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47.どこからどう考えても
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ああ、まただ。いなくなったはずの翳がまた、彼に纏わりついていく。
大したことじゃないなら、こんな顔はしないだろうに。
「わたし、昔、舞台女優になりたかったんです!」
その腕からするりと抜け出すと、殊更明るくアネットは言った。四阿の真ん中でくるり回れば、ドレスのように夜着の裾が翻る。
「だから、本当に今日は嬉しくて」
「お前に舞台女優は無理だろう」
そんなこと分かっている。こちらはもう、随分前に諦めた夢だ。それでも、人からはっきり言われると気に障るものである。
「どうせわたしは顔もそんなに可愛くないし、物覚えも悪いから無理ですよ」
アネットはぷいっと顔を背けた。
「そういうことを言ったんじゃない」
こちらに向かってシャルルが歩を進めてくる。
「演技というのは、乱暴な言い方をすれば嘘をつくことだ。話の筋書きに応じて他人のフリをする。求められる役割に自分を当てはめる。それは多分、お前の良さとは対極にある」
「わたしの、良さ?」
この人は一体、わたしに何を見出したのだろう。
「思っていることがすぐに顔に出るし、口からも出るからな、お前は」
自覚はある。十九年付き合い続けた己の悪癖にも近いものだ。先日ジェルヴェーズにも言われてしまった。
「それって褒めてます? けなしてません?」
睨みつけるように金色の頭を仰いだら、彼は顔を顰めた。
「馬鹿を言え。どこからどう考えても褒めているだろう」
「そういうふうには聞こえませんでしたけど」
「……褒めているよ」
今度はシャルルがそっぽを向く番だった。
「どんな役をやりたかったんだ?」
大きな手が頭の上に降りてくる。こういうふうにされるのは、きらいではない。けれど、なんとなくうまくやりこめられているような気がする。
どんな役、と言われても。
確かに何度も何度も、空想の劇を演じてみたことはある。相手もいない道化の一人芝居。ただ、口に出してみるのは気が引ける。笑ってしまうような、子供の夢物語だ。
押し黙っていたら、機嫌を取るように髪を梳かれた。口にしてもいいということだろうか。
「わたしは、実は本物の貴族のお嬢様で、旦那様はわたしを迎えに来た王子様……とか?」
こんなこと、明るい太陽の下ではとても言えたものではない。月の光が淑やかに、見たくないものを覆い隠してくれるから言えるのだ。
「待て、私を巻き込むな。さすがに設定に無理がある」
途端に目の前の端整な顔が険しくなる。
「だから言いたくなかったんです」
アネットはふらりと歩いて、シャルルから距離を取った。四阿から出れば、月はまだ頭上でとり澄ました顔で輝いている。
せっかくいい気分で一日を終われると思ったのに、これでは台無しだ。膨らんだ風船のようだった心が急に萎んでいく。
わしゃわしゃと背中の向こうで髪をかき上げる気配がした。
「ああ、もう。こっちを向け」
きゅっと手首を掴まれる。振りほどけないほどでは、ないけれど。
「いやです」
大したことじゃないなら、こんな顔はしないだろうに。
「わたし、昔、舞台女優になりたかったんです!」
その腕からするりと抜け出すと、殊更明るくアネットは言った。四阿の真ん中でくるり回れば、ドレスのように夜着の裾が翻る。
「だから、本当に今日は嬉しくて」
「お前に舞台女優は無理だろう」
そんなこと分かっている。こちらはもう、随分前に諦めた夢だ。それでも、人からはっきり言われると気に障るものである。
「どうせわたしは顔もそんなに可愛くないし、物覚えも悪いから無理ですよ」
アネットはぷいっと顔を背けた。
「そういうことを言ったんじゃない」
こちらに向かってシャルルが歩を進めてくる。
「演技というのは、乱暴な言い方をすれば嘘をつくことだ。話の筋書きに応じて他人のフリをする。求められる役割に自分を当てはめる。それは多分、お前の良さとは対極にある」
「わたしの、良さ?」
この人は一体、わたしに何を見出したのだろう。
「思っていることがすぐに顔に出るし、口からも出るからな、お前は」
自覚はある。十九年付き合い続けた己の悪癖にも近いものだ。先日ジェルヴェーズにも言われてしまった。
「それって褒めてます? けなしてません?」
睨みつけるように金色の頭を仰いだら、彼は顔を顰めた。
「馬鹿を言え。どこからどう考えても褒めているだろう」
「そういうふうには聞こえませんでしたけど」
「……褒めているよ」
今度はシャルルがそっぽを向く番だった。
「どんな役をやりたかったんだ?」
大きな手が頭の上に降りてくる。こういうふうにされるのは、きらいではない。けれど、なんとなくうまくやりこめられているような気がする。
どんな役、と言われても。
確かに何度も何度も、空想の劇を演じてみたことはある。相手もいない道化の一人芝居。ただ、口に出してみるのは気が引ける。笑ってしまうような、子供の夢物語だ。
押し黙っていたら、機嫌を取るように髪を梳かれた。口にしてもいいということだろうか。
「わたしは、実は本物の貴族のお嬢様で、旦那様はわたしを迎えに来た王子様……とか?」
こんなこと、明るい太陽の下ではとても言えたものではない。月の光が淑やかに、見たくないものを覆い隠してくれるから言えるのだ。
「待て、私を巻き込むな。さすがに設定に無理がある」
途端に目の前の端整な顔が険しくなる。
「だから言いたくなかったんです」
アネットはふらりと歩いて、シャルルから距離を取った。四阿から出れば、月はまだ頭上でとり澄ました顔で輝いている。
せっかくいい気分で一日を終われると思ったのに、これでは台無しだ。膨らんだ風船のようだった心が急に萎んでいく。
わしゃわしゃと背中の向こうで髪をかき上げる気配がした。
「ああ、もう。こっちを向け」
きゅっと手首を掴まれる。振りほどけないほどでは、ないけれど。
「いやです」
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