ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第四部 異世界建築士と幸せの鐘塔

第466話︰誠実?

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 フェルミが来なくなってから、もう七日目。
 あの夜以来、姿を見ていない。心配になって家を訪問しても、ドアが開くことも、返事もなかった。

 もう、二度と来てくれないかもしれない。
 最後まで残って点検を手伝ってくれていたフェルミ。そのありがたみを今さら噛みしめながら、今日も最終点検をしている最中だった。

「……やっぱり、監督ってお人好しっスね」

 聞き慣れた声。
 軽い口調。
 振り返らなくても分かった。

「……フェルミ、どうしてここへ?」
「やだなあ、手伝いに来たに決まってるじゃないスか」

 彼女が微笑む。

「それにしても監督、どうして他のひとを使わないんスか?」
「俺は実作業より、隣に立って眺めてるだけのほうが多い男だからさ。役に立たないぶん、こういうところで誠意を見せないと」
「嘘ばっかり。ムラタさんがぼーっと立ってるだけのところなんて、見たことないっスよ?」
「働いてる職人さんに比べたら、微々たるもんさ」
「ほんとに、背負い込むのが好きな人っスね」

 そう言って、フェルミは竹筒を差し出してきた。

「……これは?」
「何言ってるんスか。ムラタさんがオレたちに教えてくれたことっスよ?」

 中身は俺が広めたもの――ほんのり甘く味付けした、生理食塩水。

「……スポドリ・・・・か」
「これでも集合住宅再建のころから、監督と一緒だったんスからね?」
「そう……だったな」

 フェルミは笑って、まだ俺が確認できていないところに立った。一応、手伝いに来たというのは本当らしい。



「……助かった。おかげで、随分と早く終わったよ」
「だから、ひとりでやるんじゃなくて、人を使えばいいって言ってるんスけどね?」

 フェルミが笑う。

「監督は、変なところで頑固っスよね」
「どうせ俺は、融通が利かない男だよ」

 地上三十メートルの塔の上から見下ろす街は、明かりが多い。
 日本の、星も見えないギラギラした夜景とはずいぶんと趣が異なるけれど、あの窓一つ一つの奥に人がいるのは、同じだ。
 そしてこの塔の頂上のランプの明かりのもとにも、俺とフェルミがいる。

「なあ、フェルミ。どうして今夜は、来てくれたんだ?」
「どうせムラタさんのことだから、一人で作業、してるだろうって思って」

 そう言って、小さく笑う。

「……君の予想通りだったよ」
「ホントにね」

 フェルミが、俺の隣に座る。

「監督……ムラタさん。私、あれからいろいろ考えたんですけどね?」

 フェルミが、どこか遠くを見ながら、そっと肩を寄せてきた。

「やっぱり私、ムラタさんのそばに、このままずっといたいなあ……って」
「フェルミ、それは」
「分かってるんです。……でも、それでも」

 多夫多妻を「制度上は」認めているこの土地で、でも実践している夫婦はほとんどない。当然だ、制度の問題と、個人の感情の問題は、別だから。

 リトリィは、自分が第一夫人であること、そして自分を一番に尊重してほしいという条件のもと、多妻を認めてくれた。
 でも、だから無節操が許されるってわけじゃない。

「あの夜、ムラタさんがなんにもしてくれなかった夜――もう、街を出ようかって思ったんです」
「……そうか」
「ずっと考えて、考えて。ここ数日、ムラタさんが家に来てくれたとき、ホントはすごく、嬉しかった。……でも、ベッドから動けなかった」
「……そうか」
「私、ムラタさんが好きです」

 俺は、答えられなかった。

「こんなにひとを好きになったのって、あの夜――いくさで女でなくなった夜以来でした」

 実は第四四二戦闘団のヒーグマン隊長のこと、ずっと好きだったりしたんですけどね――そう言ってフェルミは笑う。

「隊長は憧れだったんですよ。そばにいると、自分も強くいられる――そんな感じで。でもあなたは、本当の……強がらなくてもいい私でいられる、そんなひとで」

 そう言って、フェルミが肩を寄せてくる。

 好意を寄せられること自体は、悪い気はしない。
 だが、どれだけ好意を寄せられても、リトリィが認められない相手と、共に生きることはできない。

 フェルミが家にやってきたとき、においから俺との関係を察知したリトリィが、フェルミに対して毛を逆立てて牙を剥き、敵意を露わにした姿――あんなリトリィを、俺は初めて見た。

 おそらくリトリィはあのとき、本能的に察知したんだ。
 ただの一夜では収まらない、フェルミの気持ちを、俺への想いを。

 あのあと、たしかにリトリィは俺たちの事情を理解してくれた。自分が一番であると確かめ、そして納得してくれた。
 だけど、そんなリトリィの忍耐に甘えて無節操がいつまでも続けられるとは、さすがに思えない。

 これ以上泣かせるものか――そう誓ったはずなのに、やっていることはリトリィを傷つけるようなことばかり。

「フェルミ、俺がいかにヒョロガリか、分かってるだろ? そんな俺が、たくさんのものを抱えて守っていけると思うか?」
「ムラタさんなら、大丈夫ですよ」
「無茶を言うな、俺にできることなんてたかが知れている。それでも、自分を愛してくれる家族はどんなことがあっても守りたいってだけだ」
「知ってますよ? あの戦いのなかでみせてくれた姿、とってもカッコ悪くて――」

 フェルミはそう言ってくすっと笑うと、俺の頬に口づけをした。

「――とっても、カッコよかったですから」
「カッコいいわけないだろ。最愛の家族を助けるために必死だっただけだ。だからフェルミ、お前の好意は嬉しいけど、受け取るわけには――」

 俺の言葉に、フェルミは少しだけ身を離して、ため息をついてみせた。

「……監督、モテたこと、なかったでしょ」

 ぐさぁッ!
 胸に突き刺さる刃の如き言葉に、俺は水面の鯉のように口をぱくぱくとさせたまま、二の句が継げなくなる。

「図星だったんですね。まあ、そうだろうとは思ってましたけど」
「……なんで、分かるんだ」
「そりゃそうですよ。馬鹿正直というか――わざとなのかどうか知りませんけど、女の子がそのとき一番欲しい言葉を外して、どうでもいい本音をすぐに言っちゃうんですから」
「どうでもいいって……おい! 俺は誠実に生きてるつもりだぞ、俺に嘘でもつけっていうのか」

 冷や汗をかきながら必死に反論した俺に、フェルミがあきれたような目で答えた。

「当たり前じゃないですか。女の子っていうのは、甘い嘘が大好きなんですよ」
「おい、嘘が好きって……」
「違いますよ、『甘い嘘』が好きなんです」

 フェルミは、くすくす笑ってから続けた。

「お前が一番だ、お前だけだ、本当に好きなのはお前だ……モテる男の人って、そう言って女の子をいい気分にしてくれるでしょ? だからモテるんですよ」
「……俺は、そんな不誠実な男になりたくない」
「それを不誠実と受け取るかどうかは、人それぞれですけどね? それは別にいいんですけど、まさかムラタさん、おうちでもそんな態度なんですか?」

 目を丸くするフェルミに、俺は首を傾げた。

「いえ、だから……。リトリィさんが一番、マイセルが二番、って、口に出してますか?」
「そりゃ、口ではっきり言うわけじゃないけど、うちでは本人たちがそれで納得してるから、序列はあって当然だと……」
「……ムラタさん、それは正直でも誠実でもなくて、ただのおバカさんですって」

 ふたたび、というか、今度ははっきりとあきれられた。

「ムラタさん……。女の子は誰だって、好きな人にとっての特別な一人になりたいんですよ。だから、嘘でもいいから『君のここが俺にとっての一番』って、モテる男の人は言うんです」
「嘘でもいいって、だから俺は――」
「そんな特別な一人になりたくて、だからそう言ってくれる男の人に、女の子は惹かれちゃうって言ってるんですよ。マイセルにもちゃんと、『君は特別な人だ』って言ってあげてます?」

 ……言われてみて、真剣に思い返してみて、果たして自分はそれを、言えていただろうかと自問自答する。

 ……むしろ、最近はリノにばっかりそれ、言っていた気がする……!?

 一人でパントマイムのようにばたばたしていると、フェルミが特大の長いため息をついた。

「……きっとリトリィさんにもマイセルにも、ついでにリノちゃんにも、そうやって無自覚に『誠実な振舞い』をした結果が、今のムラタさんの境遇なんでしょうね。……そんなムラタさんのこと、こうして私も好きになっちゃったんだから、ひとのこと、笑えないですけど」

 ――なんてこった! そうしたら俺、もし今のようなことをやってたら日本でもモテモテだったということか!?

 そう閃いたが、今のようになれたのはリトリィが俺の情けないところを全部受け入れてくれたからだということにも気づき、やっぱりリトリィがいなければ今の俺はあり得ないことに思い至る。

「ふふ、ムラタさんって面白いですね。本当にわたしより年上なんですか? どこかほっとけなくて、かわいくて」
「……悪かったな、年の割に子供っぽくて――」

 言いかけて、不意打ち気味に口をふさがれる。
 彼女の舌が、口の中を占領する。

「……お前な」
「恋人同士の口づけ――ですよね?」

 こいつ、しっかり学習していやがった。
 この前は、唇をくっつけるだけで精いっぱいだったくせに。

「ムラタさん。私、ムラタさんが好きです。一緒にいたいです。でも、困らせたくもないんです」

 俺の目を、まっすぐに見つめて、フェルミは言う。

「だから、ムラタさんの恋人になりたい。ムラタさんの都合のいいときに来てくれるだけでいいんです。そのときに私だけを見てくれるなら、私はそれで――」

 フェルミは瞬時ためらうそぶりを見せ、けれどまた、俺の目をまっすぐに見た。

「――それで、十分ですから」
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