愛するということ

緒方宗谷

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60.卒業

2.愛するということ

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「したいって思わないの?」有紀子が囁く。
「思うよ、でもこのままがいいんだ。
 もし、もう少し、こう……僕達が大人になったら、今のこの気持ちは、少し変化してしまうと思うんだ。僕は、今のこの気持ちを大切にしたいんだよ。
 本当は、すぐにでも有紀ちゃんを……その、……抱きたいと思うけれど、穢してしまうようで怖いんだ」
「ずっと、このままだったら?」
「構わない。いつかはとは思うけど、でも、一番大切なのは――有紀ちゃんだから」
 有紀子ははにかみながら俯いて、目を上げて言った。
「いいよ」
「ありがとう。でも、今は何もしない、その言葉だけで、僕は十分幸せだよ。……と言いながら抱きしめる僕(笑)」
 有紀子は嬉しくて、陸を抱きしめ返した。
 有紀子には不安は無かった。随分と前から、初めては陸に捧げると心に誓っていたし、もし陸が望むのなら喜んですぐにでも受け入れよう、と考えていた。誓わずにはいられなかった。そして今日心の準備も整った。
 陸の言葉に、有紀子は決意が報われたと思って、とても平穏な気持ちが溢れた。(確かに、陸君の言う通りだ)と有紀子は思った。
 2人はまだキスもしていない。だけれども、体温を求めて抱きしめ合って頬を寄せると、とても幸せな気分になる。
 陸が言った。
「今はまだ、性衝動と好きって気持ちを混同しちゃってて、したいって思うことが有紀ちゃんに失礼な気がするんだ。自分をとても汚らわしって思うことがあるんだよ。……ごめん」
「ううん、いいの」
 陸が耳元でささやく。
「大好きだよ」
「私も」
 2人の香気が混ざり合う静寂。陸が耳元で囁く。
「今の気持ちって、今しかないと思うんだ。大人になっても、有紀ちゃんを好きだって気持ちは変わりはしないけれど、なんていうのかな? 青春かな? このドキドキした感じの気持ちは忘れていくんだと思う」
「そうだね、何か変わるのかも。色々なことを経験して気持ちが慣れてくると、感動が小さくなるとか」
「気持ちで触れ合うよりも肌で触れ合う方が先行すると、段々と今の気持ちが忘れ去られてしまうんじゃないかって、心配になる。肌が触れ合うことで、心が触れ合っていなくても勘違いして満足してしまうんじゃないかって」
「求め合ってるってことじゃないの? だからこそ、触れ合いたいって思うんじゃないの?」
「そうだけど、こうやってギュッとしたり手をつないでいるだけに留めていると、抱きしめたい、一つになりたいって気持ちが、有紀ちゃんを知りたいって言葉になって求めるんだ。そうやって、僕達は理解していくんだと思う。
 今こうやって抱きしめている気持ちに、後ろめたい気持ちは無いよ。僕、こうやってぎゅうって有紀ちゃんを抱きしめて、抱きしめ続けて、一つになりたいんだ。
 なんか変なこと言ってるよね。支離滅裂っていうか。論理的じゃないね」
「いいの、そんなの」  
 夕焼けで空が茜色に染まり始めた頃、2人は頬ずりをしてから、名残惜しく思いながらも肌を離した。2人してはにかんで見つめ合って、そして微笑みあった。

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