった。
「母ちゃんは帰ってこなかったけど、怖い男の人が来た。おれのことつかまえて、服やぶって」
リノは、淡々と語る。恐ろしい体験を。
「母ちゃんが作ってくれた服だった。その服、気に入ってた。だからおれ怒って、蹴飛ばしたんだ。そしたら叩かれて叩かれて、いっぱい叩かれて、それで二人でおれを押さえつけて――」
もう、聞いていられなかった。だから俺は止めようとしたが、リノは止まらなかった。
「一番でかいやつが、おれの上に乗ってきたんだ」
あああ!
俺は胸を穿たれるような思いだった。
もう、聞いていられなかった。
「だんなさま……? おれ、なにか変なこと、言ったか……?」
「もういい……もういいんだ、リノ」
「だ、だって、だんなさま、泣いて……」
俺の腕の中で、不思議そうに問いかける彼女を、俺はさらに強く、抱きしめる。
彼女のいぶかしげな言葉が突き刺さる。
なんでそんな体験を、普通に過ぎ去ったことのように語れるんだ! 十に満たない少女が味わっていい体験じゃない! どうして世界は、こうも残酷なんだ!
「でもだんなさま、おれより、ニューのほうが大変だったんだぞ。だって――」
そんな話、聞きたくなかった。リノを抱きしめ、俺は、声を押し殺して、泣いた。
「……だんなさま、もういいか?」
「……すまなかった、取り乱して」
俺は涙で濡れた顔を服の袖で拭くと、改めてリノの乱れた髪を整えてやった。
「リノは、男が――俺が怖くないのか?」
「男のヒトはこわい時もあるけど、だんなさまやさしいから、おれ、こわくない」
「……そうか。そうだな、俺が相手なら何かあってもまた蹴っ飛ばせばいいだけだもんな」
笑い話にでもしなければやっていられなかった俺は、リノの頭をぐしぐしとやって笑ってみせた。
するとリノは目を丸くし、次いで目を伏せると、上目がちに俺を見上げた。そして、顔を歪めて訴えてきた。
「……だ、だんなさま、……おれ、もうそんなこと、絶対しないよ? ほ、ほんとだよ? ほんとにしないよ?」
「リノ……?」
「おれ、もうあんなこと絶対しない。だんなさま、いい人ってわかったから! ほんとにもう、絶対しない、いい子にしてるから! だ、だから……」
リノは、俺にしがみついてきた。
しがみついて、震えるかすれた、か細い声で、続けた。
「……だから、おれのこと、……す、捨てないで……?」
……またやっちまった!
リトリィに叱られたことじゃないか、俺!
冗談でも言っちゃ駄目だったのに!
この子だけなんだ、俺に直接危害を加えたのは。この子がそれを負い目に感じているかもしれないってのは、大人の俺が察してやるべきところだったのに!
「……そんなこと、しないよ」
そう言って、改めて彼女の髪を撫でてやる。
「あ……」
その顔を、なんと表現すればいいのか――恐れと安心とがない交ぜになったような、そんな表情。
「髪……なでてくれる……のは、だんなさま、おれのこと、すきで、いてくれるのか……いてくれるです? おめかけさんに、してくれる、です?」
肩をふるわせるリノを、俺はそっと、抱きしめてやる。
「……リノ。お妾さんの話は、残念かもしれないが、無しだ」
「……え?」
リノの肩が震えたのが分かる。
だが、こればっかりはきっちりと理解させなければならない。
「リノはまだ十一だろう? そんな年で、誰かの愛人になる、そんなことを考える必要なんてないんだよ」
「でも……でも……おれ、だんなさまが……」
「その『だんなさま』ってのもなしだ。俺の名はムラタ。なんなら、おっさんで構わない」
俺の胸の中で、いやいやするようにリノが首を振る。
「リノ。俺はお前を妾になんてできない。俺には妻が二人もいる。そのうえで妾なんて、もてるわけがないだろう? ただのおっさんの俺が、そんな甲斐性ある男に見えるか?」
こくこくと胸の中でうなずくリノ。……いや、そんな過大評価をされても困る。
「リノはまだ十一だ、妾になんてなるような年じゃない。これから、本当に好きになれる人に巡り会える日がきっと来る。いや、必ずだ」
「……おれ、今、だんなさまのこと、すきだよ?」
「だから、その『すき』は、いずれ出会える誰かのためにとっておけ。自分の年の二倍以上も離れたおっさんに向ける感情じゃない。もっと素敵な人に、リノは絶対に出会えるから」
リノは、弾かれたように俺の胸から顔を上げた。
「だ、だんなさまは、おれのこと、やっぱり、嫌いなのか? 姉ちゃんたちみたいにきれいじゃないから? 言葉、悪いから?」
「そうじゃない。リノはこれからもっともっと綺麗になるし、言葉だって、リノが変えようと思えばいくらだって変えられる。現に俺のことを『おっさん』って呼んでいたのが、いまじゃ自然に『だんなさま』って呼んでるだろ?」
「でも、だんなさま……おれ……わたしのこと、すきになってくれない……やっぱり、蹴ったから? 蹴ったから嫌いに――」
「嫌いなら、今もこうして抱きしめていたりすると思うか?」
リノは、何かに堪えるように、「しない、と思う……」とうつむいた。
「でも……すきって、言ってくれない……」
「リノ。何度でも言うけどな、リノが本当に好きになるべき相手は、いずれ必ず現れる。俺みたいなおっさんは、リノにはふさわしくない――」
「いやだ……いやだ!」
リノは激しく首を振った。そしてすがりついて泣き叫んだ。
「おれ、だんなさまのこと、今もっともっと好きになった! だって、だっておれのこと大事にしてくれてるから、そう言うんだろ!? そんなにやさしい男のひと、おれ知らないよ! だからおれ、だんなさまのおめかけさんになりたい!」
あまりにも悲痛な言葉だった。
スラムで生きるとはそういうことなのか。
だが、同情で彼女を妾になど、できるものか。彼女はまだ子供だ。きちんとした言葉遣いを身につけ、身なりを整え、教養を身につければ、いずれは素敵な伴侶に巡り会えるはずなんだ。
――そういえば、瀧井さんもそうやって考えてペリシャさんを育てて、結局そのまま結婚しちゃったんだっけか。
おもわず苦笑がもれる。だが瀧井さんの場合は独身だったんだ、そういうこともあるだろう。俺には二人も妻がいる。
ここはひとつ、三人のために「あしながおじさん」になるのだ。孤児院を開くのはさすがに無理だが、この三人が食っていけるようになるまでは、搾取されない程度の仕事のあっせんはしてやれるだろう。
そっとリノから身を離すと、俺は努めて平静を保ちながら口を開いた。
「リノ、もう一度だけ言う。俺は君を、妾として迎えることはできない」
リノの目が、大きく見開かれる。また、大粒の涙がみるみるあふれ出てくる。
――だけど、言葉を撤回することはできない。それは彼女のためなんだ。
「リノ、誤解してくれるなよ? それは俺が君のことを嫌いだからじゃない。君は愛らしい子だ。素直でまっすぐな、いい子だ。俺は君のことを嫌ってなんかいない。一人のひととして、君のことは好きだよ?」
「だったら、どうして……?」
すがりついてきたリノを抱きしめ、髪を撫でてやりながら、俺はゆっくりと、諭すように続けた。
「俺は、女性と関係を結ぶなら、きちんとした対等の関係になりたい。妾だなんてもってのほかだ。もう一つ、君はまだ子供だ。君が子供である限り、俺は大人として君を保護する立場にある。つまり、対等な関係にはなりようがない。だから、君のことはひととして好ましいと思っていても、君を妾に迎えるなんてことはしない」
そして、彼女から身を離すと、俺はまっすぐ彼女を見つめて、心に決めたことを口にした。
「だから、君を――君たちを、俺の弟子ということにする。君たちが自分で食べていけるようになる目途がつくまで、あるいは俺の顔が見たくなくなるほど嫌いになるまで、俺の弟子だ」
俺が慌てて年齢を確認すると、リノは不思議そうに俺を見上げた。
「言ったぞ? なにか変だったか?」
「い、いや、変じゃないが……」
リノは獣人族で、しかも見た目からして猫属人なのは一目瞭然だ。頭の上にある三角の耳、腰から生える猫の尻尾。縦長の瞳孔。
俺と同じく日本からの転移者である瀧井さん――その奥さんであるペリシャ婦人と、種族は同じだ。
たしかに、より猫に近い顔つき、体毛に覆われた体のペリシャ婦人と比べると、リノは耳と尻尾と瞳孔以外は人と同じという点で、明らかな違いはある。
それは今日、服を買い与えたとき、堂々とワンピースを脱いでしまった彼女を見たときに、もう確認済みだ。あばらの浮いたやせぎすの体を、痛ましく思ったくらいだった。
けれど、それでも獣人族なのだ。たしかペリシャ婦人も十二歳で瀧井さんに嫁いだはずだが、瀧井さん自身は当時のペリシャさんを、十五歳くらいだと思い込んでいたはず。獣人族は、それだけ成長が早いはずなのに。
なのに、リノはどう見ても彼女の言った通り――十歳そこそこの体つきなのだ。
ひょっとして、ヒトと同じつるりとした肌、ヒトと同じような顔つきになるほどにヒトとの混血が進むと、もはやヒトと大して変わらなくなるのかもしれない。
やせぎすの体が示す通り栄養も足りていなかったのは明白だから、それも小柄な体格の一因になっているかもしれないが。
「……リノ、お妾さんっていうのは、お嫁さんとは違うんだぞ?」
「知ってるってば。だってもう姉ちゃんたちがいるもん。おれまでだんなさまのお嫁さんになるって言ったら、きっと姉ちゃんたち、いやな顔する。やさしい姉ちゃんたちのいやな顔、見たくない」
……いや、たとえお妾さんだって、リトリィもマイセルも、ものすごく嫌な顔をするだろう。というより、全力で阻止しようとするに決まっている。
というより、俺が拒否したい。こんな小さな子供を愛人にする? ないない、絶対にありえない。だったらマイセルくらいの年齢なら嫁にしたか? いや、そんなことをしてリトリィを泣かせたくない。断固拒否だ。
――そう考えていたことを、リノは察したのだろうか。
「……だんなさま、ひょっとして、お……わたし、やっぱり、……いらない子か?」
「……なぜ、そんな?」
「だっておれ、……捨て子だから」
「す、捨て子……!?」
「うん。九つのとき、『いい子にしてたらいい人が来るよ』って、母ちゃんがいなくなった。待ってたけど、帰ってこなかった。今なら分かるけど、おれ、そのときに売られたんだ」
…………!?
彼女はごく当たり前な様子でそれを口にしたが、それは俺にとってあまりにも重い言葉だった。
「母ちゃんは帰ってこなかったけど、怖い男の人が来た。おれのことつかまえて、服やぶって」
リノは、淡々と語る。恐ろしい体験を。
「母ちゃんが作ってくれた服だった。その服、気に入ってた。だからおれ怒って、蹴飛ばしたんだ。そしたら叩かれて叩かれて、いっぱい叩かれて、それで二人でおれを押さえつけて――」
もう、聞いていられなかった。だから俺は止めようとしたが、リノは止まらなかった。
「一番でかいやつが、おれの上に乗ってきたんだ」
あああ!
俺は胸を穿たれるような思いだった。
もう、聞いていられなかった。
「だんなさま……? おれ、なにか変なこと、言ったか……?」
「もういい……もういいんだ、リノ」
「だ、だって、だんなさま、泣いて……」
俺の腕の中で、不思議そうに問いかける彼女を、俺はさらに強く、抱きしめる。
彼女のいぶかしげな言葉が突き刺さる。
なんでそんな体験を、普通に過ぎ去ったことのように語れるんだ! 十に満たない少女が味わっていい体験じゃない! どうして世界は、こうも残酷なんだ!
「でもだんなさま、おれより、ニューのほうが大変だったんだぞ。だって――」
そんな話、聞きたくなかった。リノを抱きしめ、俺は、声を押し殺して、泣いた。
「……だんなさま、もういいか?」
「……すまなかった、取り乱して」
俺は涙で濡れた顔を服の袖で拭くと、改めてリノの乱れた髪を整えてやった。
「リノは、男が――俺が怖くないのか?」
「男のヒトはこわい時もあるけど、だんなさまやさしいから、おれ、こわくない」
「……そうか。そうだな、俺が相手なら何かあってもまた蹴っ飛ばせばいいだけだもんな」
笑い話にでもしなければやっていられなかった俺は、リノの頭をぐしぐしとやって笑ってみせた。
するとリノは目を丸くし、次いで目を伏せると、上目がちに俺を見上げた。そして、顔を歪めて訴えてきた。
「……だ、だんなさま、……おれ、もうそんなこと、絶対しないよ? ほ、ほんとだよ? ほんとにしないよ?」
「リノ……?」
「おれ、もうあんなこと絶対しない。だんなさま、いい人ってわかったから! ほんとにもう、絶対しない、いい子にしてるから! だ、だから……」
リノは、俺にしがみついてきた。
しがみついて、震えるかすれた、か細い声で、続けた。
「……だから、おれのこと、……す、捨てないで……?」
……またやっちまった!
リトリィに叱られたことじゃないか、俺!
冗談でも言っちゃ駄目だったのに!
この子だけなんだ、俺に直接危害を加えたのは。この子がそれを負い目に感じているかもしれないってのは、大人の俺が察してやるべきところだったのに!
「……そんなこと、しないよ」
そう言って、改めて彼女の髪を撫でてやる。
「あ……」
その顔を、なんと表現すればいいのか――恐れと安心とがない交ぜになったような、そんな表情。
「髪……なでてくれる……のは、だんなさま、おれのこと、すきで、いてくれるのか……いてくれるです? おめかけさんに、してくれる、です?」
肩をふるわせるリノを、俺はそっと、抱きしめてやる。
「……リノ。お妾さんの話は、残念かもしれないが、無しだ」
「……え?」
リノの肩が震えたのが分かる。
だが、こればっかりはきっちりと理解させなければならない。
「リノはまだ十一だろう? そんな年で、誰かの愛人になる、そんなことを考える必要なんてないんだよ」
「でも……でも……おれ、だんなさまが……」
「その『だんなさま』ってのもなしだ。俺の名はムラタ。なんなら、おっさんで構わない」
俺の胸の中で、いやいやするようにリノが首を振る。
「リノ。俺はお前を妾になんてできない。俺には妻が二人もいる。そのうえで妾なんて、もてるわけがないだろう? ただのおっさんの俺が、そんな甲斐性ある男に見えるか?」
こくこくと胸の中でうなずくリノ。……いや、そんな過大評価をされても困る。
「リノはまだ十一だ、妾になんてなるような年じゃない。これから、本当に好きになれる人に巡り会える日がきっと来る。いや、必ずだ」
「……おれ、今、だんなさまのこと、すきだよ?」
「だから、その『すき』は、いずれ出会える誰かのためにとっておけ。自分の年の二倍以上も離れたおっさんに向ける感情じゃない。もっと素敵な人に、リノは絶対に出会えるから」
リノは、弾かれたように俺の胸から顔を上げた。
「だ、だんなさまは、おれのこと、やっぱり、嫌いなのか? 姉ちゃんたちみたいにきれいじゃないから? 言葉、悪いから?」
「そうじゃない。リノはこれからもっともっと綺麗になるし、言葉だって、リノが変えようと思えばいくらだって変えられる。現に俺のことを『おっさん』って呼んでいたのが、いまじゃ自然に『だんなさま』って呼んでるだろ?」
「でも、だんなさま……おれ……わたしのこと、すきになってくれない……やっぱり、蹴ったから? 蹴ったから嫌いに――」
「嫌いなら、今もこうして抱きしめていたりすると思うか?」
リノは、何かに堪えるように、「しない、と思う……」とうつむいた。
「でも……すきって、言ってくれない……」
「リノ。何度でも言うけどな、リノが本当に好きになるべき相手は、いずれ必ず現れる。俺みたいなおっさんは、リノにはふさわしくない――」
「いやだ……いやだ!」
リノは激しく首を振った。そしてすがりついて泣き叫んだ。
「おれ、だんなさまのこと、今もっともっと好きになった! だって、だっておれのこと大事にしてくれてるから、そう言うんだろ!? そんなにやさしい男のひと、おれ知らないよ! だからおれ、だんなさまのおめかけさんになりたい!」
あまりにも悲痛な言葉だった。
スラムで生きるとはそういうことなのか。
だが、同情で彼女を妾になど、できるものか。彼女はまだ子供だ。きちんとした言葉遣いを身につけ、身なりを整え、教養を身につければ、いずれは素敵な伴侶に巡り会えるはずなんだ。
――そういえば、瀧井さんもそうやって考えてペリシャさんを育てて、結局そのまま結婚しちゃったんだっけか。
おもわず苦笑がもれる。だが瀧井さんの場合は独身だったんだ、そういうこともあるだろう。俺には二人も妻がいる。
ここはひとつ、三人のために「あしながおじさん」になるのだ。孤児院を開くのはさすがに無理だが、この三人が食っていけるようになるまでは、搾取されない程度の仕事のあっせんはしてやれるだろう。
そっとリノから身を離すと、俺は努めて平静を保ちながら口を開いた。
「リノ、もう一度だけ言う。俺は君を、妾として迎えることはできない」
リノの目が、大きく見開かれる。また、大粒の涙がみるみるあふれ出てくる。
――だけど、言葉を撤回することはできない。それは彼女のためなんだ。
「リノ、誤解してくれるなよ? それは俺が君のことを嫌いだからじゃない。君は愛らしい子だ。素直でまっすぐな、いい子だ。俺は君のことを嫌ってなんかいない。一人のひととして、君のことは好きだよ?」
「だったら、どうして……?」
すがりついてきたリノを抱きしめ、髪を撫でてやりながら、俺はゆっくりと、諭すように続けた。
「俺は、女性と関係を結ぶなら、きちんとした対等の関係になりたい。妾だなんてもってのほかだ。もう一つ、君はまだ子供だ。君が子供である限り、俺は大人として君を保護する立場にある。つまり、対等な関係にはなりようがない。だから、君のことはひととして好ましいと思っていても、君を妾に迎えるなんてことはしない」
そして、彼女から身を離すと、俺はまっすぐ彼女を見つめて、心に決めたことを口にした。
「だから、君を――君たちを、俺の弟子ということにする。君たちが自分で食べていけるようになる目途がつくまで、あるいは俺の顔が見たくなくなるほど嫌いになるまで、俺の弟子だ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる