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5.花嫁の本番
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そうして、フランツィスカはレオンハルトと結婚式を挙げた。
二回目は、礼拝堂での誓いのキスだった。
こちらが心配になるくらい神妙な顔をして、壊れ物に触れるがごとく丁重に。そっと彼はフランツィスカに口づけた。
こちらは比較的、想像していたものに近かった。
そしてこれも存外、悪いものではなかった。
出席した王は、リーネルト家とアメルハウザー家の面々が一堂に会するのを自分の手柄のように満足気に眺めていた。なんだか腹の立つ顔だなと思ったけれど、フランツィスカは口に出すことはしなかった。夫となった男が今日も今日とて嬉しそうに尻尾を振るので、それを見ていたら怒る気も失せてしまった。
だがこれで終わりではない。むしろここからが花嫁にとっては本番であると言える。
最初から様子がおかしいなと思った。
互いに入浴を済ませて寝室に行くと、レオンハルトはあろうことか寝台の前で正座をしていた。緊張しているのだろう。全身が強張ってガッチガチだった。
「どうしてそんなところにいるんだい?」
「あ、いえ。その……」
これではまるで何か悪いことでもしているようだ。
「レオンハルト」
「はいっ!」
呼びかけると、上官に対するがごとくレオンハルトは勢いよく返事をした。
「君は、これから何をするかについて知っているかい?」
「一応、は……」
「そうか。ならよかった」
ろくに恋愛経験がない自分と違って、“王国の獅子”はちゃんと経験があるのだろう。それは安心するような、それでいて心に一つ棘が刺さったような気分だった。おかしなことだ。相手に経験がある方が事は円滑に進むだろうに。
対するフランツィスカも、経験がないからと言ってただ手をこまねていていたわけではなかった。約一名聞いてもいないのに教えてくれる友人もいたし、教本もないわけではない。一通りのことについては調べがついている。
しかしながら。
フランツィスカが一歩近くに寄ると、レオンハルトは一歩下がる。
フランツィスカが二歩近くによると、レオンハルトは二歩下がる。
これでは永遠に触れ合うことなどできないだろう。
「……私が近くに居るのは嫌かい?」
溜息を吐いてからフランツィスカは言った。まあ喜んで欲しいとは言わないが、露骨に避けられたくはない。
「そんなことないですっ!」
レオンハルトはぶんぶんと勢いよく首を横に振る。うっかり首が取れたりしないかと心配になった。
「君は、私たちがなんの為に結婚するのか、分かっているだろう」
王命で結婚するのだから、その初夜をもって婚姻が成ったとするのが妥当だろう。もっと言えば、両家の血を引く子が欲しい。
つまりは今夜、必ず抱いてもらわなければならない。
「君のご両親も、私の親も、陛下も、それを期待している。私たちはその期待に応えなければならない」
もっと言えばこのやたらとフリフリした夜着を選んだアメルハウザー家の侍女達も、それを待っている。色んな人たちを落胆させたくはなかった。
茶色の頭が小さく頷く。
「それなら、」
さっさとこちらに、と言おうと思ったところで抱き上げられた。軽々、といった感じだった。実際、訓練を積んだ騎士の腕では、小柄なフランツィスカ一人抱き上げることなんて造作もないことなのかもしれない。
ゆっくりと寝台に横たえられて、見つめ合う。頭の横に突かれた手はぷるぷると震えていた。
見上げる瞳は、子犬のようないつもの色とは違う。もっとギラギラした別の何か。
「フラン、ツィスカさん」
こんな時まできちんと“さん”付けするのだなと思っていたら、唇を奪われた。いつの間にか入り込んできた肉厚の舌が、歯列をなぞる。頭の後ろに回った手は、離れることを許さない。
呼吸の全てを奪われるような、深い口づけ。正しい淑女がおそらく夫以外と交わすことのないもの。どうしてだか、頭の奥がじんわりと痺れたようになっていく。
「っはあ……」
そのままレオンハルトは夜着に手を伸ばした。脱がされるために着飾る必要があるのだと、フランツィスカは今日初めて知った。
震える手が、しゅるしゅるとリボンを解いていく。
「やわらかいですね」
素直に小さいと言えばいいのに。やわやわと胸を揉みしだいてから、大きな手は立ち上がり始めた頂きに触れた。剣だこのある硬い手が、熟れた赤い実のようなそれを摘まむ。
「ひゃあっ」
自分のものとは思いたくないような声が、喉から漏れた。紛れもない、女の声だった。
二回目は、礼拝堂での誓いのキスだった。
こちらが心配になるくらい神妙な顔をして、壊れ物に触れるがごとく丁重に。そっと彼はフランツィスカに口づけた。
こちらは比較的、想像していたものに近かった。
そしてこれも存外、悪いものではなかった。
出席した王は、リーネルト家とアメルハウザー家の面々が一堂に会するのを自分の手柄のように満足気に眺めていた。なんだか腹の立つ顔だなと思ったけれど、フランツィスカは口に出すことはしなかった。夫となった男が今日も今日とて嬉しそうに尻尾を振るので、それを見ていたら怒る気も失せてしまった。
だがこれで終わりではない。むしろここからが花嫁にとっては本番であると言える。
最初から様子がおかしいなと思った。
互いに入浴を済ませて寝室に行くと、レオンハルトはあろうことか寝台の前で正座をしていた。緊張しているのだろう。全身が強張ってガッチガチだった。
「どうしてそんなところにいるんだい?」
「あ、いえ。その……」
これではまるで何か悪いことでもしているようだ。
「レオンハルト」
「はいっ!」
呼びかけると、上官に対するがごとくレオンハルトは勢いよく返事をした。
「君は、これから何をするかについて知っているかい?」
「一応、は……」
「そうか。ならよかった」
ろくに恋愛経験がない自分と違って、“王国の獅子”はちゃんと経験があるのだろう。それは安心するような、それでいて心に一つ棘が刺さったような気分だった。おかしなことだ。相手に経験がある方が事は円滑に進むだろうに。
対するフランツィスカも、経験がないからと言ってただ手をこまねていていたわけではなかった。約一名聞いてもいないのに教えてくれる友人もいたし、教本もないわけではない。一通りのことについては調べがついている。
しかしながら。
フランツィスカが一歩近くに寄ると、レオンハルトは一歩下がる。
フランツィスカが二歩近くによると、レオンハルトは二歩下がる。
これでは永遠に触れ合うことなどできないだろう。
「……私が近くに居るのは嫌かい?」
溜息を吐いてからフランツィスカは言った。まあ喜んで欲しいとは言わないが、露骨に避けられたくはない。
「そんなことないですっ!」
レオンハルトはぶんぶんと勢いよく首を横に振る。うっかり首が取れたりしないかと心配になった。
「君は、私たちがなんの為に結婚するのか、分かっているだろう」
王命で結婚するのだから、その初夜をもって婚姻が成ったとするのが妥当だろう。もっと言えば、両家の血を引く子が欲しい。
つまりは今夜、必ず抱いてもらわなければならない。
「君のご両親も、私の親も、陛下も、それを期待している。私たちはその期待に応えなければならない」
もっと言えばこのやたらとフリフリした夜着を選んだアメルハウザー家の侍女達も、それを待っている。色んな人たちを落胆させたくはなかった。
茶色の頭が小さく頷く。
「それなら、」
さっさとこちらに、と言おうと思ったところで抱き上げられた。軽々、といった感じだった。実際、訓練を積んだ騎士の腕では、小柄なフランツィスカ一人抱き上げることなんて造作もないことなのかもしれない。
ゆっくりと寝台に横たえられて、見つめ合う。頭の横に突かれた手はぷるぷると震えていた。
見上げる瞳は、子犬のようないつもの色とは違う。もっとギラギラした別の何か。
「フラン、ツィスカさん」
こんな時まできちんと“さん”付けするのだなと思っていたら、唇を奪われた。いつの間にか入り込んできた肉厚の舌が、歯列をなぞる。頭の後ろに回った手は、離れることを許さない。
呼吸の全てを奪われるような、深い口づけ。正しい淑女がおそらく夫以外と交わすことのないもの。どうしてだか、頭の奥がじんわりと痺れたようになっていく。
「っはあ……」
そのままレオンハルトは夜着に手を伸ばした。脱がされるために着飾る必要があるのだと、フランツィスカは今日初めて知った。
震える手が、しゅるしゅるとリボンを解いていく。
「やわらかいですね」
素直に小さいと言えばいいのに。やわやわと胸を揉みしだいてから、大きな手は立ち上がり始めた頂きに触れた。剣だこのある硬い手が、熟れた赤い実のようなそれを摘まむ。
「ひゃあっ」
自分のものとは思いたくないような声が、喉から漏れた。紛れもない、女の声だった。
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