与一さんと俺のクロニクル

茂久白果

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ヒヤシンス6

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「もう少し部屋でゆっくりしてたら?」
「ううん、ここにいます」
 カウンターに座って、奥のキッチンに立つ与一さんを眺めながら、考える。
 これ以上甘えちゃいけないっていう気持ちと同じくらい、心地の良いムーンライズでずっと過ごしたい気持ちもあって。
 だからガッカリされたくないし、少しでも役に立ちたい。

「はい、どうぞ」
 目の前に置かれた丼には、黄金色の餡のかかったふわふわの玉子。
「うわ、美味しそう。いただきますっ」
「うん」
 前にもご馳走になって、俺は完全に与一さんの天津飯の虜になってしまった。こんな美味しい天津飯は食べたことないって、心からそう思って言ったのに、与一さんは褒め上手だなあ、って、笑った。
 ムーンライズでは、簡単なおつまみ以外の食事は出さない。こんなに料理が上手なのにもったいないって言ったけど、与一さんは、ありがとうって微笑むだけだった。

 火傷しそうに熱い天津飯を頬張って、慌てて水を飲む。
「与一さん、ほんとに美味しいです」
「乙都君見てると、伝わってくるよ」
 そう言って目を細める。ガッツキ過ぎたかなってなんだか恥ずかしくなってしまう。
「乙都君が食べてる所見てると、幸せだなあ」
「何ですか、それ」
 また変な事を言うから、思わずむせそうになった。それも、与一さんのボランティア精神なんだろうか。
「与一さんは?」
「僕は食べて来たから」
「そうなんですね」
 与一さんは、よくご飯を食べさせてくれる。だけどいつも俺が食べるのを見ているだけだ。
 一緒に食べたらきっともっと美味しいのにな。
 なんて甘えた言葉を、ぐっと飲み込んだ。
 家賃も光熱費もいらなくて、ほとんどまかない付き。こんな好条件、ありえないだろうって思う。

「与一さん、やっぱり、俺オープンしてからも手伝います」
「え? いいよ、十分働いてるでしょ」
「そうは思えないんですけど。給料の分、働けてる気がしなくて。お世話になってばっかりで」
「なに言ってるの? 十分過ぎるくらいに働いてくれてるでしょ」
 与一さんは腕を組むと、真剣な顔で俺をじっと見つめる。
「でも、俺、店好きだし」
「好きなら、降りて来て下で過ごせばいいよ。だけど、仕事はしちゃだめ」
「え? なんですかそれ」
「あそこら辺の席で適当にのんびりしてればいいよ」
 そう言うと、奥の一番低くてふかふかのソファの席を指さす。あんな居心地のいい席にいたら、眠ってしまいそうだ。
「でも……」
「乙都君。今まで、どれだけ働かされて来たの? キツくないと満足出来ないとか、不健全だと思う」
「え、いや、そんな事は……」
 前の仕事は確かに、精密さを求められたし。機械を扱う時も怪我をしない様に注意を払って。凄く集中しなくちゃいけなかったから、頭も体も毎日凄く疲れた。だけど、こき使われて酷く扱われた訳じゃない。
「いい? 僕は夜仕事する分、昼はしっかり眠りたいんだ。だからその間に仕事をしてくれる人が必須で、外回りとか、僕には出来ない事を全部乙都君がしてくれてるんだよ? わかる? もう、ここに乙都君が居てくれないと、店が成立しないんだよ」
「えっ……」
「だから、凄くありがたいって、思ってる。お給料とか住環境とか。それは当然の対価だから。乙都君に辞められたら、困るの。分かる?」
 与一さんはまるで小さい子を諭すように、俺に話す。それでも、自分の仕事にそこまで価値があるなんて、思えない。
「でも……気になってたんです。横田君は、大学に行きながら働いてて。その仕事量、俺はフルタイムで」
「……そんな事考えてたから、色んなところ掃除したり、磨いたり、してくれてたの?」
 与一さんは目を丸くしている。
「はい……」
「違うよ、乙都君。前にも話したと思うけど。僕は低血圧で朝起きられない体質だし、それにすごく紫外線に弱くてね。体調が悪くなる事もあるから、日中はなるべく出歩かないようにしているんだ。だけど横田君の本業は大学生だから。授業の妨げにならないように調整して仕事して貰ってたんだよ」
「そう……なんですか?」
「最低限の物を横田君に頼んで、あとは自分で。だから、今は凄く楽させてもらってるんだよ」
「ほんとですか……?」
「そうだよ。それどころか、乙都君がずっと居てくれるから、僕は何もかも乙都君に頼んでしまって。自分で買いに行けば済む様な物も、乙都君に甘えさせてもらって悪いかなって、」
「何言ってるんですか? もっと、幾らでも頼んで下さい。なんなら、店だけじゃなくて、与一さんが家で使う物とか、食材とか、何でも買い出ししますよ? 俺もっと仕事欲しいです」
 俺が食い気味にそう言うと、与一さんは目を丸くした。
 だけど、本当に与一さんの体調が悪くなったりしたら大変だ。
「ほんっと……乙都君、ありがとう」
「そんな事ないです、俺の方がありがたいです……それに」
「ん?」
「大変ですね……大丈夫ですか? 紫外線、アレルギーみたいな?」
「ああ……まあ、そんな感じ。だけどもう長い付き合いだから、上手くやれるようになったし。太陽が嫌いすぎて、ついには夜する仕事に落ち着いたくらいだよ。それでも、乙都君の助けが無いとやって行けないからね、だから、よろしくね」
 そう言うと、与一さんは俺の目をしっかり見つめて、頷く。
「はい、頑張ります」
 誰かに認めてもらえる事が、必要とされる事が、こんなにも胸を熱くするのかって、思った。
「もう、十分に頑張ってくれてるよ」
 また大きな手が伸びて来て、俺の頭をポンポンと叩いた。
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