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新しい家 2
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夕焼けから、少しずつ暗くなって行く街中を、そのままの勢いでずんずん歩いて、今度は迷わずにムーンライズに辿り着く事が出来た。
ドアを開けようと手をかけると、先に開いて中から人が出てきてぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「おっ、すみません」
お互いに頭を下げて、それから、あっと思った。相手もそんな顔をしている。
「もしかして、電話の?」
「あ、そうです。さっきは、すみませんでした」
「いや、俺も何も役に立てなくて。やっぱ、新しいスタッフさんですよねー、さっき話してて」
「え?」
「あ、俺急ぐんで、じゃっ、また」
俺より少し若そうな青年は目尻を下げると、リュックを背負ってバタバタと走って行った。感じの良さそうな元気な子だったな、と思う。
新しいスタッフ……そう言ってた。
一度深く呼吸をしてから、店の中に入る。
外はまだ夕焼け空なのに、店の中にはあのステンドグラスの窓と、他に小さな飾り窓が幾つかしか無くて、昨日の夜と変わらず暗い。
少し進んでも誰も見えなくて、控えめに声を掛けてみる。
「すみませーん」
そう言いながら、二、三歩足を進めた。
「あ、乙都君」
「あ、はい、こ、んにちは」
突然名前を、それも下の名前を呼ばれて思わずびくりと反応してしまった。
澤部君とは呼ばれても、乙都君、だなんてもうずっと前から呼ばれた事がない。
振り返ると、昨日のお兄さんが立っていた。今日も素敵に白いシャツを着こなしている。眼鏡をかけていないから、少し印象が違う感じがする。
「あの、あの、昨日はほんとにすみませんでした、それに、ありがとうございました」
俺はとにかく尻込みする前に、勢い良くそう告げた。
お兄さんは、目を丸くして俺を見ている。
「どうしたの?」
「え、あの。俺ほんとに迷惑かけちゃって、すみませんでした。それに、お金も払ったか……覚えてなくて、ほんとすみません」
俺は後ろポッケから財布を取り出して、顔を上げた。緊張で心臓が嫌な感じに鳴っている。幾らなのか尋ねようと財布から目を上げると、俺は戸惑って固まってしまった。
「え?」
お兄さんは、心底おかしそうに、くつくつ笑っていた。だけど、何が面白いのか分からない。
「ほんと、いい子だね。お金は昨日払ってくれたよ」
そう言うと、手を伸ばしていきなり俺の頭をぐりぐり掻き回して来る。
急に距離が近くて、びびって固まってしまう。昨日の俺の記憶の中の店員のお兄さんは、あくまで、店員さん、だった。
だけど今はもう、仲良しのお兄さん、みたいに振る舞っている。
そんなにも距離が縮まるくらいに昨日の夜仲良くなったのかもしれないけど、俺にはその部分の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているんだから、こっちだけよそよそしい感じで、ほんとに申し訳ない。
「あの……」
これはもう、正直に話すしか無い。
「あの、ごめんなさい。本当に……俺、覚えてなくて。働かせてほしいって言った事は覚えてます、でも、その後の事。ほんと覚えてなくて、だから朝起きてびっくりして。迷惑かけて申し訳なくて、それに、ストーブと毛布も、ほんとにありがとうございました……」
ちゃんと目を見て話して、お礼を言わなきゃと思うのに。話しているうちになんだか本当に申し訳なくて、恥ずかしくてたまらなくなった。
「じゃあ、ここで働いてほしいって僕が言った事も、覚えてないのかな?」
「え?」
「その反応だと、覚えてないんだね。傷つくなあ」
そう言うと、お兄さんはまた楽しそうに笑う。
「すみません、ほんとに、俺酔ってて。そもそも酔って働きたいとか言ったのも失礼過ぎるし。朝からすごい反省してて、ほんと、すみません」
何もかも、全部俺が悪いから、ただ謝るしかない。俺なんかの言動で傷つくとか言わせるのだって申し訳ない。
「や、ただの冗談だから。大丈夫だよそんな謝らなくても」
またお兄さんの大きな手が伸びてきて、俺の頭をぽんぽん叩く。
「ほんとですか?」
「うん……それよりも、酔いが覚めて、半日考えてみて。どう思った?」
「え?」
「ここじゃ、嫌かな?」
まだ少し笑いながら、俺に問いかける。
「……え?」
その優しい言葉に、胸が詰まってグッとなった。まるで決定権が俺にあるような言い方。そんな訳ないのに。
「嫌じゃないです、そんな」
「ほんと? よく覚えてないのに?」
そう言って、お兄さんは試すような顔で俺をジッと見る。だけど、俺はその目力に負けないように、目を逸らさずに頑張った。
「昨日、道に迷ってたまたま来たんです。だけど、雰囲気が良くて、お客さんみんなが幸せそうで、なんか……あったかくて。俺もここの人みたいに、なりたいなって……仲間に入れてもらいたくて」
自分で話しながら、変な事を言ってるって思った。初めて来たくせに、いきなり仲間になりたいだなんて、図々しすぎるし。
「昨日も、同じ事言ってたね」
「そう……ですか」
「僕は、藤原与一です。ここのオーナー。さっき入口で会った子がもうすぐ大学を卒業してやめてしまうから、同じように昼に働いてくれる人が必要だったんだ」
「はい……」
「引き継ぎもあるし、早く決めてくれってあの子にもせっつかれてたんだけど。なかなか決められなくて。だから、乙都君が来てくれて。本当に助かるよ、ありがとう」
そう言うと、藤原さんは白い歯を覗かせて笑った。
ドアを開けようと手をかけると、先に開いて中から人が出てきてぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「おっ、すみません」
お互いに頭を下げて、それから、あっと思った。相手もそんな顔をしている。
「もしかして、電話の?」
「あ、そうです。さっきは、すみませんでした」
「いや、俺も何も役に立てなくて。やっぱ、新しいスタッフさんですよねー、さっき話してて」
「え?」
「あ、俺急ぐんで、じゃっ、また」
俺より少し若そうな青年は目尻を下げると、リュックを背負ってバタバタと走って行った。感じの良さそうな元気な子だったな、と思う。
新しいスタッフ……そう言ってた。
一度深く呼吸をしてから、店の中に入る。
外はまだ夕焼け空なのに、店の中にはあのステンドグラスの窓と、他に小さな飾り窓が幾つかしか無くて、昨日の夜と変わらず暗い。
少し進んでも誰も見えなくて、控えめに声を掛けてみる。
「すみませーん」
そう言いながら、二、三歩足を進めた。
「あ、乙都君」
「あ、はい、こ、んにちは」
突然名前を、それも下の名前を呼ばれて思わずびくりと反応してしまった。
澤部君とは呼ばれても、乙都君、だなんてもうずっと前から呼ばれた事がない。
振り返ると、昨日のお兄さんが立っていた。今日も素敵に白いシャツを着こなしている。眼鏡をかけていないから、少し印象が違う感じがする。
「あの、あの、昨日はほんとにすみませんでした、それに、ありがとうございました」
俺はとにかく尻込みする前に、勢い良くそう告げた。
お兄さんは、目を丸くして俺を見ている。
「どうしたの?」
「え、あの。俺ほんとに迷惑かけちゃって、すみませんでした。それに、お金も払ったか……覚えてなくて、ほんとすみません」
俺は後ろポッケから財布を取り出して、顔を上げた。緊張で心臓が嫌な感じに鳴っている。幾らなのか尋ねようと財布から目を上げると、俺は戸惑って固まってしまった。
「え?」
お兄さんは、心底おかしそうに、くつくつ笑っていた。だけど、何が面白いのか分からない。
「ほんと、いい子だね。お金は昨日払ってくれたよ」
そう言うと、手を伸ばしていきなり俺の頭をぐりぐり掻き回して来る。
急に距離が近くて、びびって固まってしまう。昨日の俺の記憶の中の店員のお兄さんは、あくまで、店員さん、だった。
だけど今はもう、仲良しのお兄さん、みたいに振る舞っている。
そんなにも距離が縮まるくらいに昨日の夜仲良くなったのかもしれないけど、俺にはその部分の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているんだから、こっちだけよそよそしい感じで、ほんとに申し訳ない。
「あの……」
これはもう、正直に話すしか無い。
「あの、ごめんなさい。本当に……俺、覚えてなくて。働かせてほしいって言った事は覚えてます、でも、その後の事。ほんと覚えてなくて、だから朝起きてびっくりして。迷惑かけて申し訳なくて、それに、ストーブと毛布も、ほんとにありがとうございました……」
ちゃんと目を見て話して、お礼を言わなきゃと思うのに。話しているうちになんだか本当に申し訳なくて、恥ずかしくてたまらなくなった。
「じゃあ、ここで働いてほしいって僕が言った事も、覚えてないのかな?」
「え?」
「その反応だと、覚えてないんだね。傷つくなあ」
そう言うと、お兄さんはまた楽しそうに笑う。
「すみません、ほんとに、俺酔ってて。そもそも酔って働きたいとか言ったのも失礼過ぎるし。朝からすごい反省してて、ほんと、すみません」
何もかも、全部俺が悪いから、ただ謝るしかない。俺なんかの言動で傷つくとか言わせるのだって申し訳ない。
「や、ただの冗談だから。大丈夫だよそんな謝らなくても」
またお兄さんの大きな手が伸びてきて、俺の頭をぽんぽん叩く。
「ほんとですか?」
「うん……それよりも、酔いが覚めて、半日考えてみて。どう思った?」
「え?」
「ここじゃ、嫌かな?」
まだ少し笑いながら、俺に問いかける。
「……え?」
その優しい言葉に、胸が詰まってグッとなった。まるで決定権が俺にあるような言い方。そんな訳ないのに。
「嫌じゃないです、そんな」
「ほんと? よく覚えてないのに?」
そう言って、お兄さんは試すような顔で俺をジッと見る。だけど、俺はその目力に負けないように、目を逸らさずに頑張った。
「昨日、道に迷ってたまたま来たんです。だけど、雰囲気が良くて、お客さんみんなが幸せそうで、なんか……あったかくて。俺もここの人みたいに、なりたいなって……仲間に入れてもらいたくて」
自分で話しながら、変な事を言ってるって思った。初めて来たくせに、いきなり仲間になりたいだなんて、図々しすぎるし。
「昨日も、同じ事言ってたね」
「そう……ですか」
「僕は、藤原与一です。ここのオーナー。さっき入口で会った子がもうすぐ大学を卒業してやめてしまうから、同じように昼に働いてくれる人が必要だったんだ」
「はい……」
「引き継ぎもあるし、早く決めてくれってあの子にもせっつかれてたんだけど。なかなか決められなくて。だから、乙都君が来てくれて。本当に助かるよ、ありがとう」
そう言うと、藤原さんは白い歯を覗かせて笑った。
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