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番外編:シルヴィオ視点

2.その幸せを

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 やさしくすることは簡単にできる。
 一時の感傷に身を委ねることを許して、甘やかせばいいだけの話だ。そうすればロジータのあの手は、あんな風に震えることはないだろう。

 けれど、これを真に実らせたいのならば、シルヴィオは今この申し出を受けてはならない。
 二人が共にあるのが当然だと、誰の目にも明らかに納得ができる方向に導く必要がある。そうでなければ、この関係にはいつか必ず破綻が来る。

 あの手を取るのはシルヴィオの役目ではない。
 そして、それがジェラルドかどうかもまだ分からない。

 見極める必要がある。それができないのならまた何度でも、ロジータの手は宙ぶらりんになるのだから。

 まったく兄というのはなんて損な役回りだろう。考えても仕方のないことだが、もし選ぶことができるならシルヴィオだって三男がいいと思った。

「私の騎士は誰でもいいが、ロジータの騎士は強くなければならない。私はいざという時、自分で自分を守れるが、あいつはそうではないからな」

 そう言うと、ジェラルドははっと目を見開いて硬直した。無理もない。露骨に突き放したのだから。
 さて、お前はここからどうする?

「分かりました」

 二度瞬きしたかと思うと、ジェラルドの目に光が宿った。何か強い決意を一つ秘めた黒い瞳。彼がこんな顔をするところを、シルヴィオは今まで見たことがなかった。

「今はそうだと思います。けれど俺がちゃんと、姫様を守り抜けるぐらい強くなれたら。その時は」

「ああ、考えておく」
 そんな時が来るのかどうか、分からなかったけれど。

 シルヴィオはジェラルドのことがきらいではなかった。同じ年で近しく過ごすことが多かったのもあって、友人と呼んでいいかは分からないが、好ましくは思っていた。諸々の利権と引き換えにどこの馬の骨とも分からぬ輩に妹を売り渡すよりは、こいつの方がずっといい。

 そう、思っていた。


 ■


「私は手を出していいと言った覚えはないんだがな」
「はい。仰る通りです」

 ある程度予想できたことではある。そして本来叱責すべきはジェラルドではないはずだ。

「言いたいことがあるならわたくしにどうぞ」
 諸悪の根源たる我が妹はノックもせずに扉を開け放ったかと思うと、シルヴィオの視線の延長線上、まるでジェラルドを庇うように立ちはだかった。

「お前のことは呼んでいない、ロジータ」

「いいえ。わたくしの夫となる者に用があるのなら、まずわたくしに話を通して頂きませんと」
 両手を腰に当てたかと思うと、尊大に胸を張る。青い瞳は射抜くようにシルヴィオを見た。

「ジェラルドから手を出したわけじゃないわ。わたくしが先に手を出したの」
「ほう」

「だから、お叱りになるのならまずわたくしを」
 まあそんなところだろうなとは思っていた。妹は気性の激しい跳ねっ返りであるが、ジェラルドはそこまでばかではない。

 けれど、ジェラルドは決して背が低いとは言えないシルヴィオよりも更に上背がある。どんな風にロジータが迫ったかは知らないが、その気があれば・・・・・・・拒むことなど何とでもできただろう。

 その気さえ、あれば。
 つまりはそういうことである。

「別にいいじゃない。婚約したんだし。それに、ジェラルドでだめならもう嫁の貰い手はないのでしょう?」
「そういうことを言っているんじゃない」

 こうと決めたら譲らない上に誰に似たのか知らないが口だけは達者である。ゆえに、シルヴィオは気苦労が絶えない。将来禿げたらどうしてくれる。全部お前のせいだと言いたい。

「いえ、やはりでも俺が一番悪いので」
 立ち上がったジェラルドがロジータの肩に手を置いた。

「あなたは黙っていなさい」
「ですが、ロジータ」

「なによ、わたくしがいいと言ったからいいのよ。何か文句があるの?」
 はらりと金髪を揺らしてロジータは振り返る。

「あ、えっと」

 鋭さを携えた青の瞳がジェラルドを睨みつける。途端に雲行きが不穏なものになった。

 どうしてそうなる。まったく人の気も知らないでいい気なものだ。狼狽えた長身は目を白黒させている。

「それともなに? ジェラルドはわたくしの言うことよりお兄様の言うことを聞くの?」

 またロジータがジェラルドに食って掛かかっている。

「そんなことはないです。俺があなたの言葉より優先するものなんてこの世にありません」

 何年経ってもこれだけは変わらない。欲を言えばもう少し落ち着いて欲しかったが。

「あー……うるさい。もう二人で勝手にしろ。喧嘩なら他所でやれ。私は忙しいんだ」

 犬も食わない的な様相を呈してきたから、ここから先はシルヴィオの領分ではない。
 そして立場上呼び出したが、元より本気で罰するつもりはなかった。

「それでは、お兄様。お言葉通り勝手にさせて頂きます。行くわよ、ジェラルド」

 勝ち誇るようににこりと微笑んだかと思うと、ロジータはジェラルドの手を取ってすたすたと歩き出した。

「ちょっと、ロジータ! 殿下、申し訳ございません」

 何とか一礼して慌ててついていくジェラルドだが、それでも繋いだその手を彼は離しはしなかった。

 そうだ、それでいい。

 ――頼まれたことはこれでよかったでしょうか、母上。

 呼びかけても返事があるわけもない。けれど、記憶の中の思い出に霞む母がふわりと微笑んだ気がした。
 本当の意味ではまだ分からないけれど、一つ肩の荷が下りた気分だ。

 どうか末永く、友と妹が幸せでありますように。

 損な役回りを引き受けたのだからこれぐらい願うことは許されるだろうと、騒々しい後ろ姿を見送りながらシルヴィオは思った。
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