悪の女幹部に魅了されてしまった少年勇者の話

古沢やゆ

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第四話「別れ」②

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 ——ウェンデル・宿屋。

 レキは目を覚ました。
 ここは一体どこだろう……?
 視界がまだぼやけていて、自分がどこにいるのかすぐにはわからない。

 それに頭もぼーっとしている。
 はっきりしない頭で少し考えていると、突然、倒れる寸前の記憶と光景が鮮明に蘇ってきた。

「そうだ……!! フォンは!?」

 レキは慌てて起き上がり、キョロキョロと辺りを見回した。
 しかし、すでにここは未開の地ではなく、家屋の一室であることに気づく。
 この部屋の眺めには見覚えがある。ここはレキ達が泊まっているウェンデルの宿屋だ。
 レキはいつの間にか宿屋に帰ってきて、ベッドに寝かされていたようである。


「フォン……?」

 あれから一体どうなったのだろう。ドラゴンを倒したところまではなんとか覚えているが、そこからの記憶が全くない。フォンは無事だろうか? それに自分はどうやってここまで帰ってきたんだろう……。

 その時、部屋のドアが静かに開けられた。しかし、入ってきた人物はレキが起きているのに気づくと大声で駆け寄ってきた。

「あ~! よかった、気がついたのねレキ! 一時はどうなることかと思ったわよ~」

 リオーネが心底安心したような顔で笑っている。

「リオーネ! フォンは? フォンはどこ!?」

 リオーネを見るなり、レキが必死になって聞く。
 リオーネはその言葉に一瞬きょとんとしたが、「あ~フォンなら……」と言いかけたところにまた別の人物が部屋に入ってきた。

「私をお探しかい? レキ」

 そこには穏やかに笑いながら立っているフォンの姿があった。

「よかった……無事だったんだねフォン」

 レキがほっとして言う。

「もちろんだ。無事じゃないのはキミのほうだったよ」

 フォンが近寄ってきた。

「あれから急いでキミを姫のところまで運んで、癒しの魔法をかけてもらったんだ。かなり呪いが回っていたから本当に危険な状態だったんだぞ」

「そうよレキ。あなた丸二日間も眠ってたんだから」

 右腕を見ると傷はもう消えていた。他にも全身にたくさんの切り傷があったが全て癒えている。

「そっか……。ありがとうリオーネ、フォン」

 そう言うとレキはにっこりと笑った。いつものあの幼い笑顔だ。

「お礼を言うのはこちらのほうだよレキ。キミが残っていなければ、確実に私はあのモンスター達にやられていたことだろう。本当に礼を言う」

 フォンは真剣な顔でお礼を言ったが、そのあとでちょっと怒った調子になった。

「……しかし、それにしてもキミはちょっと無茶をしすぎだぞ! 心配するこっちの身にもなってくれ」

「そうよ~。フォンったらレキのこと、すっごく心配してたんだから! レキを抱えてきた時なんて、もう真っ青でね~」

「……真っ青になっていたのは、姫も同じでしょう」

 笑いながらフォンをからかうリオーネに、フォンがぴしゃりと突っ込んだ。

「ほんとに心配かけてごめん。……ところでゼット達は?」

 レキは気になっていたもう一つのことを聞いた。


「あぁ~、ゼット達なら下にいるわよ。ゼットの傷は処置が早かったからそれほど酷くならなかったし、もうピンピンしてるわよ」

 リオーネが言うと、ちょうどタイミング良くゼット達が部屋に入ってきた。


「お~レキぃ~!! 気がついたかぁ! よかったよかった!」

「心配したんだぜ!!」

「もう大丈夫なのか?」

 カイルとクライヴも口々にレキに話しかける。

「うん! もう大丈夫だよ。ゼット達も無事でよかった」

「いや~、それにしても散々な冒険だったぜぃ。結局お宝は何もなかったし、骨折り損もいいとこだぜ。また別のお宝を探しに行かなきゃなぁ~」

 ゼットがやれやれとため息をつきながら言ったが、彼はすでに次の冒険へと頭を切り替えているようだった。


「あんた達……こりないわね」

 その言葉に、リオーネが呆れて言った。

「当たり前よ! オレ達はトレジャーハンターだからな! すっげえお宝を手に入れるまでは絶対にあきらめないぜ!」

 クライヴもそう言って、わっはっはと豪快に笑った。
 今回これだけひどい目にあったというのに、あきれるほど前向きな思考である。

 しかしその清々しいくらいの笑いに一人、また一人と自然に笑顔になってしまい、いつの間にか部屋には六人全員の笑い声が響いていた。

 それは一つの冒険を終え、困難を共に乗りこえた者同士がお互いを認め合った瞬間だったのかもしれない。

 今回の冒険で財宝を手に入れることはできなかったが、彼らの笑顔はもっと別のすばらしい何かを得たようにもみえた。



「レキ、もう傷は癒えてるけど、念のため今日一日は安静にしててね」

 ゼット達が部屋から出て行ったあとでリオーネが言った。
 いくら傷が塞がっているとはいえ失った血も多く、呪いによる体の疲弊も相当なものだった。それらを全てを魔法で癒やし切ることはできないため、しっかりとした休養もやはり大事なのだ。

「うん、わかったよ」

 レキはにこっと微笑むとリオーネの言葉に素直に従い、それからまたすぐに眠りについた。


「……無邪気ね~。モンスターと戦ってた時と比べると、とても同じ人物だとは思えないわ」

 レキの寝顔を見ながらリオーネがクスクスと笑った。モンスターと対峙していた時のレキはかなり鋭い表情を見せていたが、今眠っている顔はただただあどけないだけだ。

「そうですね」

 そんな様子を見ながらフォンも小さく笑う。

「……ねぇフォン、この部屋に泊まることになって本当によかったわよね」

 リオーネはふと思ったことを呟いてみた。

「そうですね」

 フォンがまた頷く。

「……フォンったら最初はレキのこと、あんまり信用してなかったのに」

 素直に頷くフォンに、リオーネは可笑しそうに笑いながらからかった。

「そ、それはそうですが……、今はもう彼に疑う余地はありません」


 リオーネの言葉にちょっと焦った様子のフォンだったが、それでもすぐに気を取り直すと自信をもって当然のごとく言い切った。


 * * * *


 ——翌朝、フォンが起きると珍しくレキはもう起きていた。

「あ、おはよフォン!」

 朝からとびきりの笑顔でレキが笑いかける。

「おはようレキ。今日は早いな。もう体はいいのか?」

「うん、昨日一日寝たからもうすっごく元気だよ! その分、早く目が覚めちゃったけどね」

 言いながらレキは荷物をまとめていた。

「レキ、どこか出掛けるのか?」

 フォンが何気なく聞く。

「……うん、今日ウェンデルを出発しようかなと思って」

「今日!? 随分と急じゃないか!」

 フォンが驚いて出した声にリオーネも起きたようだった。

「……え? 今日がどうしたの??」

 リオーネが目をこすりながら眠そうに尋ねる。

「もう一週間もこの街に留まっちゃったからね。そろそろ行かないと」

 レキの準備はもうほとんどできていた。その様子にようやく気付いたリオーネは一瞬で睡魔がふっ飛び、慌てて引き止める。

「ちょっとちょっと! 待ってよ! 今から旅立つの!? それに、もしかして一人で行くつもり?」

「え、うん……」

 レキがちょっと困ったように頷いた。

「あのね、きのうレキが寝てる間にフォンと話してたんだけどさ。もしレキさえ良ければ、これから私達と一緒に旅をしない? ここで会ったのも何かの縁だしさ!」

 リオーネが続ける。

「私達はフォースを見つけて守護することを目的に、ここまで旅してきたの。まだ見つかっていないからこれからも世界中を旅することになるわ。レキも何か目的があるのかもしれないけど、一緒にできることなら協力するしね!」

 その瞬間、レキはちらりとリオーネを見たが、なにかを迷っているような様子だった。

「キミは強いし、信頼のおける男だ。一緒に来てくれるととても助かる。出会ったばかりではあるが、キミのことはもう仲間だと思っているよ。……レキ、一緒に来てくれないか?」

 フォンもレキを誘った。
 その言葉にレキはさらに迷っているように見えたが、やがて小さく呟いた。


「リオーネ、フォン……ごめん」

 レキは心から申し訳なさそうに、だがきっぱりとその誘いを断った。



 二人はまだレキを誘いたい気持ちでいっぱいだったが、こうもはっきりと断られてしまった以上あまり無理強いはできなかった。
 一緒に行きたかったがレキの事情もあるだろう。本心では引き止めたかったが、二人は黙って見送る以外に道はなかった。

 ここで別れたら多分もう会うことはないだろう。
 この広い世界でお互いに旅をしている者同士が再び偶然出会う確率など、ほぼないに等しいのだ。
 たった数日間だけの付き合いになってしまったが、レキとの別れはとてもつらく感じた。


「……そろそろ行くよ。リオーネ、フォン元気でね。二人に会えてよかったよ」

「レキも……元気でね」

 準備を終えたレキを見送るため、リオーネとフォンの二人も宿屋の外に出た。そこで最後の別れをかわす。

 リオーネは涙ぐみ、その横でフォンはただ黙っていた。

「……じゃあ、さようなら」

 レキは最後にそれだけ告げるとまもなく出発した。
 歩き出したレキに向かって、後ろからリオーネが「元気でね」とか「気をつけて」という言葉を叫び続ける。

 そのリオーネの声が徐々に遠くなり、レキに届かなくなる寸前、突然フォンが大声で叫んだ。

「レキ!!!」

 その声にびっくりして、レキは立ち止まった。遠くからフォンが問いかける。


「キミは一体何のために旅を続けるんだ?」


 レキはしばらくそのまま立ちつくしていたが、やがて振り向き、その質問には答えずにただニコッと微笑むと、また前を向き再び歩き出した。



「……ほんとに行っちゃったわ」

 リオーネが放心したように言う。

「……そうですね」

 二人はそれからしばらく、黙ってその場に立ち尽くしていた。


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