ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
572 / 785
第五部 異世界建築士と子供たちの楽園

第543話:二時間の「ご休憩」

しおりを挟む
 結局、彼女との散策に使われるはずの時間は、二人でしっとりと、木の陰で過ごしてしまった。

 二人きりで、こうしてただ静かに手をつなき、過ごす時間。
 肩を寄せ合い、彼女のよこすふかふかのしっぽと戯れつつ、そっと軽く口づけを交わし合う。

 結婚してからほぼ一年が経つが、こんなふうに、ただのんびりと過ごす時間なんて、あっただろうか。
 いや、そんな時間すらも、俺たちは持てていなかった。

 一応、決めてはあったんだ。
 リトリィとマイセルと俺、いつも三人でいるだけでなく、たまには二人きりになってデートしよう、と。
 それはかならず三人で日付を決めて、平等に、と。

 それなのに結局、俺自身が仕事、仕事で跳び回るばかりで、すっかり忘れていた。

「あなた……」

 やや目を伏せていたリトリィが、俺を見上げていた。その手に、わずかに力が込められる。

「わたし、いま、しあわせです。とっても……」

 何をするでもない、この静かな時間を、彼女は幸せだと言ってくれる。俺と二人きりで過ごすだけの、この時間を。
 ――だったら。

「俺もだ、リトリィ……」

 穏やかな陽射しが作る木陰の下で、俺たちはもう一度、そっと唇を重ねた。



 飯の味がわからない。
 リトリィは山育ちだったはずだが、ものすごくナイフとフォークの使い方がうまい気がする。
 というか、俺が下手すぎる。

 確か落語に「本膳」とかいうのがあった。庄屋さんに、正式な食事会に招かれた村人たち。しかしマナーが分からず、知ったかぶる男の真似をするという話。
 あんな感じだ。高級な食卓の前で何をしていいかわからない俺は、リトリィの真似をして食べる。

 リトリィはナリクァン夫人と楽しそうに話をしながら食べているんだけど、俺は緊張のあまり、味もわからない有り様だった。
 そんなことが本当にあり得るのかと思っていたけれど、本当だった。
 いや、正確には味は分かるつもりなんだ。けれど、食った端から味を忘れていく感じなんだよ!
 もう、食を楽しむなんてそんな余裕まるでなかった。

 くそっ、こんなことなら「日本人は箸で食うから、ナイフもフォークもいらない」とか言っていないで、テーブルマナーをしっかり覚えておけばよかった!



「それで今日この午後からの予定はどうなっているのです」

 口元を拭った夫人は、微笑みながら聞いてきた。

「婦人とのお話が終わり次第、現場に戻る予定でしたので、このあとは『恩寵の家』に向かうつもりですが」

 やっと針のむしろから逃げ出せる――そんな安堵のため息とともに吐き出した俺の言葉に、夫人は一瞬、何やら思案する素振りを見せたあと、すぐに顔に笑みを戻した。

「それでは、今日一日、わたくしとお話し合いを続けるということも、あり得たのですね?」
「まあ、可能性としてはありましたので、そのようには伝えてあります。幸い夫人は私の意図をよく汲んでくださいましたので、お話は短く――」

 言いかけた俺を、婦人は手で遮った。

「お話し合いは、確かに長く続きましたね。そうそう、お食事の後に急に動くのは『健康に』よろしくないでしょうし、難しい商談の後のお疲れもありましょう」

 夫人が目配せをすると、控えていた女中メイドさんがお辞儀をして、部屋の扉を開ける。

「部屋の準備ができています。そうですね……二刻ほど、休んでいきなさい」

 俺は慌ててソファーから立ち上がった。さすがにそこまで世話になるわけにはいかないだろう。ごちそうになった上に、休んでいけなどと言われても!

 が、夫人は落ち着き払って、しかし有無を言わせぬ様子でもう一度、「休んでいきなさい」と言ったのだった。



 景色の歪みがほとんど見られない板ガラスがはめ込まれた大きな窓は、おそらくそれだけでひと財産だ。
 その窓から差し込む陽の光は暖かく、春の訪れを肌で感じさせる。

 食事の後、俺とリトリィは別々の部屋に呼ばれた。俺は部屋に通されたあと、なぜか沐浴もくよくを勧められ、言われるままに体を拭き清めていた。
 たらいの水は、爽やかで、けれどどこかスパイシーな香りが付けられていた。身支度が整うと、俺は案内された部屋で待つことになった。

 そこはそれほど広くはなかったが、アイボリーの地に淡い色遣いの花が描かれた壁紙が美しい部屋だった。調度品も花の意匠をあしらったものばかりで、派手さはないが、落ち着いた華やかさというか、きっとリトリィが好みそうな部屋だろうな、とは思った。

 だが、一つだけどうしても理解に苦しむものがあった。
 それが、天蓋付きの巨大なベッド。

 部屋の半分以上を占めるその巨大なベッドは、薄桃色の生地にやはり淡い色合いの花の刺繍で装飾されたベッドスプレッドに覆われ、なんなら生花の花びらまでちりばめられている。

 どことなく甘い香りが漂ってくるこの部屋で、これからナニをしろっていうんだ。
 というか、考えるまでもないだろう。
 与えられた服もガウンみたいなもので、今の時間帯にこの格好で外に出るのもちょっと勇気がいる。

 そして、リトリィは全然やってくる気配がなく、この巨大なベッドの端に腰掛けて、俺は落ち着かない時間を過ごしていた。
 なにせ、腰掛けるとぎしりと腰が沈み込む。
 家にあるベッドよりも、さらに高級感あふれるベッド。
 そんな豪華なベッドのある部屋で、二刻――二時間ほど「ご休憩」って、もうアレなホテルにしか思えない。

 もちろん日本にいた頃には、街の一角や高速道路のインターチェンジ付近に林立する派手な外観のホテルってことくらいしか知らなかった。
 というか、そもそも交際している女性もいなければ行きずりの女性とワンナイトラブなんてこともできるはずもなく、実際に使ったこともないんだけれど。

 そんなシチュエーションに追い込まれているせいなのか、なぜか妙に胸がドキドキし、顔がカッカと火照ってくる。耳の奥で、どっ、どっ、どっと、脈打つ血管がやかましい。
 リトリィと結婚してからもうすぐ一年、数えきれないくらいに体を重ねてもきた。
 にもかかわらずこの状態。中学生か俺は。こんな状態でいつまでも待たされていると、気が変になりそうだ。

 大きく息を吸って立ち上がり、窓辺に立った時だった。
 ――ドアがノックされた。

 返事をすると、女中メイドさんが一人、入ってきた。
 リトリィを連れて。

 ……口がきけなかった。

 昼間だ、今は。
 窓から差し込む光の反射をほどよく受ける彼女は、白い薄衣うすぎぬをまとっていた。
 彼女の体の線が、はっきりと透けて見えるほどの。

 ボディラインだけじゃない。
 彼女の全身を包む柔らかな金の毛並みも、その白い乳房も、サーモンピンクの先端も、そして明らかに煽情的なレースの下着も、はっきりと分かるほどの薄さ。

 ……その服装で、この部屋に来たのか?
 思わずそう思ってしまったが、リトリィのあとから入ってきた女中メイドさんが手にバスローブのようなものを手にしているのを見つけた。
 多分部屋に入る直前に脱いだのだろうと見当をつけ、ちょっとホッとする。あの姿、俺以外の誰にも見せたくない。

「それでは私どもはこちらに控えておりますので、ご入り用があればいつでもお申し付けください」

 そう言って女中メイドさんは、扉の前に二人並んでかしこまってみせた。

 ……え? ちょっと待って、ひょっとして俺たち、この女中メイドさん二人が見ている前で、コトをするのか?

 自分でもよくわかるほどひきつった微笑みを向けると、女中メイドさんたちは感情を一切見せない顔、感情のない声で答えた。

「私どものことは、必要のあるとき以外、お気になさらずとも結構でございます。ごゆるりとお休みください」

 いや、めちゃくちゃ気になるって! できればお部屋を出ていただけると大変助かるのですがッ!

 けれど女中メイドさんたちは、あとは置物か何かのように、無表情で、うつむき加減に、ドアの両隣に立つだけだった。

 リトリィもおずおずと俺のほうに向かって歩みを進めようとして、しかし足が止まる。やはり女中メイドさんたちが気になるようだ。

 だけど、うちではマイセルどころかフェルミも交えて四人で一緒に愛し合ったこともあるんだ。俺は耳の奥でゴーッとうなり声をあげる血流の音を聞きながら、何を今さらと、リトリィのもとに歩いて行った。

 ふわりと、スズランの香りにさらに甘味を足したような、そんな香りが鼻腔をくすぐった。

 一気に心臓が跳ね上がる気がした。

「……スズランの香水だそうです。スズランが好きだって、あなたがおっしゃったから……」

 それまでうつむいていた顔を上げ、上目遣いにそう言ったリトリィ。
 窓から差し込む春の柔らかな陽射しに輝く、透明感あふれる青紫の瞳。

 その瞬間、俺は自分の体の中心が、爆発的に屹立するのを感じた。

 涼やかでかつ甘い香りに、劣情が炙られたのか。
 青紫の瞳の輝きが、俺の理性の薄膜を剥ぎ取ったのか。
 彼女を包む薄衣の下、隠しきれない蠱惑的な体が狂わせたか。

 俺は彼女を抱きしめていた。
 自分の愚かさを呪う。
 俺はなぜガウンなどというものを着てしまっていたのか。
 その一枚の布がひどくもどかしい。
 脱ぐために彼女と身を離す、その瞬間すらももったいない。

「だ、だんなさま、お待ちになって……」
「待てないのは、当たるモノで分かるだろう!」
「で、でも……ひとが……」

 言いかける彼女を、ベッドに押し倒す。
 耳の奥が、首筋が、胸が、体の奥が、屹立するモノが、ひどく熱い。

 それは、彼女も同じだった。俺と同じところが、同じように――いや、それ以上に熱い。

「だんなさま……!」
二人きり・・・・のときは、『あなた』だろう?」
「で、でも――」

 もう、リトリィの声など届かなかった。
 彼女も、ややためらいながら、俺を「あなた」と呼んだ。

 一度そうなってしまえば、もはや二匹の獣は、ひとつになるしかなかった。
 ひとつになるべくして、なった。

 日の光の下で、全てをさらし輝かせる彼女を、一息で貫く。
 すべてをとろかして、おれたちは、ひとつになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...