悪の女幹部に魅了されてしまった少年勇者の話

古沢やゆ

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第二十三話「勇者と魔族の密会」②

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 ——翌朝。
 船はかなり朝早くに出港するため、起きる時間はまだ夜中に近い朝方だった。
 ハッと意識を覚醒したフォンは、既に自分以外の全員が起きていることに気づいた。

「フォンおはよ~。よく寝てたみたいね。珍しい~」

 リオーネが既に支度も終わった状態で、目を覚ます瞬間のフォンを観察していた。……なんだかとても居心地の悪さを感じたフォンはコホンと一つ咳払いをして体を起こした。

「無駄に夜更かしなんかしてるからだぞ~フォン。結局熟睡してたら意味ねーなー」

 クローレンが勝ち誇ったかのようにワハハと笑う。その様子に一瞬ピキッときたが、ふとレキと目が合った。

「おはよ、フォン」

 にこにこと笑顔を向けるレキはフォンと分かり合えたと信じ切っているような満面の笑みだった。フォンが緊張を解いて寝たことが本当に嬉しいらしい。フォンはなんだかさらに居心地の悪いような気持ちになる。

「……レキはあれからちゃんと寝たんですか?」

 誤魔化すように聞いた。

「うん……寝たよ」

 一瞬間があったような気がしたが、レキはにこっと頷いた。

 そして全員素早く身支度を完了し、一行は船に乗り込んだ。目指すは北東、アルキタ大陸にあるラ・パルクだ。



—————


「へぇ……アルキタに向かうの……? 奇遇ねグランドフォース」

 漆黒のドレスを身に纏った女が微笑みながら近付いてくる。今日もその女は美しく、姿を見るだけでとても幸せな気分になった。

「私も今アルキタにいるの。あなたも向かって来てるなら、一度そこで落ち合いましょうか……?」

 うふふふふ……と女は妖しい笑みをこぼす。
 一度落ち合う——もうすぐ会えるんだということを理解した瞬間、そのことがとても待ち遠しく嬉しくて、高揚するような気持ちになった。

「ね、グランドフォース。あなたは私のモノなのよ? それをよくよく理解して……会いにきてね」

 漆黒の女——プレゼナはにっこりと微笑むと、素直に頷くグランドフォースを抱き寄せ、そして……口付けを交わした。


—————



 丸一日の航行時間をかけ、船内で一泊した翌朝にようやく船はアルキタ大陸へと着いた。
 一行は船を降り、アルキタ大陸の港町「ラカ」に降りたった。
 ラカはかなり大きな町だった。この町からはさらにアルキタの西隣の大陸・ロトス行きの船も出ており、近隣大陸との貿易が盛んな港町のようだった。
 そのためラカは珍しい物で溢れた市場や露店がそこかしこに有り、多くの旅人達で賑わっていた。


「さて、これからどうしましょうか。まだ朝だし、すぐにラ・パルクがある方角へと向かうのかしら?」

 リオーネが他の三人を見回しながら聞いた。

「こっからラ・パルクまではかなり遠いぞ。まだいくつかの町を経由する必要があるし何日もかかる。しかもこの大陸はちと寒いから、この町でしっかり準備しといたほうがいいかもな~」

 アルキタ出身のクローレンが経験を元にアドバイスをする。その意見を聞いてフォンも頷いた。

「確かに、この町で少し物資補給や装備を整えたほうがいいかもしれない。北東に向かうと決まってはいても、一応フォースの情報収集もしておきたいところだし……」

 フォンの反応にクローレンは目を丸くした。

「えっ、どうした? 素直にオレの話に頷くの、珍しくね?」

 そう言うとクローレンはすぐにニヤニヤした顔になり面白そうにフォンを見る。
 その視線を感じ取ったフォンはフンッと顔を背けた。

「たまたまだ。仮にもお前はこの大陸の出身のようだからな。少し参考にしただけだ。……レキ、どうしますか?」

 フォンはレキに話を振ってみる。そういえば今日船内で目覚めてから、レキの口数が少ないようにふと思った。

「そうだね……今日はこの町に滞在して、一日物資の補給や情報収集に務めようか」

 レキはそれだけ言うとそれ以上は話さなかった。ぼんやりと町並みを眺めながら歩く。
 フォンはその様子が少し気になった。

「レキ……? 大丈夫ですか? なんだかぼんやりとしているようですが……。そういえば、船ではちゃんと眠れましたか?」

 前日にもレキは夜中に飛び起きていたので、フォンは気になった。
 レキは一瞬ピクリとしたが、すぐに頷いた。

「うん……大丈夫。ちゃんと眠れたよ」

 レキはフラフラと歩く。
 フォンにはそう言ったが、実際には船でもほとんど眠れなかった。
 これで四夜連続となるプレゼナの夢を見てしまっていた。こう毎日夢に見てしまうと、いよいよ眠ること自体が怖くなってきた。

 夢の中で彼女は何と言っていただろうか……? なんだかアルキタがどうとか言っていたような
……?
 プレゼナが言っていた内容は、いつも起きると忘れてしまう。ただ、なんとなく今日はもの凄く嫌な胸騒ぎがするような気がした。


「……キ、おいレキ! 聞いてるか?」

 ふいにクローレンに肩を揺すられ、レキはハッとした。どうやら話しかけられていたようだが考えに耽っており気づかなかった。

「ごめんクローレン、えっと……なんだっけ?」

 えへ、と笑って取り繕う。しかしクローレンは不審そうな顔をした。

「だから、また別々に分かれて準備したり情報収集しようぜって話になったんだ。お前もそれでいいか?」

 キャンディールの時のように日中はまた分かれて行動することに決まったようだ。レキはこくんと頷く。

「うん、いいよ。そうしよう」

「レキ~、今日も一緒に行こうよ」

 リオーネがトタタと嬉しそうに駆け寄って来たが、レキは何だかそんな気分になれなかった。

「……ごめんリオーネ。今日は一人でやりたいこともあるから、いつもみたいにフォンと周ってくれないかな? ……また次一緒に行こ」

 リオーネはかなり残念がったもののなんとか納得してくれた。次は絶対よー!と言いながらフォンに連れていかれる。

「じゃ、オレも行くかな」

 歩き出そうとしながらクローレンはレキをチラリと見る。

「オレと一緒に行くか? レキ」

 クローレンもレキの様子が気になっていた。特に今日は朝からいつもと大分様子が違う。上の空だし話を聞いていないしリオーネのことを断るのも珍しいと思った。

「ううん……ちょっと一人になりたい」

 レキはクローレンのことも断るとそのまま歩き始めた。
 そのレキの腕をクローレンがガシッと掴む。

「おいレキ! しばらく一人になりたいってんならそれでいーけどよー。でも、後で合流しようぜ。そん時までに頭ん中整理して、気がかりなことは全部オレに話せ。お前かなり変だから」

 そして無理矢理に近い約束を取りつけると掴んでいた腕を離し、クローレンは去っていった。

「…………」

 レキは一人、ゆっくりと歩き出した。
 特に一人でやらなければいけない用事はないのだが、クローレンにも言ったように今は一人になりたい気分だった。
 夢は所詮夢なのかもしれないし、何度も続くといっても特に意味はないのかもしれない。
 しかし一方で、何か不気味なものも感じられるような気がした。
 レキが唯一隙を晒してしまった者が相手だからというのもあるかもしれない。やはり都合良く無意識のうちに倒せていたわけではないのではないか。何か呪いのようなものでも受けているのではないだろうか。
 だが、夢を見ると話したところでクローレンにもどうすることもできないだろう。
 ただ気にするなとしかアドバイスされないと思う。あんな夢を見るのは正直嫌だし気にしないのはレキにとっては無理だが……。

 しかし、それでもやはりクローレンには話しておくほうがいいのだろうか?
 レキの異変にいつもいち早く気づいて解決してくれるクローレンだ。一応彼には話すだけでも話しておいた方がいいかもしれない。たとえそれが気にするなという回答のみだったとしても。
 そんな夢見るのかよ~ヤバイな~!と笑い飛ばされるかもしれないし、それはそれで気持ちが軽くなりそうだ。

「クローレン……」

 レキはすぐにクローレンを探した。
 しかしレキがこの思考に至るまでには思ったより時間が経っていたようだ。近くを探したがクローレンの姿は既になく、このかなり人通りの多い町で、一人の人物を探し出すのは骨が折れそうだった。

「あとで合流することになってるし、その時でいいか……」

 さっきクローレンが無理矢理取り付けてくれた約束が今では有り難かった。クローレンは本当にレキのことをよく分かってくれている。
 全員に相談するよりはまずクローレンだけに話を聞いてもらいたい、とレキも思ったので相談するのはこの後クローレンに会った時すぐにしようと決めた。

「それまでは、オレも自分の用事を済ませておこうかな……」

 レキはこの大陸での旅に備えて、装備を整えたりキャンディールでできなかった物資補給をすることにした。ついでに寄った先でフォースの情報がないかも聞いておこう。
 少しだけ気持ちが楽になったレキは、ちゃんと目的意識をもってラカの町通りを歩き始めた。


 * * * *


 一通り買い物を済ませ、必要そうな物をレキは大体揃え終えた。あわせて立ち寄った店でフォースについても尋ねてみたが、これといってめぼしい情報はなかった。やはりもう少しラ・パルクに近づかないと明確な情報は得られないのかもしれない。
 ただ、ラ・パルク出身のクローレンでさえ本のことは全く知らなかったくらいなので、目的地に近づいたからといって聞き込みで得られる情報は限られているだろう。

 時間を確認すると、あと少しでクローレンと落ち合う約束をした頃合いだった。
 町の中央に「旅人達の黄昏」という店があるからそこに来いと言われているのだった。レキはその店を目指して町の中心へと歩き出す。

 そこでふと、郊外へと続く町の出入り口に目がいった。そこはラカの町の北側街道へと続く出入り口だった。この町で準備を整え次第、おそらく明日以降にこの出口から北東へと進んでいくはずだ。
 レキはその場所を見て、なんとなく既視感を覚える。

「なんかここ、知ってるような……」

 この大陸には来たことがないはずだが、気になったレキはもう少し近づいて確認してみることにした。どうせ近々通るところだし、進む先がどんなところか一目確認しようと思ったのだ。

 ラカの町の出入り口を越え、郊外の街道へ一歩踏み出す。その瞬間、レキは突然ゾッとするようなデジャヴを感じた。

「この場所は……」

 知っている。確実に見たことがあった。
 ここは何度か夢に見たあの漆黒のドレスを身に纏う“艶美の死姫”プレゼナ——彼女と密会を繰り返す正にその場所だった。

「…………」

 ゾワッとするような物凄く嫌な感覚を覚えながらも、レキははっきりさせたかった。ここ数日間自分を悩ませるあの変な夢。あれがただの無意味な夢だとわかればとても安心するだろう。
 だから確かめたくなった。……まさかいるはずがない、こんなところに。あの艶美の死姫プレゼナが……。
 レキはそっと街道を進みだした。
 夢で見たあの同じ場所に彼女の影も形もなければ……それを確認できればそれだけでよかった。

 夢と同じように少しだけ街道を進む。そしてまばらに茂る木々、その内のある一つの場所に視線を向けた。

「…………」

 夢でプレゼナが佇んでいた場所。
 ドクンドクンと心臓が早鐘をうつのを感じながらその場所を確認したが、彼女の姿はなかった。
 レキはホッと心の底から安堵した。

 少しだけ余裕が出てきたため、もう少しその場所に近づいてみる。やはり近づいても女の姿はなく、木々の裏の影も確認したが誰もいなかった。

「なんだ……。やっぱりただの夢じゃないか」

 レキがもう一度ホッと胸を撫で下ろし、さぁ帰ろうとくるりと向きを変えた瞬間、レキの目の前にはさっきまでいなかったはずの黒衣の女が超至近距離に立っていた。

「!!!」

 レキは驚愕し、その場から飛び退いて女と距離をとる。
 そして改めて確認したその女は、正に今レキがいないことを願って探していたプレゼナだった。

「ウフフフ……来てくれたのねグランドフォース。私の呼びかけに応えてくれて嬉しいわ」

 プレゼナが鈴のような声でコロコロと笑う。
 レキはこの状況が信じられず、呆然としながらも素早く剣を抜いた。

「ど……どういうことだ? やっぱりあの夢はお前が何かしてたのか? ダンデリオンではなんでオレを殺さなかったんだ……!?」

 レキはプレゼナ本人の姿を確認し、ダンデリオンではやはり彼女を倒せていなかったということをいよいよ確信した。
 ではなぜ今レキは生きているのか。言いようのない恐怖が込み上げてくる。
 さらに、夢の通りにプレゼナがこの場所に現れたことにもレキは動揺を隠し切れず、ゾッとするような嫌な感じが体を支配していくのを感じていた。

「うふふ、そんなに一度に聞かないで。せっかくようやく会えたんだから」

 プレゼナが一歩近づく。レキは無意識に一歩後ろに下がった。

「ダンデリオンでしたキスが“死の口付け”っていうのは嘘よ。それは安心して」

 プレゼナはにっこりと妖艶な笑みを浮かべながら言った。彼女に笑いかけられるとこんな状況にもかかわらず、レキはなんだか少しドキドキするような変な気持ちが湧いてきた。
 それに改めて見ると、女はとても美しい。それはこの世のものとは思えないくらいの美しさで、やや妖しい雰囲気はあるもののそれを踏まえた上でもかなり魅力的な女性だった。
 ダンデリオンで会った時も最初はフォースの花の妖精と間違えてしまうほどだったが、今は相手の正体もわかっているはずなのに、なんだかダンデリオンの時以上にドキドキと好意的な気持ちをもってしまいそうな自分にレキは驚く。

「……そんなにじっと熱い視線を向けられたら照れちゃうわ。グランドフォースは案外、私みたいな女がタイプなのかしら? この前のキスが気に入っちゃった?」

「……な!? そんなわけないだろ」

 プレゼナの楽しそうな物言いをレキは急いで否定した。しかしうっかりと見惚れてしまっていたのは事実だったため、鼓動がバクバクと早くなってくるのを感じていた。
 そんなこと絶対に相手には悟られないようにしなければいけない。
 ただ本当に、目の前の女は異次元の美しさを誇っている。こんなに綺麗で心惹かれる女性をレキは今までに見たことがない。
 なぜこんなに惹かれるのだろうか。……いや本当、綺麗だ。


「じゃあ、今日もキス……しましょうか」

 女は妖艶に微笑みながらいつの間にか数歩前に進み出ており、またもやプレゼナに見惚れていたと思われるレキの目の前にまで迫っていた。

「!? なに言ってるんだ? そんなの、するわけな……」

 レキが否定する言葉を全て言う前に、プレゼナはレキの顔を両手で包み、そして柔らかい唇を重ね合わせてきた。
 無理矢理——というには前回のような力強さは全くなかった。それはただ優しく顔を向けられ、そっとキスされただけのものだったが、なぜかレキは拒絶することが出来なかった。手から剣がカランと音を立てて滑り落ちる。
 なぜ自分がこんなことになっているのかわからない。しかしレキは今間違いなく、敵である魔族の女を受け入れ、口付けを交わし合っていた。

「……!? ???」

 しばらく、辺りは静寂に包まれた。
 時折口と口が離れたりくっついたりする音と漏れ出る吐息が静かに響いたが、それだけだった。

 そうやってしばらくの時間、キスをして過ごしたと思われる。
 唇が完全に離れる頃には、レキはすっかり毒気を抜かれ、その頭は混乱と心地よさでぼうっとしていた。

「オレ……なんで……」

「……うふふ、キスくらいでそんなになっちゃうなんて……可愛い。あなたのこと思ったより気に入っちゃったわ」

 それはレキにとって初体験の未知のキスだった。
 もちろん、前回プレゼナとしたキスがレキの一番最初なのだが、今したような頭が痺れるような深いキスはまだ知らなかった。リオーネとしたキスもこういうのではない。

 初めての経験と、敵と普通にキスしてしまったことの衝撃でぼーっとなって放心しているレキをプレゼナは間近で見つめながら、その端正な顔立ちが葛藤と恍惚に揺れている表情にいたく満足しているようだった。

「……ねぇグランドフォース、光と闇、相反するものって、魅惑的な衝動を感じない?」

「………? それ、前も言ってたね……。どういう意味なの……?」

「うふふふ……」

 ——知りたい?とプレゼナがレキの耳元で甘く囁いた。
 そのゾクゾクするような響きを間近で聞いた瞬間、レキは何も考えることができなくなってきた。

「知りたいのなら、次はあなたからキスして……そうしたらわかるわ……」

「………」

 レキは自分からプレゼナに唇を重ねた。
 そっと触れるだけのキスだったが、すぐに強く絡め取られ、それはまた自然に深い口付けへといざなわれていった。
 どうしてこんなことをしてるんだ……という疑問が熱烈な口付けを交わし合いながら浮かび上がる。
 しかしだからといって離れることはできず、再び先程と同じひたすら甘くて心地よい時間が二人の間を穏やかに流れ始めた。
 しつこいほど何度も繰り返される愛情表現に、徐々にレキの疑問は薄れ、次第にプレゼナとのキスに幸福感を感じ始める。
 お互いを味わい尽くすような濃密なキスに、レキの頭はさらに麻痺していくようだった。




 どれくらいの時間そうしていたのかはわからない。二人は時を忘れるほど長く、重なり合ってキスをしていた。
 しかしふいにプレゼナが唇を離すと、吐息のような声で囁いてきた。

「グランドフォース……、仲間が探してるみたいよ……?」

「…………え……?」

 その言葉にとろんと目を開けてレキは目の前のプレゼナを見る。
 キスに夢中になり過ぎていて気付かなかったが、確かに遠くでクローレンがレキを探す声が聞こえるような気がする。
 辺りは既に日が少し傾きかけ、暗くなり始めていた。

「んふふ、またそんな顔しちゃって……。あなたほんとに隙だらけで可愛いわ。……まだキスし足りなかった?」

 プレゼナはクスクスと上機嫌に吐息のような笑いをこぼすと、とろんとした表情のまま小さく口を開けて無防備に見上げているレキのその口に、再びぬるりと自分の舌を捻り込んだ。

「んむっ……」

 レキは小さく声を上げたがなんの抵抗もなく受け入れ、再び目を閉じた。
 もうすっかりプレゼナとのキスに衝撃を受けることも葛藤することもなくなっているようだ。
 心身ともに完全に夢中になってきているレキの様子に、プレゼナは楽しくて堪らなくなってきていた。随分と楽しいおもちゃになってくれたものだと思う。

 ——うふふ、予定変更……。始末するのはまだまだ先かしらね。当分はこうやって、ただ可愛がるだけ可愛がってあげる……。

 プレゼナはそんなことを思うと、再び夢中になっているレキからそっと優しく舌を引き抜いた。

「……いいわ、今日のところはこのまま仲間の元に帰してあげる……。あなたとっても可愛らしいから、楽しみを一度に味わうのが勿体なくなっちゃったわ」

 プレゼナはレキの超至近距離で妖艶に囁きかける。だがレキはぼんやりし過ぎて現実感がわかなかった。意識がどこかへトリップしてしまうほどにプレゼナとのひと時は心地の良いものだった。

「プレゼナ……? もう終わり……? 帰っちゃうの……?」

「うふふふ、あんなにたくさんキスしたのにまだ足りないの? グランドフォースはこのひと時で、私のことが大好きになったのね」

「……すき……?」

「そうよ。だって私ともっとこうしていたかったんでしょ? キスだって普通好きな相手とするものだし……あなたは私のことが好きになったから夢中でキスしたのよ」

「………」

 そうなのか、とぼんやりした頭でレキは思った。
 プレゼナはさらに続ける。

「そんなに私のことが好きなら……次は誰にも邪魔されないところで、もっと深く繋がり合えることをしましょ……? 体の深いところで繋がる契約はさらに強力だから……引き返せなくなるほどにね」

 レキは相変わらずぼんやりとした頭でプレゼナの言った言葉の意味を考えたがよくわからなかった。
 国を追われ、まだきちんとした教育を全て受け切らないまま生きることに必死だったレキには、プレゼナの言っている意味を理解する引き出しはなかった。

「……? また会えるってこと?」

「……あなたが望むならね。すぐにまた続きをしましょう……約束ね」

「……約束……。うん、わかった」

 レキは素直に頷くと、そこでにこっととても柔らかい親愛の笑みをみせた。
 今までプレゼナには笑いかけたことはなかったので、初めて見せる笑顔だった。

 その反応は今日会ったばかりの時とは別人並に変化していた。
 ダンデリオンでの接触時に“プレゼナに反抗できなくなる呪縛”や“口付けを交わす度にどんどん魅了されていく呪縛”を知らないうちに付与されていたレキは、先程たっぷりと交わしてしまった数え切れない程のキスによって、魅了の段階が一気に進んでしまったのだった。

 その無防備な笑顔と随分と素直な反応に、プレゼナも驚くほどの充足感を感じ、妖しい笑みがこぼれおちていた。
 モンスター全ての脅威であるグランドフォースが自分の前ではもう完全に無害となり、心酔しきっている。その事実に優越感が堪らなかった。

「……ねぇ、私たちのこの関係は二人だけの秘密。……仲間達にも内緒にしてね。……いいわね? 私のグランドフォース」

 プレゼナは最後にもう一度レキに軽くキスをすると、ニコリと美しい笑みを見せ、暗がりに向かって消えていった。

「…………」

 レキはしばらく自分が何をしていたのか認識出来なかった。ゆっくりと頭を回転させ始めながら、先程までに起こった出来事を反芻していく。

 ——たしか……プレゼナに会って、それでまたキス……されて、そのあとオレからもキスしたくなって……。

 そこまで考えたところで、レキはハッと意識が目覚めるような感覚を覚えた。
 同時に自分が先程までとっていた行動に呆然とする。

「オレ……何であんなこと……」

 自分の行動が信じられなかった。しかしプレゼナの美しい顔や口付けの感触を思い返すと、また急に胸がドキドキドキと波打つような落ち着かない気分になり、そのことがさらにレキを驚愕させた。

「え……オレって……ほんとにプレゼナのこと……」

 好き……になっちゃった……。

 そう思考が辿り着いたところでレキはまた呆然とした。なぜなのか全くわからない。わからないが彼女のことを考えると胸が苦しくなるのは事実で、またすぐにでも会いたい、口付けを交わし合いたいという感情に囚われる。


「——おいレキ! 何してんだよこんなとこで! めちゃくちゃ探したぞ!」

 ふいに乱暴に肩をグイッと掴まれレキは我に返った。そこにはクローレンが息を切らし、怒ったような顔をして立っていた。

「ク、クローレン……? オレ……」

「待ってたのに全然来ねーし! なんかあったのかと思って聞き込みしたら子どもが一人で町を出たっていうし……まさかと思って探しに来たらマジでこんなトコにいるし! もしかしてまた置いて行くつもりだったのか!?」

「………ご、ごめん。ほんとに……ごめん。そういうつもりじゃなかった……」

「どうしたんだ一体? 何かあったのか?」

 間違いなく何かはあった。
 さっきまでレキは世界を破滅へといざなう者の直属の臣下と会っていたわけだから、何でもないわけではなかった。なかったが……。

「………なにもない。ごめん、心配かけて。……戻ろう」

 レキはフラフラと立ち上がった。
 そこでふと転がってあった剣に気付き、驚いてそれを拾う。しかし鞘に収めようとしたところでまた何かを思い出したようにぼーっと固まってしまった。そのレキのおかし過ぎる様子にクローレンはただならぬものを感じていた。

「おい……? ほんとにどした? 気分でも悪いのか?」

「いや、大丈夫……」

 レキは無言で剣を鞘に収めると、そのままフラフラと歩き出した。その後ろを心配そうな表情のクローレンが遠慮がちについて来る。

 レキはクローレンにさっきまでの出来事を何も言えなかった。
 本心であればレキは打ち明けたかった。
 全て話してしまって自分の情けない行動も感情も曝け出して相談し、クローレンの意見を聞きたかった。彼ならこの感情、現象の答えを知っているかもしれない。さっきだって、待ち合わせ場所に行こうとしたレキはクローレンに全てを相談しようと思っていたのだ。

 だが、できなかった。できなくなった。
 別れる間際にプレゼナが言った「秘密」という言葉。
 それがレキの中でストップをかけていた。

 プレゼナが秘密にしてほしいと言うのなら、それは言うべきではない。
 彼女の言動にはなぜか反抗できなかった。
 それが変だとは当の本人であるレキは気付くはずもなく、ここには居ないプレゼナにいざなわれるように今日起こった出来事は全て胸の内にしまうことに決めた……。



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