愛するということ

緒方宗谷

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14.旅行

2.出発

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 旅行当日、有紀子の家の玄関の前に、しろーい目で加奈子を冷たく見やる有紀子がいた。
「で、何で家族旅行に加奈子がいるの?」しばらく黙っていた有紀子が、前につっこんだことを敢えて言う。
「え? 気にしない、気にしない」加奈子はからから、と笑った。
 どういうつもりなのだろう。二家族合同旅行の案を母親に話した時、一緒にいた加奈子も「私も行く」と言い出して、ついてくることになってしまった。
 陸の両親は、陸の記憶場戻るキッカケになればと、息子の生まれ故郷である東京に戻ってきたから、旅行の案に二つ返事で同意してくれた。
 今回行く旅行先は、どちらの家族も行ったことのある伊豆。海あり山あり温泉ありの、庶民にはありがたい限りの格安リゾート地。どこに行くのが、陸の記憶回復に役立つか考えた結果、伊豆半島に行くことになったのだ。
 新幹線を乗り継いで、泊まる旅館のそばまで来ると、その足で辺りの観光地をタクシーで見て回る。この日は2組の両親の希望が満載で、子供3人はそれに引っ張られてばかりだ。
 しかも、有紀子と陸は2人きりになる機会が無い。双方の両親達は、陸の記憶探しの旅のつもり(実際表向きはそうなのだが)だから無理もない。内緒とはいえ、真の目的は、有紀子と陸の恋を進展させること。そのギャップに、有紀子は少し疲れていた。
 加奈子に促されて、有紀子は何度か2人きりになろうとしたが、陸のお母さんが陸を放さない。小さい頃、ここで写真を撮ったとか、あそこでジュースを飲んだとか、当時の写真を持ち出しては、一生懸命陸に話している。
 陸は、チラチラと2人を気にしている様子であった。時々有紀子と目があって、お互いすぐに逸らす。母親の話が終わる度に陸は2人のもとに行こうとするが、母親に引き留められる。
 今日陸が見せられている写真は、交通事故に遭って以来、何度も何度も見た写真だ。
 忘れてしまった記憶を取り戻すべく、陸は小学生の時に自らの軌跡をアルバムで追ってみたことがある。確かに自分の写真であることは間違いないが、全く思い出せない。見る写真によっては、(10歳の時に)撮ってから1年と経っていないにもかかわらず。
 幼い頃の記憶が無いのは仕方がない、と思っていた。記憶喪失ではない誰もが、幼い時分の写真を見て、全く記憶がなくても困らないのと同様、10年前のことを覚えていないからといって、なんてことはない。陸にとってはどうでも良いことだった。
 だが当時、クラスメートと思い出がかみ合わない。誰もが当然のように共有している思い出が、自分の中からすっぽりと抜けている。そのことに、どうしても慣れることが出来なかった。
 陸は初め、旅行には乗り気でなかったが、有紀子と加奈子の提案だと知って行くことにした。高知で感じた記憶の穴に対する喪失感が再び芽生えたのと同時に、2人の気持ちを無下にはしたくなかったからだ。
「もう、私は諦めましたよ」有紀子が無条件降伏を宣言した。
 隣で加奈子が、仕方なし、と笑う。
「あはは、母は強しだね。まあ、記憶が戻ってくれるに越したことは無いし、明日明後日、明々後日とまだまだあるんだから、チャンスを待ちましょうよ」
 三泊四日の旅はまだ始まったばかりだ。

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