【雨は雪のように。】

社畜 晴夜

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第1曲

-寒空の下から-

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「…んん……。」

 俺は上半身を起こし、夢の内容を思い出した。

「また…あの夢か…。」

 いや、正確には夢ではなく、実際にあった過去の映像。

未だに立ち直れずにいる自分に呆れてしまう。

「………?」

頬に微かな違和感を感じた俺はその違和感に触れてみた。
そこにあったのは一筋の涙。俺は気付かないうちに泣いていたらしい。

「…くだらね……」

そう一言つぶやくと、顔を洗い、リビングへと向かう。




俺。《雨止 雪人あまどめ ゆきひと》は一ヶ月程前から上京してこの部屋に住み始めた…けど…正直、まだ住み慣れていない。

マンションなのに部屋の一つ一つが広すぎて、使ってない部屋もある。

最初はすごいな、と思っていたが実際住むとなると別で、掃除するのも一苦労だ。

「はぁ…今日も1日頑張るか…」

テレビに目をやりながら苦い表情を零すと、制服に着替え、製鞄を持って部屋から出る。

「「…はぁ…」」

自分の溜息の他に誰かの溜息が聞こえた。

ふと、隣を見てみると、俺と同じようにドアを閉めて溜息を吐いてる見知った女がいた。

「…はよ……」

「えっ、あっ!おはよ!」

いつも通りの挨拶をすると、俺に気付いてなかったのか、慌てた様子で挨拶を返してくる。

こいつは《東堂 未愛とうどう みあ》俺と同じ学校に通うクラスメートだ。こいつは噂によると優れた情報屋らしく、いつも落ち着いた感じで、成績は毎度トップだ。

俺は少し先程の溜息が気がかりで、一応内容を聞いてみることにした。

「なんで溜息してたんだ…?」

「いや、少し徹夜が続いててね。」

「ふ~ん…やっぱ、秀才は違うんだな…」

嫌みったらしく笑って言うと、未愛は慌てて「違うよ!?」と言い訳をしてくる。

…なんか小動物みたいだな…と、未愛の行動に対してそう思ったが、軽くどつかれると思ったから口には出さないようにした。

「最近ね、ハマってる音楽グループがいてさ!その情報収集してたんだよ!」

「へぇ…そのグループの曲…今度聞かせろよ…」

「うん!もちろんだよ!」

そんな話をしてると俺と未愛は背後から後頭部に向けてチョップを食らった。

「…ってぇな!」

「いった……れ、蓮磨くん…?」

「そんなに強くしてないのに睨まないで欲し…グフォ!!」

犯人である俺の幼馴染みの《湊 蓮磨みなと れんま》に鬼の形相で見事なボディーブローを決めた。

こいつは脳内万年お花畑なために周りの人から愛され、何を考えてるか分かりづらい不思議キャラではあるが…後先考えないためにこのような結果になることが多い。

「そのパンチ…是非、ウチのボクシング部に…」

「…お前帰宅部だろ…」

「あ、そうやった。」

ケラケラ笑う蓮磨を見て俺もクスッと笑ってしまう。

すると、俺と蓮磨の会話に未愛までもが思わず笑ってしまった。

3人で話しながら歩いてると、未愛が思い出したかのように口を開いた。

「あ!そうだ!2人とも、『The weathersザ ウェザーズ』って知ってる?スマイル動画って動画サイトのネット歌手、通称【歌い手】さんなんだけどね、わかるかなぁ…」

未愛のその言葉を聞いた瞬間俺の表情が一瞬だけ強張った。

「んへ~…そのユニットの名前だけなら聞いたことあるの~。」

ヘラッと笑って蓮磨が未愛の前に出てくる。

俺の反応に未愛は気になったが続けて話し出した。

「まぁ…2人組のユニットなんだけど、《雪時雨ゆきしぐれ》さんと《LANEレイン》さんって人達なんだよ。ボカロPの雪時雨さんが曲を作って歌い手のLANEさんが歌うの!でも…公開されているのは歌だけで、性別とか他の情報は一切ないんだよ…しかも、LANEさんしか歌ってないからLANEさんしかわからないけどね。声からして男だよ!…それでね…?」

「他にも何かあんの…?」

俺の言葉を聞くと未愛がよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせてきた。

「それで、私の情報網を使ったところね!この近所にいて、私たちの通ってる学校の学生さんらしいんだよ!」

「「ッ!?」」

未愛は「凄いでしょ。」と言わんばかりに無い胸を張ってくる。

正直、何も公開していないのにそこまで特定したことで、俺達は未愛の恐ろしさを実感した。

… 『The Weathers』は俺と蓮磨が二人で結成した歌い手ユニットだ。

 昔、偶然にも音楽室でじいちゃんのために歌うつもりだった曲を作ってる最中に聞かれてしまって、その曲が気に入ったらしく、俺とどうしてもユニットに組みたかったらしい。けど、俺はあることをきっかけに歌わなくなった。

でも、じいちゃんのお陰で音楽は好きなので、断りはしなかったが…『歌いたくなるまでは俺は歌わない』と、言う条件でユニットを組んだ。

………まぁ、誰も雪時雨の声を知らなくて当然だ。

そんな中、俺たちのことを特定されてしまったことを想像しようと………いや、考えたくもなかった。




そうこうしているうちに俺達の学校。《東楠高校とうなんこうこう》へと到着した。

「また授業か~。面倒やんな~。」

「ほんとだね…。」

「……ダル………。」

校舎の窓を見つめる蓮磨の言葉に俺と未愛はダルそうに頷く。

3人とも同じ教室なので、取り敢えず2年4組の教室に向かった。

退屈な授業を受ける風景はよく見る光景だった。

退屈すぎてウトウトしていたり、深い眠りについてるものもいれば、真面目に受けるものもいたが…俺はどちらにも属さない『別のことを行う』類に入る。

右手にはペン。手元には一枚の手書きの音符が書かれた紙…正確には楽譜だ。

俺の曲は自然の音。木々の揺れる音や水の流れる音、チョークの擦れる音、人の喋る言葉による微かなノイズ。

それらによって構成される聴く者にも創作する者にも奏でる者にも負担の無い心地の良い曲…らしい。

…そんなことを言われても、作ってる側の俺からすればよく分からないことなんだが…




『キーンコーンカーンコーン』

無我夢中で時間を忘れ、ペンを動かし続けると時間が来た。

「今日はここまでだ。皆、復習しておくようにな。」

先生はそう告げると直ぐに教室を去っていった。

俺はペンを置き音符の綴られた紙を持ち見つめる。

「ユッキー、なにしてんの?」

「してんの?」

「んぁ…?」

声の主の方を振り向くと目元まである黒い髪をなびかせる同じ顔の双子がいた。

「ユッキーが書いた楽譜なの?」

「なの?」

「あぁ…そうだけど…怜音と我音こそ何してんだ?」

「俺は我音と散歩かな?」

「僕も伶音と散歩かな?」

「そうか…」

この双子、大抵右にいるのが兄の《杉原 怜音すぎはら れお》、左側にいるのが《杉原 我音すぎはら がお》だ。

この双子の見分けをつけるとするなら、唇の右下付近にホクロがあるか否かくらいしか俺は知らない。

…2人とも顔、髪型、声、服装、すべて同じものばかり…これだと間違えない方が難しいだろ…

そう考えながらも頭の中を切り替える。

「…んで、何の用だ?」

「いや、終礼とか終わったのにまだ集中してやってるから気になってさー。」

「さー。」

「は…?終礼…?」

2人の言葉に疑問を持ち、時計を見てみると終礼終了の時間から1時間も多く針は回っていた。

「あれ…蓮磨とかは…」

呟いてあたりを見回してみると怜音と我音しかいない。

俺の言葉が聞こえたのか2人は互いの顔を見合わせると俺に話しかけてきた。

「れんまっちは『ゆきは遅くなりそうやから先帰っとくわ~』って伝言残して帰って、みーちゃんはれんまっちに連行されてたけど?」

「けど?」

「はぁ!?」

2人の言葉に動揺を隠せない俺は次第に怒りがこみ上げてきた。

「…さんきゅ…伝えてくれて…」

「全然いいよ。じゃあ、また明日ねー。」

「明日ねー。」

怜音と我音が教室から出て階段を下りていった。

「…ふぅ…」

こみ上げた怒りも元を辿れば俺が悪かったから、と冷静に理解して完成した楽譜を見てみる。

羅列した音符を見ていくと俺の頭の中で音が再生される。

落ち着いた曲の中に潜む弾ける音は、まるで、大自然の木々の隙間から密かに流れる小川へと射す日光のようだった。

涼しく感じる一方、春の暖かさがあるような…そんな感じが…

「よし…!行くか…!」

そんなことを考えてると俺は無性にこの音を奏でたいと思い、急いで荷物をまとめると楽譜を手に持ち、音楽室へと急いで向かった。

楽譜を持ち、楽しそうに笑って廊下を駆ける俺の姿は幼い子供が抑えきれないワクワク感を止められずにどこかへ向かって全力で走ってるようにも見えたかもしれない。




そして、俺は走っている途中に気付いた。

「…ん?」

音楽室に近づくに連れてピアノの音が聞こえてきたのだ。

「…はぁ…先客か…」

少し気分が落ち気味な声を零すが、そのピアノの音は俺の鼓膜を刺激してきた。

「すごい…」

俺の知っている澄んでいるピアノの音とは違い、刺激のある音。それに付け加えられる聞いていても嫌にならないほどの心地の良い不協和音。

俺はその音に惚れた。俺には奏でられない音。

不意にもカッコよく、生き生きとし、尚且つ、凛々しく聞こえた。

「…誰が弾いてんだ…?」

ドアから覗いてもピアノの屋根が邪魔して顔が見えない。
そんなもどかしさがイライラして強行突破に移ることにした。こんな場合の俺流強行突破…それは思い切りドアを開けて堂々と入ることだ。

そして、思い切りドアを開けると大きな音が音楽室に響いた。

「ふぇあ!?」

「…はぁ。」

溜息を吐くがそれをかき消すような間の抜けた声が聞こえた。

見てみると驚いた反動で俺よりも小さい女が椅子から落ち、目を開いて俺の方を見ていた。

…その姿は傍からみるとかなり滑稽だったと思う…

多くの学校ではスリッパや名札などの色が分かれていて学年を識別できるが、うちの学校は学年を識別するものがないから目の前の彼女が何年生なのかはわからなかった。

「…なにしてんの…」

「え、あ…えっと…ぴ、ピアノ弾いてただけ…だけど?」

言われて見るとピアノの上には冊子にされた楽譜が何冊か置いてあった。

「…ピアノの音が聞こえてりゃわかるっての…」

「な、なら…なんで聞くのよ?」

目の前の彼女の言葉に俺は返す言葉もなくなり「…なんとなくだ…」と呟くと「り、理不尽!?」と言ってきた。

俺がふいっ、とそっぽを向くと彼女は頬を膨らませてこちらを見てくる。

すると、その視線は下へと降りていき、終いには俺の手の中にある楽譜へと移った。

「ねぇ、それ楽譜?私に見せてみなさいよ。」

「はぁ…?いきなりお前図々しいな…てか、なんでお前に見せなきゃならねえんだよ。」

「いいから見せなさいよ。」

そう言うと彼女は俺に近寄って楽譜を奪おうとしてきた。

だが、俺も取られまいと後ろに隠したが、逆効果だったようで俺に飛びかかってきた。

「早く渡しなさいよ!」

「な、なんなんだよお前は!?」

「いいから!!」

「よくねえよ!?」

「早く!渡しなさいよ!…きゃっ!」

「ふざけんな!!…うわっ!」

-ビリビリッ-

俺と彼女は揉み合ってるうちに、互いの後方へと倒れたと同時に奪い合っていた楽譜を握っていたせいで2つに破れ、バラバラになってしまった。

「「あっ…」」

破れた楽譜を見ながら2人は言葉を零した。

束の間の沈黙が続いた後、俺は楽譜を手に持つとゴミ箱へ向かい、さらにビリビリに破ってゴミ箱の中へと放り捨てた。

「ちょ、ちょっと!なにしてんの!」

「お前には関係ねえだろ…これはもういらないと判断したからこうしてるだけだ…」

「だからって…」

「うるさい…黙れ…」

俺はそういうと彼女を睨むとその場を去った。

その時の彼女の顔は申し訳なさそうで、寂しそうで、でも、それ以上に悲しそうに見えた。
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