転生先は繁殖主義国家だけど、普通に幸せになりたいです!

吉野葉月

文字の大きさ
24 / 30

第二十四話

しおりを挟む
 分娩介助の準備をしている男たちは、珍しく裸になっている。
 性行為がしやすいように作られた制服は、ブツをすぐ出せるように下着もつけていないが、排出……いや、分娩の際は異なるらしい。
 制服が汚れないように着々と脱いで隅に寄せる。
 羊水やら胎盤やら、色々血生臭い現場だというのは同じだ。
 先程リゼットも「彼女は三人目だから大丈夫だと思う」と言っていたところを見るに、出産にかかる時間も前世と似たり寄ったりといったところだろう。
 おそらくこちらでも、初産よりも経産の方が幾らかマシなのだ。
 
 十畳ほどの部屋にはマットレスが敷き詰められ、全面にシーツが引かれていた。
 そこにたくさんのタオルやお湯や桶、へその緒を切る為のハサミなんかがあり、昔のお産を彷彿させるものであったが、そこにいるのは妊婦と裸の男たちという異様な光景。
 どうみてもこれからいやらしいことが起きるようにしか見えない。
 
 妊婦のクレマンスは時折顔を歪めて、腰を押さえたまま痛みに耐える。
 経験のないミナミでも、これは一大事だとわかる。
 痛みを堪えているときと、痛くないときの差がハッキリ見て取れる。
 痛みが引けば、眉間に寄っていた皺がすぅっと消え、先程までが嘘のように楽になっている。
 
「大丈夫?」
 
「あー、大丈夫これくらい。これくらいじゃまだ産まれないし。もっとガーッと痛くなってさっさと排出しなきゃ」
 
 ミナミが心配して声をかければ、そうたくましい返答が返ってきた。
 室内には大きな時計があり、クレマンスや男たちは頻繁にそれを確認している。
 痛みの間隔がだいたい五分おきだったのが、三分になり、二分になり、また五分になる。
 
 助産師を志してはいたものの、立ち会った回数は多くはない。 
 ミナミはいつか自分の身にも起こるであろう人間の生命の神秘を、興奮しながら見つめていた。
 やがてひとりの男が彼女の股間に遠慮なく指を突っ込み、指が数本入ることを確認した。
 
「ミナミちゃん、ここからはかなり痛くなってくるんだ。こうやって痛みを紛らわしながら時が経つのを待つ」
 
 すると、指の代わりに自分の肉棒を突っ込んだ。
 
 (……分かってた。分かってたけど……)
 
 新たな命が誕生しようとしているのにまたセックスかよ!
 出口塞いでどうすんのよ!
 ……と、言いたいところをグッと飲み込む。
 
 女の子は手のひらと膝を床につけて四つん這いの姿勢を取っており、向けられた臀部に挿入した男は何度か軽く抽送する。
 おそらく痛みでそれどころじゃない身体は、潤わずにズズッと擦ったような音しかしない。
 男も挿れにくそうに何度か外しては、小瓶から精液を取り出してまんべんなく塗りたくった。
 
「排出時に骨が軋む痛みを紛らわしているんだ。子宮口に性器で響かせる衝撃が最も脳へ届くからね」
 
 そういうものなのかはわからない。
 海外のどこかの民族にはそういう文化もあるかも知れないが、ミナミのいた世界では聞いたことがない。
 苦しむクレマンスとは対照的に、良い思いをしている男が頭に来る。
 無痛分娩とはいかないまでも、リフレクソロジーやら水中出産やら、将来的には選べるようにしなければな、と想いを馳せた。
 
 お産は、挿入行為がありつつも滞りなく進んでいく。
 さすが三人目といったところだろうか、スムーズで落ち着いている。
 どれだけ痛くても声を荒らげることないし、時折飲精されているが(突っ込むの疲れたから気にしないことにする)、慌てふためいている様子はない。
 聞けば、栄養補給目的の他に、喉奥に突っ込んで出産の際に痛みのあまり叫ぶのを防ぐ目的もあるそうだ。
 彼女の場合はそうせずとも絶叫する心配は無さそうだが。
 自分だったら嚙みちぎってやるところだ、とミナミは沸々とした邪念を男に送る。
 
 目の前でヤられると思わず性行為に目が行きがちだったが、一時間ほど経過した頃だろうか。
 陰茎を刺していた男が抜いた。
 
「かなり下がってきたね。あとは踏ん張るだけ」
 
 (発露だ! )
 
 ミナミはクレマンスに断りを入れて股間を覗く。
 発露とは、分娩において胎児の頭が見えたままになって戻らないことだ。
 この状態になると相当痛いはず。
 ミナミはクレマンスの手を取って励ます。
 
「目をつぶっちゃだめだよ! 目をあけてクレマンス!」
 
「目……っ」
 
「そうそう、上手だよ!」
 
 これは赤ちゃんを見るためじゃなく、顔の毛細血管が切れるのを防ぐためだ。
 強いいきみは血管までも破壊してしまう恐れがあり、まだ若いクレマンスの顔や身体はなるべく傷をつけたくない。
 ミナミはクレマンスを四つん這いから仰向けにさせ、分娩を手伝う男たちの手を握らせた。
 その握る力のあまりの強さに男たちは目を見開いた。
 
「いい? 玉を蹴られたときの痛みなんてすぐ消えるでしょう? この子はそれ以上の痛みがずっと続くんだから。もっと敬いなさいよ! 世界は男だけが作ってるわけじゃないんだから! 男も女もどっちもいないと成り立たないんだから!」
 
 ミナミは男たちに真剣に訴えた。
 ミナミだけじゃ価値観は変えられないけど、せめて分娩に携わっているこの場にいる人たちだけは、産まれてくる赤ちゃんの尊さを知ってほしいと思った。
 胎児の青い頭髪が徐々に外へと押し出されていく。
 
「クレマンス! あとは短めに息を吐いて!」
 
 喋る余裕はなかったが、クレマンスはじっとミナミを見据え、指示に従う。
 
「ありがとうクレマンス。頭が一気に出ると裂けちゃうから。そうすると大変でしょ、痛いし、治りが遅くて……次の懐妊にも影響してくるし……っ」
 
 やがて顔が出て、回旋しながら片方の肩が出てくる。
 ミナミは胎児と外陰部の隙間に指をねじこんで、もう肩方の肩も引っ張り出す。
 息つく暇のないミナミの介助を、その場にいる全員が固唾を飲んで見つめる。
 赤子の脇の下に手を入れて、残りの身体もズルッと引き抜いた。
 
「……産まれた……っ!」
 
 ミナミは赤子の首を支えながら腰を抱えるように抱っこし、素早くタオルで包み込む。
 直後に男の一人がへその緒を紐で結び、端を除いて身体から切り離す。
 上手くやるじゃん、と思ったが、赤子はまだ泣いていなかった。
 ミナミは咄嗟に縦抱きにし、お腹を圧迫するようにもたれかけさせて背中を叩き、飲み込んだ羊水を吐き出させた。
 けぽっと胃の内容物が排出され、ようやく赤ちゃんは声を上げた。
 
「……良かったぁー!」
 
 甲高い声で、顔を真っ赤にして産声を上げるその姿が、ミナミは好きである。
 資産家のおじさんも、クレマンスも、フェリックスも、皆こんなに小さかったのだ。
 誰かの手を借りないと生きていけなかったのに、あんなに堂々とした一人前の大人になるなんて、ここまで大きな病気をせず、嫌なことがあってもメンタルを保ってきたという証拠だ。
 大きな事業を成し遂げなくても、夢を叶えることができなくても、それだけで充分価値があるじゃないか。
 ミナミはクタクタになっているクレマンスの手をもう一度握った。
 
「お疲れさま、クレマンス。可愛いね。見て、もう目開いてるよ」
 
 ミナミはクレマンスの胸元に産まれたばかりの赤子を乗せた。
 産むのは数回目だが、彼女はこんなことをされたのは初めてだった。
 タオル越しに命の重さが肌へ伝わる。
 小さくても速い鼓動を刻み、温かな体温を持つひとりの人間だ。
 
「可愛いー! 瞳なんか、クレマンスとそっくりだね、群青色で。これは美人さんになるね!」
 
 
 
 初めて立ち会ったリアルな出産の現場を、ミナミはしばらくずっと反芻してしまった。
 産まれたての赤ちゃんの折れそうな肢体もしわしわの顔も、全てが尊く愛しく思えた。
 
 (この子が産まれたら、もっとそういう気持ちになるのかな)
 
 そっと下腹部に手を添えた。
 離れたくないという気持ちが、ミナミ中で芽生えた。
 
 しかし無情にも、産まれた子は直ぐに母の元を去る決まりである。
 分娩後、子は速やかに学園の職員へ引き渡され、諸々の検査や処置をしたあと国の統括する養育施設へと譲渡されてしまった。
 
 (やっぱり嫌だよこんなの。私は育てたいもん、私の子ども。できれば、大好きな人と一緒に)
  
 本人たちは何とも思っていないようだったが、母と子を離す現状に違和感を拭い切れなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

山に捨てられた元伯爵令嬢、隣国の王弟殿下に拾われる

しおの
恋愛
家族に虐げられてきた伯爵令嬢セリーヌは ある日勘当され、山に捨てられますが逞しく自給自足生活。前世の記憶やチートな能力でのんびりスローライフを満喫していたら、 王弟殿下と出会いました。 なんでわたしがこんな目に…… R18 性的描写あり。※マークつけてます。 38話完結 2/25日で終わる予定になっております。 たくさんの方に読んでいただいているようで驚いております。 この作品に限らず私は書きたいものを書きたいように書いておりますので、色々ご都合主義多めです。 バリバリの理系ですので文章は壊滅的ですが、雰囲気を楽しんでいただければ幸いです。 読んでいただきありがとうございます! 番外編5話 掲載開始 2/28

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

処理中です...