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番外編:シルヴィオ視点
1.兄の矜持
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隠していても、手に取るように分かることがある。
いや、むしろ隠そうとするから余計に分かってしまうのかもしれない。
この二人の場合は特にそれが顕著だったと、シルヴィオは思っている。
「何か言いたいことはあるか、ジェラルド」
その片割れ、かつて己の騎士だった男に対しシルヴィオは言った。
「いえ、ありません」
揺らぎもしない黒い瞳は、膝を突いて静かに見上げてくるだけだ。こちらも言い訳の一つぐらいは聞いてやる度量はあるつもりだが。
「そうか」
ないならないで対応に困るものである。さてどうするかなと頭を巡らせたところで、そういえばこいつは最初からこういうやつではなかったなと思い至った。
どちらかといえば、掴み所のないやつだった。三男というだけあり、末っ子特有の身の振り方の巧さのようなものがあって、のらりくらりと人の合間を縫うように生きているやつだった。
それが、いつの間にかこうなっていた。
変えたのは間違いなく、ロジータだ。
■
死んだ母が最期に言い残した言葉がある。
――ロジータを、頼むわね。
こんな時まで妹のことなのか、私については何もないのかと思わないことはなかったけれど。それでも、年端もいかない娘を置いていくのは確かに心配で仕方なかったのだろうとは想像がついた。
自分は母と十五年過ごすことができたけれど、妹が過ごしたのは半分程度だ。その分だけ、シルヴィオにはロジータの面倒を見る義務があるとは感じていた。
しかしながら大仰に頼むと言われたからといって、何をすればいいかが具体的に分かるわけでもない。ただただ普通に、兄妹として共にあるだけだった。
その意味が分かったのは、母がいなくなって少し経った頃だ。
いつものように近衛騎士を一人連れて、シルヴィオは王宮の庭を歩いていた。そこに、ぱたぱたとロジータがやってきた。あんなに走るなと言っているのに、あの頃のロジータと言えば興味を惹かれるものがあればすぐ駆けだしてしまうものだった。
「ねえ、どうしたの!」
人の顔を見るなりどうしたもこうしたもないだろうと思っていたら、ロジータの目当ての相手は自分ではなくその後ろにいる男だった。見上げるばかりの長身に食ってかかるように話しかけている。
「ああ、いえ、その……ちょっと模擬戦で負けまして」
シルヴィオの後ろに控えていたジェラルドは、バツが悪そうにロジータから目を逸らした。彼は一昨日騎士団の模擬戦でボコボコに負けたらしく、顔に手当をした痕があった。
「なによ、ただでさえどうしようもない顔なのに。とてもみられたものじゃないわ」
「すみません、お見苦しいところを」
「まったくだわ」
我が妹ながら物凄い言い様である。さすがに咎めようとしたところで、ロジータは傷に手を伸ばした。けれどその指先は、彼の頬に触れる寸前でぴたりと止まった。
「……いたかった?」
自分と同じ色の瞳が揺れていた。別にロジータは怪我をしたわけでもなんともないというのに。
「全然です。これぐらい大したことないです。かすり傷です」
ジェラルドは、妙に明るい口調で返した。
嘘をつけ、とシルヴィオは思う。昨日むちゃくちゃ痛いとジェラルドが嘆いていたのを知っている。ぶっちゃけちょっと泣いていた。つまり、こいつは今ものすごく虚勢を張っていると言わざるを得ない。
「ほんとう?」
ロジータの小さな手が震えていた。
「はい、ほんとうですよ」
ジェラルドは屈んで妹と目線を合わせるようにして笑う。
彼は一瞬ロジータの手に手を伸ばす素振りを見せたが、その手は結局自身の団服の裾を掴んだ。妹の手は宙に浮いたままになる。
これは、一体なんだろう。
青と黒の瞳は見つめ合って束の間二人だけの世界を繰り広げたかと思えば、はっと弾かれたように互いに反対方向を向いた。
私は今、一体何を見せられている?
「つ、次、そんなぶざまな真似をしたらゆるさないからっ!」
これを適切な意味に翻訳すると、ロジータは「心配だからもうそんな怪我はしないで」と言っている。長く兄をやっているのでそれぐらいは分かる。
「はい」
ジェラルドは一つ大きく頷いた。
「次はもうしません」
これも分かる。こっちも分かりやすく格好付けている。気持ちは分かる。分かってしまった。
「ぜったいよ」
それだけ言い残すと、妹はまた元来たようにぱたぱたと駆けていった。追いかけていく侍女に無性に申し訳ない気分になる。ジェラルドはずっと、その華奢な背中が見えなくなるまで見つめていた。
「あの、シルヴィオ殿下」
「なんだ」
「俺を、その……姫様の騎士にしては頂けませんか?」
決して不真面目というわけではないのだが、ジェラルドは悪い意味で貪欲さのないやつだった。体格にも恵まれているし、センスもある。それなのに、一本通った芯のようなものがないからモノにならない。
そんなやつが、にわかに訓練に身を入れ始めた。その理由が今までシルヴィオには分からなかった。
それが、これか。
なんてことはない。笑ってしまうほどありふれたことだ。くだらないと、一蹴することも容易かった。
だが、あの妹の姿を見たらそうも言えなくなった。
「だめだ」
いや、むしろ隠そうとするから余計に分かってしまうのかもしれない。
この二人の場合は特にそれが顕著だったと、シルヴィオは思っている。
「何か言いたいことはあるか、ジェラルド」
その片割れ、かつて己の騎士だった男に対しシルヴィオは言った。
「いえ、ありません」
揺らぎもしない黒い瞳は、膝を突いて静かに見上げてくるだけだ。こちらも言い訳の一つぐらいは聞いてやる度量はあるつもりだが。
「そうか」
ないならないで対応に困るものである。さてどうするかなと頭を巡らせたところで、そういえばこいつは最初からこういうやつではなかったなと思い至った。
どちらかといえば、掴み所のないやつだった。三男というだけあり、末っ子特有の身の振り方の巧さのようなものがあって、のらりくらりと人の合間を縫うように生きているやつだった。
それが、いつの間にかこうなっていた。
変えたのは間違いなく、ロジータだ。
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死んだ母が最期に言い残した言葉がある。
――ロジータを、頼むわね。
こんな時まで妹のことなのか、私については何もないのかと思わないことはなかったけれど。それでも、年端もいかない娘を置いていくのは確かに心配で仕方なかったのだろうとは想像がついた。
自分は母と十五年過ごすことができたけれど、妹が過ごしたのは半分程度だ。その分だけ、シルヴィオにはロジータの面倒を見る義務があるとは感じていた。
しかしながら大仰に頼むと言われたからといって、何をすればいいかが具体的に分かるわけでもない。ただただ普通に、兄妹として共にあるだけだった。
その意味が分かったのは、母がいなくなって少し経った頃だ。
いつものように近衛騎士を一人連れて、シルヴィオは王宮の庭を歩いていた。そこに、ぱたぱたとロジータがやってきた。あんなに走るなと言っているのに、あの頃のロジータと言えば興味を惹かれるものがあればすぐ駆けだしてしまうものだった。
「ねえ、どうしたの!」
人の顔を見るなりどうしたもこうしたもないだろうと思っていたら、ロジータの目当ての相手は自分ではなくその後ろにいる男だった。見上げるばかりの長身に食ってかかるように話しかけている。
「ああ、いえ、その……ちょっと模擬戦で負けまして」
シルヴィオの後ろに控えていたジェラルドは、バツが悪そうにロジータから目を逸らした。彼は一昨日騎士団の模擬戦でボコボコに負けたらしく、顔に手当をした痕があった。
「なによ、ただでさえどうしようもない顔なのに。とてもみられたものじゃないわ」
「すみません、お見苦しいところを」
「まったくだわ」
我が妹ながら物凄い言い様である。さすがに咎めようとしたところで、ロジータは傷に手を伸ばした。けれどその指先は、彼の頬に触れる寸前でぴたりと止まった。
「……いたかった?」
自分と同じ色の瞳が揺れていた。別にロジータは怪我をしたわけでもなんともないというのに。
「全然です。これぐらい大したことないです。かすり傷です」
ジェラルドは、妙に明るい口調で返した。
嘘をつけ、とシルヴィオは思う。昨日むちゃくちゃ痛いとジェラルドが嘆いていたのを知っている。ぶっちゃけちょっと泣いていた。つまり、こいつは今ものすごく虚勢を張っていると言わざるを得ない。
「ほんとう?」
ロジータの小さな手が震えていた。
「はい、ほんとうですよ」
ジェラルドは屈んで妹と目線を合わせるようにして笑う。
彼は一瞬ロジータの手に手を伸ばす素振りを見せたが、その手は結局自身の団服の裾を掴んだ。妹の手は宙に浮いたままになる。
これは、一体なんだろう。
青と黒の瞳は見つめ合って束の間二人だけの世界を繰り広げたかと思えば、はっと弾かれたように互いに反対方向を向いた。
私は今、一体何を見せられている?
「つ、次、そんなぶざまな真似をしたらゆるさないからっ!」
これを適切な意味に翻訳すると、ロジータは「心配だからもうそんな怪我はしないで」と言っている。長く兄をやっているのでそれぐらいは分かる。
「はい」
ジェラルドは一つ大きく頷いた。
「次はもうしません」
これも分かる。こっちも分かりやすく格好付けている。気持ちは分かる。分かってしまった。
「ぜったいよ」
それだけ言い残すと、妹はまた元来たようにぱたぱたと駆けていった。追いかけていく侍女に無性に申し訳ない気分になる。ジェラルドはずっと、その華奢な背中が見えなくなるまで見つめていた。
「あの、シルヴィオ殿下」
「なんだ」
「俺を、その……姫様の騎士にしては頂けませんか?」
決して不真面目というわけではないのだが、ジェラルドは悪い意味で貪欲さのないやつだった。体格にも恵まれているし、センスもある。それなのに、一本通った芯のようなものがないからモノにならない。
そんなやつが、にわかに訓練に身を入れ始めた。その理由が今までシルヴィオには分からなかった。
それが、これか。
なんてことはない。笑ってしまうほどありふれたことだ。くだらないと、一蹴することも容易かった。
だが、あの妹の姿を見たらそうも言えなくなった。
「だめだ」
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