蜜吸のスズと白蛇のハル

緒方宗谷

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愛する者がいると強くなれる

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 日差しを遮る物は何もありません。目の前には、見渡す限りの青空と雲海が広がっています。1隻につき1人の隊長と10人の兵士と連絡兵が1人乗っています。12人で構成された部隊計10隻が、方々に別れて雲海を捜索するのです。
 神気の痕跡などを感じ取るために、10人の兵が気を引き締めて、360度を監視していました。
 バラ以外は全員アオダモの精霊でした。花の里では主力の歩兵で、自らの硬い幹で作った棍棒と兜と胸当てを装備しています。1人だけ花の精霊が混ざっているので、みんな不思議に思っていました。
 バラは、自分がここにいる理由を知っていましたが、修業のためと答えるにとどめます。まさか、宮殿のモミの神が、姫から自分を引きはがすために飛ばしたなんて、言えません。
 これだけ雲が広がっていれば、雲の下は薄暗くて、見上げる雲は灰色に見えるのでしょう。ですが、上の世界は別世界です。白い雲は白すぎて、銀色に光っているほどで、とても眩しく感じました。
 触ってみると、霧がかっているだけで何も無く、白い塊ではないようです。こんなところでは、水を吸い過ぎて腐ってしまうな、動物の神もふやけて死んでしまうかな? などと、バラは考えていました。
 花の里にある果ての岩地は、全ての水を吸い取る不毛の大地ですが、ここは溺死するほどの水と、目が潰れるほどの日光を浴びせる世界でした。岩地と真逆なのに、どちらも死の大地です。
 「ああっ! いた! いました!!」誰かが叫びました。
 早く見つけてやらねば、とバラが考えたその時です。1人の兵士が大声をあげました。指をさす方向を見ると、確かに女性の精霊が舞い飛んでいるのが見えます。何かと闘っている様でした。
 雲のフワフワが邪魔をして、何と闘っているのか分かりません。船が近づいて、ようやくその正体が分かりました。
 根きり虫です。8個のタイヤが連なったような姿で、黄土色の身には4本の黒い縦線が入っている芋虫です。おかしな事です。魔界の住人がなぜこんな所にいるのでしょうか。彼らは天界にいるはずがないのです。
 船には11人の兵士の他に1人の花の精霊が乗っていました。カタバミという花の精霊で、5枚の黄色い花弁を持つ精霊です。クローバーのようなハート形の葉っぱがとても可愛らしい植物です。この精霊は、4つの実を従えていました。黄色みがかった灰色の帽子をかぶったオクラのような形の蒴果です。
 カタバミの精霊が蒴果の1つを叩くと、ピュイッと種が弾け飛びました。包まっていた膜を下に吐き出して、伝令係の精を乗せた10個の種が、そのまま遠くに飛んでいきます。
 船が根きり虫の真横を通り過ぎるその瞬間、兵士が一斉に飛びかかります。アオダモの兵士が持っていた棍棒でボコボコと叩かれても、意外としぶとくブヨブヨと動いて嚙みついてきました。
 無秩序の様で統制のとれた沢山の足は、意外に素早く動きます。バラは、イバラのムチで頭を叩きつけるのですが、小さなトゲでは傷をつけるのが精いっぱいです。ムチ自体の威力もそれほどではなく、バラはすぐさま幾重にも取り囲まれて、防戦一方となってしましました。
 もともと植物を食らう根きり虫とは相性が悪いのです。葉を食べるのならまだしも、根元から切り倒せるほどの顎の持ち主ですから、ツルの化身であるバラは、いとも簡単に致命傷を受けかねません。
 バラは精霊ですから、本来根きり虫ごとき敵ではないのですが、1000歳過ぎに城に植えられてから、3000年以上もの間城から出たこともなく、1度きりの実戦も、姫の胸にくっついて小さな虫をキリでつついて駆除しただけ。実は戦闘経験は皆無でした。経験値の無さから、大分格下の芋虫に手も足も出ません。
 前後左右から頭突きで小突き回されたり、メリケンサックを握った拳で殴打されたりして、ふらふらと跪いたバラは、なんとかその身を茨の結界で守っていたけれども、力強い顎でトゲごと嚙み切られて、服も身も傷だらけです。
 1匹の芋虫の頭を踏みつけて、バラは飛び上がりました。そのまま包囲を脱するつもりでいましたが、ふくらはぎを大きく嚙み裂かれてバランスを崩し、雲の中に落ちてしまいました。そして気を失ってしまったのです。
 (ああ、もう僕は駄目なのかな・・・。もう一度姫に会いたかったな)
 段々と気が薄れていって、真っ暗になりました。
 遠い花の里には、城壁の屋上から裏庭のイバラを見下ろす、神妙な面持ちの姫がいました。姫が見つめるイバラの奥では、大泣きのスズとハルがいます。
 イバラの瑞々しさは失われていないのに、何故かツルが萎れはじめ、中心の根から離れたところは一部枯れていたのです。凸凹としたつくりの手すりに置いた姫の手が触れるツルは、完全に死んでいました。
 姫は顔を歪めて涙を堪えますが、止めどなく溢れて流れ伝って顎からこぼれます。姫は必至で祈りました。生きて帰ってきてほしい、と。
 どれだけの時間が過ぎたのでしょうか。バラは目を覚ましました。姫の願いはスズとハルの想いを乗せて、バラの元まで届いたのです。「起きてください。死なないでください」と言う姫の声と、「バラ様、バラ様に会いたいよう」と言う2人の声が聞こえてきたのです。
 雲の上の様子を窺うと、モゾロモゾロと這い回る芋虫達の気配がします。段々と迫ってくるその歩みは、明らかにバラを目指しています。薄らとした神気を嗅ぎ当てたのでしょう。
 急いで雲から這い上がったバラは必死に戦いますが、うまく連携する芋虫の戦いに翻弄されて、苦戦していました。神気は自分の方が強いのに、1匹も倒せません。それどころか出血が激しく、目の前に黒い霧がかかり始めます。重度の貧血に至ると発生する現象です。
 「僕は死にたくない! どうしても、もう1度姫に会うんだ。
  僕はまだ、姫に何も恩返しをしていないじゃないか! あの方は、僕のイバラを嫌わないでくれたんだ! 肌を傷つけるトゲ先すら嫌わないでいてくれたんだ!!
  痛みも受け入れてくれて、なお、お優しい微笑を返してくれたんだ!! 
  僕は姫の騎士になると誓ったのに、いまだ姫の方がお強いじゃないか! 僕はもっと強くならなきゃいけない! 生きて強くなって、姫をお守りしたいんだ!!」
 バラは、自分を情けない、と思っていました。ですが、どんなに格好悪くても良い、と思いました。大変な醜態をさらしていますが、自分のイバラに住まうスズとハルの為なら、こんなことは何でもなかったのです。そして何よりも、愛する姫に会いたい、という気持ちは、何にも替えがたい愛慕の念でした。


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