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精霊救済編

第36話 真人間になった殺人貴族

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 火の精霊が住む山の近くの街に到着したが、何やら住民の態度がおかしい。
 何かに怯えているような住人と激しい怒りを抱いているような住人が多数いた。

「何でこの街の住人の雰囲気はこんな何だ」

 俺は雰囲気がおかしくない住人に話し掛けた。

「領主が悪い奴でね。住人に難癖つけては切り殺しちまう」
「へぇ、物騒だね」
「一応住人に先に手を出させるようにしているから、何か言われても我慢すればいい」



波久礼はぐれ、救ってやらないのか」

 野上がいつの間にか現れて言った。

「うーん、どうだろうな」
「お前は血も涙もない奴だな。俺なら領主を暗殺する。そうでなければ、怒らせてかかって来たところを返り討ちだな」
「お前ならどうする」
「いや俺はやらないよ」
「とんだ腰抜けだな」

 そう言うと野上は去って言った。



「あんな事言わせておいて良いの」

 御花畑が憤慨した感じで言った。

「もちろん貴族はなんとかするさ。勇者にもできない事を平然とやる。それが名も無き勇者さ」

 俺は宿の裏庭に『ゴブリンでも出来る農業』の件で作った肥料を撒いた。
 そこにヤルーク草の種を撒き、『女神の涙』を掛けた。
 そして、『ヤルーク物語』を片手に。

「カタログスペック100%」

 出た芽が光に包まれた。

「何を作ったの」

 小前田が覗き込み言った。

「やさしさの種だよ。極悪人のヤルークに命を救われた女神がこぼした涙が掛かった雑草からヤルーク草が生えた。そして、その種を飲んだヤルークが真人間になるといういわれさ」
「貴族を真人間にするの」
「『貴族規範』だと貴族としての矜持は守るけどやさしいと言えないからな」



 俺は武器店で手ごろな剣を買いドラゴンの血を塗った。
 さてと、領主とご対面といきますか。

 俺は献上の剣を持ち、一人で領主に会いに行った。
 剣を門番に渡す。

「お前はハグレという名前ではないだろうな。その男が暗殺に来るというタレこみがあったのだ」

 やっぱりな、野上が変に絡むから怪しいと思ったら案の定だ。

「ギルドカード見て下さいよ。シロウってあるでしょ」
「そうだな。念の為、丸腰かどうか調べるぞ」
「ええ、お好きなように」

 俺は口の中から下着の中まで検査された。

「所持品は種を炒った携帯食か」
「はい、そうです」
「その種を食ってみろ」
「お安い御用です」

 俺は種を食べた。

「大丈夫なようだな。念の言っておくが魔法を唱えたりしたら切り殺すからな」



 俺は領主のいる鍛錬場に通された。

「この剣は凄いな。斬り合っても刃こぼれ一つしない。人間を切るのが楽しみだ。そちはなんと言うのかな覚えておこう」

 俺は隙をみて種を一粒、領主の口に放りこんだ。

「お前今何をした」

 兵士が俺に切り掛かってくる。
 俺は身体に剣を受けたがドラゴンの血染めのシャツで食い止めた。

「やめろ、やめるのだ」

 領主が兵士を制止した。
 種が効果を発揮したな。

「俺は帰らせてもらう」
「よい、下がる事を許そう」



 領主の館から出て、俺は叫んだ

「みんな領主は真人間に生まれ変わったぞ! それを成したのは名も無き勇者だ!」
「お前が名も無き勇者だと、くそぉ。お前のせいでどれだけ俺が悪く言われたか」

 野上が現れて悔しがりながら言った。
 一瞬、野上にもやさしさの種を食わせてやろうかと思った。
 しかし、やさしくなって魔王を倒すのが嫌だなんて言い出されたらたまらない。
 いましばらく泳がせておこう。

「態度を改めないお前が悪いんだろ。勇者だろお前は」
「やめろその名前を言うな。うがぁ魔物、魔物を寄越せ」

「みなさん、ここに居る勇者は役立たずです。名も無き勇者をよろしく」

 俺は大騒ぎになる前に宿に戻った。
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