2 / 11
Ⅱ
しおりを挟む
HF-0108。
それが私の個体識別番号。
HFタイプは室内での業務、主に家事に特化したタイプのアンドロイドだ。人間の個体数が減ってしまったこの世界で、生命維持に必要な家事活動を担う。具体的には掃除洗濯炊事などを行っている。ご主人の依頼があれば雑用もこなす。
一昔前に『家政婦』と呼ばれたものに一番近いのかもしれない。政府機構から各家庭に一~二台必要な数が派遣されている。
はじめて博士と出会った時、彼は寝ぐせのついたぼさぼさの髪によれよれの黒いシャツを着ていた。
前任のアンドロイドは何をやっていたのだろうと思う一方で、インプットしたデータの特記事項に『とてもアンドロイドの好みが激しい』との記載があったこと思い出した。大体のアンドロイドが三ヶ月で交代を命じられるらしい。
交代したところで、何も変わらないのになと思う。
HFタイプは、女性であっても男性であっても最も人間が好感を抱きやすいという、二十代前半の女性の容姿を元に設計されている。識別番号はあるが、容姿は全て同じだ。インストールされているファームウェアも同じ。
きっと、私もすぐに交代するのだろうなと思っていた。どんな偏屈な人物なのかとも。
「はじめまして、僕は宗一郎と言います」
けれど、私を迎え入れてくれたのは人懐っこい笑顔だった。
「えっと、君達名前はないんだよね?」
「はい、HF-0108と言います」
「じゃあ、ゼロイチゼロハチちゃんでいいかな? ごめんね。来たばかりで悪いんだけど、片付けからお願いしてもいいかな?」
アンドロイドに対して、こんな腰の低い話し方をする人がいるのだろうか。
「承知いたしました。ではまず、片付けから始めます。ご主人」
「あ、できればマスターって呼ばないで欲しくて。こう、宗一郎とかって、呼んでもらえると」
「ご主人はご主人です」
「そこを、なんとか!」
彼は、ぱんっと顔の前で両手を合わせて私を拝む。なんだか面倒なことになった。これでは確かに『アンドロイドの好みが激しい』と記載されるだろう。
後ろには地獄とはこのことかというような惨状の部屋が広がっている。
「ご職業は、研究者と伺っておりますが」
「うん、そうだよ。一応、『博士』って呼ばれることも多いよ」
「それでは、私も『博士』とお呼びするのはいかがでしょうか?」
さすがに主人を名前で呼ぶのはアンドロイドの領域を超える。ただ、主人の要望にはできるだけ応える必要があるだろう。ここが譲歩できるぎりぎりだ。何より早く片付けがしたい。
「はかせ……」
彼は目をきらきらさせながら私を見下ろしてきた。
「いいね、すごくいい。それでいこう。よろしくね、ゼロイチゼロハチちゃん」
右手を出して握手まで求めてくる始末。仕方なく、私はその手を握った。
それが私の個体識別番号。
HFタイプは室内での業務、主に家事に特化したタイプのアンドロイドだ。人間の個体数が減ってしまったこの世界で、生命維持に必要な家事活動を担う。具体的には掃除洗濯炊事などを行っている。ご主人の依頼があれば雑用もこなす。
一昔前に『家政婦』と呼ばれたものに一番近いのかもしれない。政府機構から各家庭に一~二台必要な数が派遣されている。
はじめて博士と出会った時、彼は寝ぐせのついたぼさぼさの髪によれよれの黒いシャツを着ていた。
前任のアンドロイドは何をやっていたのだろうと思う一方で、インプットしたデータの特記事項に『とてもアンドロイドの好みが激しい』との記載があったこと思い出した。大体のアンドロイドが三ヶ月で交代を命じられるらしい。
交代したところで、何も変わらないのになと思う。
HFタイプは、女性であっても男性であっても最も人間が好感を抱きやすいという、二十代前半の女性の容姿を元に設計されている。識別番号はあるが、容姿は全て同じだ。インストールされているファームウェアも同じ。
きっと、私もすぐに交代するのだろうなと思っていた。どんな偏屈な人物なのかとも。
「はじめまして、僕は宗一郎と言います」
けれど、私を迎え入れてくれたのは人懐っこい笑顔だった。
「えっと、君達名前はないんだよね?」
「はい、HF-0108と言います」
「じゃあ、ゼロイチゼロハチちゃんでいいかな? ごめんね。来たばかりで悪いんだけど、片付けからお願いしてもいいかな?」
アンドロイドに対して、こんな腰の低い話し方をする人がいるのだろうか。
「承知いたしました。ではまず、片付けから始めます。ご主人」
「あ、できればマスターって呼ばないで欲しくて。こう、宗一郎とかって、呼んでもらえると」
「ご主人はご主人です」
「そこを、なんとか!」
彼は、ぱんっと顔の前で両手を合わせて私を拝む。なんだか面倒なことになった。これでは確かに『アンドロイドの好みが激しい』と記載されるだろう。
後ろには地獄とはこのことかというような惨状の部屋が広がっている。
「ご職業は、研究者と伺っておりますが」
「うん、そうだよ。一応、『博士』って呼ばれることも多いよ」
「それでは、私も『博士』とお呼びするのはいかがでしょうか?」
さすがに主人を名前で呼ぶのはアンドロイドの領域を超える。ただ、主人の要望にはできるだけ応える必要があるだろう。ここが譲歩できるぎりぎりだ。何より早く片付けがしたい。
「はかせ……」
彼は目をきらきらさせながら私を見下ろしてきた。
「いいね、すごくいい。それでいこう。よろしくね、ゼロイチゼロハチちゃん」
右手を出して握手まで求めてくる始末。仕方なく、私はその手を握った。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
公爵令嬢のひとりごと
鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる