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花のお江戸の虚舟 ――来訪神は商い好き――
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日本橋で小間物屋を営むお初は、近頃ひとつだけ困っていることがあった。
それは――夫の良太が、どう考えても普通の江戸の男ではないのではないか、という点である。
「お初、この“こんせぷと”を明確にしねえと、商いは伸びねえぜ」
朝から何を言っているのか分からない。
こんせぷと? それは煮物に入れる昆布か芋の仲間か何かだろうか。
良太は三年前、川で溺れていたところをお初が助けた男だ。身元不明、記憶喪失だと言っていたが、ザンバラ頭に見たこともない上っ張り、猿股のような珍妙な出で立ちだった。
体調が快方に向かってからは、家が営む小間物屋の手伝いをさせてみたが、字は妙に上手く、計算は算盤より速く、何より商売の勘がとても良い。
「値切りに来る客はな、“はじめから値切る前提”で来てる。だから最初に値段を高めに出す。心理戦だ」
心理……戦?
よくわからない。が、良太の言う通りにすると、なぜか不思議とものが売れる。
「これは“ぶらんでぃんぐ”が重要だな」
「“りさーち”してみたが、その客層は“りぴーたー”になる」
「競合? ああ、向かいの店な」
競合は分かる。だが、ぶらんでぃんぐとは何だ?
時折ぽろりと出る妙な言葉。理由のわからない事を言うが、使い慣れた方言のようなものなのだろうか。さして気にしなかったお初である。
そんな、良太との日々を送るうちに、二人は夫婦になった。
ある夏の夜のことだった。
「……なあ、お初。そろそろお前に言っとくかと思ってな」
酒を一合ほど飲んだ良太は、真剣な顔で話す。
「俺、ここじゃねえ世界から来たんだ」
やはりか、とお初は思った。驚きはしなかった。
「向こうじゃ、商人じゃなくて“経営コンサル”ってのをやってた」
「けいえい……こんさる?」
「まあ、商売の助言屋だ」
会社の新年会で借りた、亀のような形の屋形舟から泥酔して川に落ち、異世界転移をしてきた、とかいうやつらしい。詳しい理屈は分からないが、良太自身も
「テンプレだな」
と言っていたので、お初は深く考えるのをやめた。
「で? 元の世界に帰るのかい?」
そう尋ねると、良太は首を振った。
「まあ、不便もあるが、こっちの飯もうまいし、人もいい。何より――」
そう言って、照れたようにはにかみながら、
「女房が最高だ」と。
なんて、ずるい男だ。
お初は少しだけ頬を赤くして、話を終わりにした。これ以上話しても、通行手形をもっていても、良太のいた故郷の関所は通れないのだ。
それからも、小間物屋は繁盛した。看板を変え、包み紙を工夫し、季節ごとの目玉商品を打ち出す。町内では「川辺屋は何か違うな」と評判になった。
同業者からは妬まれもしたが、良太はにこにこしながらいつもの様に言うだけだ。
「気にすんな。市場は広い」
その市場とやらがどこにあるのかは分からないが、とにかく平和だった。
寝る前に帳簿をつけ終えたあと、二人で縁側に座る。
「元の郷には未練はないのかい?」
そう聞くと、良太は空を見上げて答えた。
「あっちじゃ“ぱそこん”の前で数字ばっか追ってた。でもここじゃ、顔の見える商いができる」
そしてお初の手を握る。
「それに、江戸時代で商人無双って、わりと楽しいぞ?」
お初は笑った。
異世界だろうが何だろうが、良い夫で、良い商売人であることに変わりはない。
今日も日本橋の一角で、異世界人の夫と江戸の女房は、しっかり儲けて、仲良く暮らしている。
――こんせぷと?
まあ、幸せな商い、ということでいいだろう。
それは――夫の良太が、どう考えても普通の江戸の男ではないのではないか、という点である。
「お初、この“こんせぷと”を明確にしねえと、商いは伸びねえぜ」
朝から何を言っているのか分からない。
こんせぷと? それは煮物に入れる昆布か芋の仲間か何かだろうか。
良太は三年前、川で溺れていたところをお初が助けた男だ。身元不明、記憶喪失だと言っていたが、ザンバラ頭に見たこともない上っ張り、猿股のような珍妙な出で立ちだった。
体調が快方に向かってからは、家が営む小間物屋の手伝いをさせてみたが、字は妙に上手く、計算は算盤より速く、何より商売の勘がとても良い。
「値切りに来る客はな、“はじめから値切る前提”で来てる。だから最初に値段を高めに出す。心理戦だ」
心理……戦?
よくわからない。が、良太の言う通りにすると、なぜか不思議とものが売れる。
「これは“ぶらんでぃんぐ”が重要だな」
「“りさーち”してみたが、その客層は“りぴーたー”になる」
「競合? ああ、向かいの店な」
競合は分かる。だが、ぶらんでぃんぐとは何だ?
時折ぽろりと出る妙な言葉。理由のわからない事を言うが、使い慣れた方言のようなものなのだろうか。さして気にしなかったお初である。
そんな、良太との日々を送るうちに、二人は夫婦になった。
ある夏の夜のことだった。
「……なあ、お初。そろそろお前に言っとくかと思ってな」
酒を一合ほど飲んだ良太は、真剣な顔で話す。
「俺、ここじゃねえ世界から来たんだ」
やはりか、とお初は思った。驚きはしなかった。
「向こうじゃ、商人じゃなくて“経営コンサル”ってのをやってた」
「けいえい……こんさる?」
「まあ、商売の助言屋だ」
会社の新年会で借りた、亀のような形の屋形舟から泥酔して川に落ち、異世界転移をしてきた、とかいうやつらしい。詳しい理屈は分からないが、良太自身も
「テンプレだな」
と言っていたので、お初は深く考えるのをやめた。
「で? 元の世界に帰るのかい?」
そう尋ねると、良太は首を振った。
「まあ、不便もあるが、こっちの飯もうまいし、人もいい。何より――」
そう言って、照れたようにはにかみながら、
「女房が最高だ」と。
なんて、ずるい男だ。
お初は少しだけ頬を赤くして、話を終わりにした。これ以上話しても、通行手形をもっていても、良太のいた故郷の関所は通れないのだ。
それからも、小間物屋は繁盛した。看板を変え、包み紙を工夫し、季節ごとの目玉商品を打ち出す。町内では「川辺屋は何か違うな」と評判になった。
同業者からは妬まれもしたが、良太はにこにこしながらいつもの様に言うだけだ。
「気にすんな。市場は広い」
その市場とやらがどこにあるのかは分からないが、とにかく平和だった。
寝る前に帳簿をつけ終えたあと、二人で縁側に座る。
「元の郷には未練はないのかい?」
そう聞くと、良太は空を見上げて答えた。
「あっちじゃ“ぱそこん”の前で数字ばっか追ってた。でもここじゃ、顔の見える商いができる」
そしてお初の手を握る。
「それに、江戸時代で商人無双って、わりと楽しいぞ?」
お初は笑った。
異世界だろうが何だろうが、良い夫で、良い商売人であることに変わりはない。
今日も日本橋の一角で、異世界人の夫と江戸の女房は、しっかり儲けて、仲良く暮らしている。
――こんせぷと?
まあ、幸せな商い、ということでいいだろう。
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