死神と吸血鬼

mgkc69

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邂逅

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「最後まで付き合わせてしまい申し訳なかったです」

 元来た道の戻りしな、男がぽつりと呟いた。
辺りは陽がすっかり落ちて空には星が瞬いている。

「いえ、とても貴重な体験をさせていただきました。ヒトはやはり面白いですね」

「それは何より」

「貴方は大丈夫ですか?」

「何がでしょう?」

「先程からふらふらとしています」

「ああ、実は酷い近眼でして。面を被っていると眼鏡が掛けられないのでまともに前が見えなくて」

「その面は死神さんは皆つけてなければならないものなのですが?」

「そう言うわけではありません。死神の規定のようなもので魂を刈る時は笑っていなければならないんですよ。ほとんど形骸化した決まりですがね、」

「聞いたことがあります。対象が安らかにいけるようにでしたっけ」

「そうです。私、表情筋が固いようであまり笑うのが得意ではなくて」

「なるほど。でしたらもう外して良いのでは?」

「そういえばそうですね、」

 そう言うと音もなく動作もなくその顔から面が消え、代わりに薄縁の眼鏡が掛けられている。

今日何度もみたがまるで原理がわからなかった。

 気になりよくよく顔を近づければその頬から光るものが落ちる。

はた、はた、と続け様に流れるそれが何か思い当たるとつい大声をあげてしまった。

「死神さん!どうしたんですか!?」

「どう、…ああ、またですか」

 泣いている。まだ知り合ったばかりではあるがおよそその男に似つかわしくないそれにおろおろと狼狽えるが、男は涙を流しながらも全くの平素だった。

「気にしないで下さい。生理現象みたいなものなので」

「ですが、」

「まだ死神に成り立てなのでおそらく前世の記憶が残っているのでしょう。きっと以前は涙もろく笑わないヒトだったんです」

「…本当にあるんですね、記憶の持ち越し」

「私の場合は記憶というより感覚の持ち越しという感じです。だいたいのモノがこの世に発現した時点で深層に仕舞い込んでしまうらしいですが、厄介なものです」

「…それはなぜなんでしょう」

「何故って、今生は今生であって前世の続きではないからでしょう。だったら要らないじゃないですかそんなもの。そのうち忘れるのも必要ないものだからなのでは?」

「しかし魂が転生してるのなら続きといえるのではないですか?」

「魂とは精神と肉体が陰陽となって成り立つ核です。肉体が別のものに据えられればそれはもはや同じものではないですよ。似て非なるモノです」

「いえ、ちょっと待って下さい。死後の魂は肉体がないのにそもそも魂と呼んでいいのでしょうか、陰陽は成り立たないですよね」

「ああ、なるほど。認識の違いですね。便宜上肉体が生きている間も魂と呼んでいるだけでそもそも魂とは本来肉体から核が離れた状態のモノのことをいうんです。魂魄はご存知ですか?陰陽の事ですが魂が陰で精神を、魄が陽で肉体を意味します。ヒトは肉体が死んだ時点でヒトではなくなり肉体は精神に統合され魂、つまりたましいに成るんですよ」

「…おお、すごい!すごいです死神さん!とてもしっくりきました。これがアハ体験というやつですね?すごい!!」

「…最高のリアクションをありがとうございます」

「その統合された魂が再生のサイクルで洗浄を受け新たな肉体を得て転生するとその肉体と陰陽になるわけですね。似て非なるモノだ!」

「前世の続きと考えた方が浪漫はありますけどね。個人的な解釈なんですが前世の記憶は遺伝子のようなもので今生のヒトやモノを構成するものではあるけれど遺伝子なんてモノはそれらが意識する線上のものではないでしょう。それ故在るけれど無い状態になると」

「なるほどなるほど、では貴方の前世はとても優しいヒトだったのですね」

「…はい?」

「先程泣いてたのはあなたの前世の魂の記憶によるものでしょう?あの老婆と家族の愛情に共感して泣いたのではないですか?」

「それは、…どうなんでしょう。わかりません」

「きっとそうです。…私にはおそらく前世というものがないので貴方のように泣けません。沢山ヒトの物語を読んできたので状況はわかるし、胸も苦しくはなるのですが理解できるだけなんです。だからヒトに共感出来る貴方がとても羨ましい」

「…」

「あ、すいません。なんだか化物みたいな発言になってしまいましたね。いや、じ、実際そういう分類なので間違ってはいないんですが…!」

「…ふふっ、あははっ」

「死神さん?」

「いえ、私の方こそすいません。ふふ、…ちょっと、面白くてっ」

「う、取り乱してしまいお恥ずかしい限りです」

「いえ、そうではないんです。なんだか安心して。…その風体から察するに貴方は吸血鬼ですよね?」

「…はい。おそらくそうです」

「私は吸血鬼はもっと冷酷残忍で自分本意な存在だと思っていました。けど貴方はとてもそうはみえない。…実は少し警戒していたんです」

「警戒ですか?」

「此方側のモノは邪悪な存在こそ狡猾です。貴方はなんというかちゃんとしすぎていましたから」

「…つまり貴方の獲物を横取りしようとしてたと?」

「ええ。とんでもない杞憂でしたが」

 ひとしきり肩を震わせてから小さく微笑む。先程の涙もそうだったがこの淡々とした礼儀正しい男からは想像できなかった柔らかい表情につられて笑ってしまった。

「ふふ、誤解が解けたようで何よりです」

「すいませんでした」

「お互い様です。私も死神とはもっと粗野で幽かなモノだと思っていたので。意外と表情豊かなんですね」

「その評価は初めて頂きました」

 お互いに顔を見合わせてまた笑う。気付けば始めに出会った鳥居の前に辿りついてしまっていた。昼間の蝉の鳴き声と代わり蛙の声が響き渡り、古びた街灯が時折ちかちかと明滅している。

男と出会ってからさほど経っていないのに随分と長く共に過ごしたような感覚がふと落ちて、小さな焦りが胸にわいた。

男をみれば先程と打って変わり静かで平素な顔をしている。その切り替えの早さに少し肩を落とし次の言葉を探してみるがなかなか出てこなかった。

僅かな沈黙を破ったのは男の方だった。

「さて、私はそろそろお暇します。今日はありがとうございました」

 初めてその声を聞いた時と変わらない落ち着いた聞き心地の良い音。この男らしいと思う反面焦りは確かな寂しさに変わっているのを自覚する。


名残惜しい。


時間を忘れて読んだ物語の終盤に陥る感覚。

読み終わるのが嫌で途中本を閉じてしまったことが何度もあるが、それと同じ感覚だ。

けれど本の側はそんなこと知ったことではない。
それが寂しい。

「とんでもないです。あの時貴方に声をかけて本当に良かった。こんなに楽しい日は久しぶりでした」

 努めて平静を装い出た声は自分でも間抜けな調子だった。

「こちらこそ。我々の挨拶には相応しくないかもしれませんがどうかお元気で」

 男は茶化すでもなく真面目な顔で目を細めると踵を返し闇の中に溶けるよう歩き始めた。






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