愛するということ

緒方宗谷

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23.陸の内情

2.心を開けた唯一の人

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 陸は、高知で一緒に住んでいた父方の祖母つねのことを思い出した。つねは1人で立ち上がることが出来ない。だから陸の家族は、雄大の両親の介護のために、生まれ故郷の高知に引っ越したのだ。
 中学時代の陸は、記憶喪失や第二成長期からくるストレスで荒れ気味のところもあった。それでも陸は、つねの前では穏やかだった。
 陸は、度々遅刻して学校に行っていた。事故に遭ってから極端に朝が弱くなっていたからだ。誰もいない日中の部屋には、いつもと違う空気が漂っている。とても静かだ。
 しかし10時を過ぎると、「誰かー、誰かー」と、つねが呼ぶ声が途切れず聞こえてくる。漫画を読んでいた陸は、自室まで聞こえてくるその声に苛立ちを覚えながらも、つねの部屋まで行って、話し相手になったりトイレに連れていったりした。
 便座に座るつねは、決まって同じことを言う。
「本当に申し訳ないですねー、男の人にこんなことをしてもらっちゃって」
「いいんですよ、お気になさらずに」
「気にするなって言われても、気にしなかったら私じゃなくなっちゃう。息子にも言っているんですよ、あなたにこんなことさせて、ごめんなさいねって。そしたら言うんですよ、『母さんがいるから、僕らは働けているんですよ』って、ああ、申し訳なくて、申し訳なくてね」
「気にしないでいいんですよ、いい息子さんですね、お母さんが大好きなんですね、つねさんが生んで育ててくれたから、今の自分達があるんですから、息子さんも恩返ししたいんですよ」
「そうかしら、ええ、ええ、もう本当に優しい息子です」
 つねはいつも手すりにとっぷして、声を抑えながら泣き出す。1人で用をたせなくなったことに情けなさを感じていただろうし、息子に迷惑をかけたくない、という気持ちもあっただろう。
 育てた一人息子の成長は、彼女の長い人生の中で、もっとも大切な軌跡を心に残した。それらが絡み合って目の奥に滲みて、優しい息子に愛されている、と言う孫の言葉に、こみ上げてくるものがあったのだろう。
 当時を振り返って、美しい話だ。でも笑える、と陸は思った。当時、毛先が少し新しい10円玉の様な色をした不良が、気持ち悪いくらいの優しげな言葉を大きな声で発して、老婆の下の世話をしていたのだから。
 こんな生活をしていたから、陸は若いのに人生の核心を知っていた。出世することでもお金を得ることでもない。大切なのは思い出だ。愛する人や家族と過ごす時間が一番大切なのだ。
 そう分かっていて、高知時代も東京に戻ってからも、陸は両親との時間は蔑ろにしていた。有紀子達の前では親と話すが、家ではあまり話さない。正直家の思い出なんてどうでも良かった。今陸にとって一番大事なのは青春だ。
 くだらないことしかしていない。でもそれが一番大切だった。小栗や寺西とはエロい話しかしていないし、放課後はゲームとカラオケしかしていない。でも陸にとって一番楽しい時間だ。
 陸は1人でいると無性に悲しくて、楽しい思い出に浸ることが多かった。ただ、知恵といれば忘れられた。でも最近忘れきれない。どこか頭の端に物悲しさが残ってしまう。微かによぎる不安。癒されないと思う。でも渇望してしまう。陸は居ても立っても居られない気持ちに苛まれた。

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