ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔

第419話:未来への契り

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「……弟子?」
「そう。おめかけさんではなく、弟子」

 リノは、目をしばたたかせたあと、首を横に振った。

「……いやだ。おれ、だんなさまの……」
「それが飲めないと言うのなら、この話はもう、無しだ。俺は君たちから手を引く。君には大切な未来がある。未来ある子供を妾にするような感性を、俺に求めるんじゃない。明日の朝かぎりで、家に帰りなさい」

 リノはこれ以上ないほど目を見開くと、ぼろぼろと涙をこぼし、そして泣き叫んだ。

「いやだ、いやだ! だんなさま、おれを捨てるのか!? だんなさま、そんなことしないって言っただろ!? なんでそんな、急に!」
「だから言ってるだろう? 俺の弟子になるなら、俺の手元に置いてやる。妾にこだわるなら、この話は無しだ」
「だ、だって! だってだんなさま、『契り固め』、もう二つ、済ませてくれた! だったら――」
「逆に言えば、二つしか済ませていないし、三つ目を行うつもりもない。君が子供である限り、永遠にだ」

 ……そこでどうして、そんな世界の終わりのような顔をするのだろう。
 むしろ、職人の弟子になれるっていうのは、悪いことじゃあるまいに。

 ――そう思った瞬間だった。

 リノが爆発した。
 爆発――そう表現するしかなかった。

「だんなさま……やっぱりおれのこと、嫌いなんだ! だからそうやっておれを追い出すんだ! おれが蹴ったから! そうだろ、そうなんだろ! そう言えよ! 嫌いだから追い出す、そう言えばいいじゃねえか!」
「……リノ!」
「おれ、だんなさまのこと、こんなに好きになったのに! 契り固め、二つもしてもらえて、すごいうれしかったのに!」
「リノ、俺は――」
「どうせおれが裏街のきたねえガキだからだろ! よく分かんねえことぐだぐだ言いやがってよ! きたねえガキからかって、楽しかったかよ! ああいいよ、出てってやるよ! 朝までなんて言わねえよ、今すぐ出てってやらあ!」

 新しい服を買い与えられて、嬉しそうに腕を通していたリノ。
 大工現場で、にこにこと手伝う姿を褒められ喜んでいたリノ。
 クノーブの皮を、ニューと二人で張り切って剥いていたリノ。

 その彼女が、自暴自棄な言葉を叫ぶ。
 泣きながら。

 ……もう、見ていられなかった。

「は、はなせ――は……むむ~~~~っ!」

 やはり子供だ。
 ヒョロガリと呼ばれる俺の腕力ですら、一度抱きしめてしまえば、もう彼女は離れることすらできない。

 俺の胸の中でしばらくむーむーとうなり、暴れていたリノだったが、やがておとなしくなった。

 おとなしくなって、そして、
 しばらく、泣き続けた。



「……おれ、だんなさまのこと、好きだよ……?」
「もう分かった、十分に」
「だんなさまも、おれのこと、好きでいてくれてるんだよな……?」
「好きだよ」
「だんなさまは、おれが子供だから、にしてくれないんだよな?」
「その通りだ」

 リノはしばらく、しゃくりあげながら、俺の胸でそのまま黙っていた。
 彼女の吐息が熱い。体温が人より高そうなのは、子供だからなのか、それとも獣人族ベスティリングだからなのか。

 しばらくそのまま、彼女の頭を撫で続けていると、リノが顔を上げた。

「おれ、だんなさまの弟子になったら、ずっと置いてくれるのか?」
「そうだな……食べていけるだけの技術を身につけて、実際に食っていけるめどが立つまではな」

 あとは、俺のことを顔を見るのも嫌になるほど嫌いになるまでか――そう言って笑うと、リノが頬を膨らませた。

「だんなさまを嫌いになるやつがいたら、おれがぶっ飛ばしてやる」
「それは頼もしいな」

 そう言って頭をくしゃくしゃと撫でると、リノはくすぐったそうに首を振って、そして、また俺の胸に顔をうずめた。

「だんなさま……約束、してくれるか?」
「なにをだ」
「……おれ、だんなさまの弟子になる。だから、そばに置いて?」

 リノの言葉に、俺は内心、胸をなでおろす。やっと愛人志向から抜け出したか。

「いいとも。約束する」

 するとリノは、顔を上げた。

「約束だよ? おれ、がんばるから。だんなさまの弟子になって、ずっとずっと、がんばるから。だから、そばに置いてくれよ?」
「ああ、約束だ」
「嘘じゃないよな?」
「俺は嘘はつかない」
「ほんとか?」
「本当だ」
「本当だな? じゃ、いままでのも、嘘じゃないんだな?」
「俺は嘘なんか言わなかったぞ? 全部本気で答えてきた」
「ほんとだな? 全部本気で、嘘じゃなかったんだな?」
「全部本気だったし、嘘をつくつもりなんてなかった」

 リノの言葉に、俺は困惑しながらも胸を張ってみせる。
 するとリノは、ようやく、にっこりと笑った。
 ほんとうに、屈託のない笑顔だった。
 心から喜ぶ、無邪気な笑顔。

「わかった! おれ、だんなさまを信じてるから! だからおれ、だんなさまのお嫁さんになれるようにがんばる!」
「……は?」

 俺は何を言われたのか理解が追い付かなかった。
 リノはまた俺の胸に顔をうずめると、顔をこすりつけながら言った。

「だんなさま、だんなさまは自分と対等じゃないから、はとらないんだろ? それと、おれをにしないのは、おれが子供だからだろ?」

 身を離してまっすぐ俺の目を見る彼女は、じつに嬉しそうだった。

「でもだんなさま、おれのこと、好きって言ってくれた。おれが子供で、対等じゃないから、永遠におれのこと、にはしないって言ってくれた。だからおれ、大人になるまで弟子、がんばる! そしたらだんなさまが、おれをお嫁さんにできるから!」

 頭をぶん殴られたような衝撃だった。
 そうきたかぁっ!?

「おれ、がんばる! だんなさまの弟子になって、がんばって勉強する! だんなさまのお嫁さんになって、姉ちゃんたちといっしょに、だんなさまを支えてあげるんだ!」
「ま、待てリノ! 俺はだな――」
「おれ、最初言われたとき、嫌われたって思ってびっくりしたんだ。でも、だんなさまが嘘で『契り固め』なんてするはず、ないもんな! さっきはだんなさまにひどいこと言ってごめんなさい……! だんなさま、最初からで言ってくれたんだってやっとわかったんだ! おれ、うれしい! うれいしいよ……!!」

 あとはもう、ほとんど言葉にならなかった。うれしい、うれしいと、リノはずっと胸にすがりついて泣き続けた。

 三人の子供の「あしながおじさん」になるつもりが、そのうちの一人の未来を預かることになってしまった。
 もう、迷っているときじゃない。



「だんなさま」
「だから師匠と呼べって……で、なんだ?」

 俺の上にのしかかるリノの、あごからのどにかけてをくすぐってやっていた俺は、手を止める。

ボク・・のこと、おっきくなったら、お嫁さんにしてくれるんだよね?」
「……リノが大きくなって、綺麗になって、賢くなって、ついでにおっぱいもおっきくなって、それでもリノに恋人ができていなけりゃな」

 なかばやけくそに言うと、リノは小さく微笑んだ。

「うん……今はそれでいいよ。ボク、がんばって綺麗になって賢くなって、だんなさまの一番の弟子になる。だんなさまの自慢の弟子になって、堂々とお嫁さんになるんだ」 

 おっぱいは、どうすればおっきくなるのかな――そう言って自分の平たい胸を見下ろす。

「だんなさま、おっぱいはどうすればいいんだ?」
「……聞くな。俺は男だから分からん」
「でも、おっきくしないとお嫁さんにしてくれないんだろ? ボク、がんばっておっぱい、おっきくするから! だから教えてくれよ」
「だから、男の俺に聞くな。男はでっかくならないんだ」
「じゃあ、リトリィ姉ちゃんに聞いてくる。姉ちゃんのおっぱい、でっかいし」
「ま、まて! それはやめろ!!」



「じゃあ、ボク、寝るね?」
「ああ……。また明日、な?」
「……ボク、早くおっきくなって、だんなさまと寝れるようになりたいな」
「いいからさっさと寝てこい。明日、また現場に行くからな」
「……うん」

 リノは、すこしだけうつむいてから、大きく息を吸って顔を上げた。

「ボク、がんばるから。だんなさまのためにがんばるから」
「そうだな、がんばっ――!?」

 そのあとのフレーズを続けることはできなかった。

 初々しい唇の感触。
 かすかに伝わる震え。
 ――舌を交わす、ということも知らない、固く閉じられた唇。

 俺は、最初こそ驚きのあまり固まってしまったが、ぎゅっと目を閉じているリノの肩を、そっと抱きしめてやる。

 驚いたように目を開けたリノだが、そっと俺が目を閉じてやると、リノも俺の背中にゆっくりと、ためらいがちに手を回してきた。それに合わせて、彼女の頭をそっと撫でてやる。

 時間にして、一分もなかっただろう。けれど、リノはその間ずっと息を止めていたようだった。くちびるを離してやると、大きく肩で息を始めた。
 ……ああ、マイセルも最初はそうだったっけ。その初々しい姿に、俺は思わず笑みが浮かんできてしまう。

 なんだかんだ言っても、結局こうなるのか。彼女の積極的な姿勢よりも、自分の脇の甘さには、苦笑いするしかない。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リノは恥ずかしそうに、けれど幸せそうに微笑んだ。

「……あ、ありがとう、だんなさま」
「だから、師匠と呼べって。……今度こそ、おやすみ」
「えへへ、……だんなさま、おやすみ」

 礼を言った彼女の頭をもう一度くしゃっと撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めて、リビングに戻ろうとした。俺も彼女の行こうとしたその先を見て――

 二人して固まった。
 物陰から、らんらんと目を光らせていたヒッグスとニューの存在に気づいたからである。
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