バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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10 野心の悪魔 ~里をやると言われたバラ~

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 恐怖を植え付けられたバラは、普段なら聞きもしない悪魔の声に耳を傾かせざるを得ませんでした。
 花の里に宣戦が布告されたという報告は、受けていません。周囲の町々に、攻め滅ぼされた形跡は見て取れません。大都市も他の砦も平穏無事の様です。
 なのに、これほどまでに強大な大悪魔が目の前に出現したなんて、とても信じられません。突然の出来事に動揺して、恐ろしい妄想に刈られてしまいます。
 魔界の皇子ほどの大悪魔が、少ない手勢で、何の意味もなく攻め入って来るはずがありません。もしかしたら、既にこの城は包囲されているのかもしれません。
 自分が気付いていないだけで、何倍もの悪魔に取り囲まれているかもしれないのです。皇子の率いる軍勢ですから、魔王がいてもおかしくありません。もしかしたら、大魔王ですらいるかもしれないのです。
 城に幾重にも重ねた結界の中に侵入されているかもしれません。命惜しさに内通している者がいるかもしれません。城の防備にあたる青バラの騎士達の中に、悪魔や堕天した者が含まれているかもしれないのです。そばにいる侍従は、悪魔が化けているかもしれません。
 今城にいるバラ騎士達は、バラが生んだ眷属達です。バラが異変に気が付いてから生んだ神や精霊達ですから、ついこの間までこの城には存在していません。
 それに、全て自分の根と繋がった半分分身みたいなものですから、偽物だとか堕天しているとかであれば、簡単に感じ取れます。ですが、バラは考えが及びません。それほどまでに錯乱し、疑心暗鬼になっていたのです。
 そして、しばらくしてから驚愕の事実がもたらされました。花の里は瞬く間に侵略されているというのです。とても短い間に、領土のほとんどが魔軍の手に落ちてしまっていのです。
 バラは、全軍率いて打って出るか、それとも宮殿に撤退するか悩みました。ですが、何も行動を起こしません。この城は伝説の巨大要塞です。宮殿を除けば、花の里最強のお城でした。
 神話の時代から、幾度となく攻め込んできた魔軍を退けた圧倒的な防御力を誇る堅牢な城郭ですから、この戦いでも魔軍を退けられる、とバラは考えました。
 このまま動かない事が一番安全だと思えたのです。現に魔界の皇子は、城を攻めあぐねている様子です。籠城すれば、その内、天上界の神軍や、他の里からの援軍が来るかもしれません。何よりも、ここは花の姫の牙城です。落城するはずがありません。
 あまねく者を恐怖させる声が聞こえてきました。
 「バラの神、真紅に染まる高潔の神よ。
  さあ、我が前に跪け、既に花の主神は、我が手中に落ちているぞ。
  死にたくなければ、お前も降伏して、城を明け渡せ」
 「何を言うか、ハエの大魔王よ。
  いくら汝とはいえ、我が主神が、お前如きに囚われるはずがない。
  我は、この地域を守護する花の姫の騎士にして、臣下最強の神である。
  この私が、お前如きハエの前に、屈服するはずがないだろう」
 皇子は、それもそうだと笑って言いました。
 「どうだ、バラの神よ。もはや、お前の力では、この地域では小さすぎるだろう。
  もし、おまえが望むのであれば、花の里をくれてやっても良いぞ。バラの主神たるお前が、この里に住む樹木草花の宗主となるのだ」
 バラ騎士達はどよめきます。自分達の種を生んだ主神たるバラが、この里の主神に昇りつめれば、おのずと自分達の地位も向上します。
 その言葉だけで、一部のバラ騎士は目が眩んでしまいました。男爵から公爵までどんな地位でもなりたい放題です。
 ですがバラは、その申し出を一蹴して言いました。
 「私は、姫に忠誠を誓う愛の神、この身を覆うイバラは、姫のみをお守りするためだけに存在するのだ。自分の野心を守り育てるためには存在しない」
 魔界の皇子には、バラの動揺が手に取るように分かっていました。
 いくら魔界でも指折りの実力を誇る皇子とはいえ、さすがにバラと姫と薔薇城を1度に相手には出来ません。そこで、一番弱いバラから排除する事にしたのです。
 瞬く間に周辺の町々を征服していったのは、皇子の演出でした。状況の変化についていけず、思考を停止させるのが狙いだったのです。
 その狙いは、想像以上の効果をもたらしました。バラは、完全に魔界の皇子が用意した盤面上に乗って、固まっていたからです。
 魔界の皇子が浮かべた笑みからは、腐臭が溢れ出て辺りに立ち込めて漂っています。
 「今までとても辛い思いをしただろう? 見返せる時が来たのだよ。
  幼かった頃に君を酷く苛め抜いた者達に、栄華を誇る自らの後光を見せつけようではないか」
 「僕は、誰も恨んではいないさ。
  こうやって成長できたのも、みんなの支えがあったからだ。
  幼い時、確かにいじめられはしたが、気付けなかっただけで、多くの優しさも受けていたんだ」
 「何をきれいごとを・・・。
  ではなぜ今の今まで、君は城に閉じこもってきたんだ? 本当は、みんなに会うのが怖いのだろう? みんなと会うのがつらいのだろう?」
 「それは・・・」
 口を開いたバラを遮って、皇子が続けます。
 「いくら渇望しても得られなかった愛情を自分は注いでもらえなくなったらと、いつも不安に思っているんだ、自分に自信が無くていつも不幸に感じているのだろう。
  姫だけが愛情を注いでくれる、だから姫を幽閉したのだろう? 失いたくないがために。
  姫が自分から去ってしまうことを思うと、恐ろしくてたまらない。内心、君は自信が無いんだ、こうでもしないと、いつまでも姫が自分のもとにいてくれないかもしれないと心配しているんだ」
 とても胸が苦しくなる内容です。バラは何も答えられません。
 魔界の皇子の言葉は続いていました。
 「なら、君が花の里を作りかえれば良いじゃないか。
  君が里に住む者達の宗主として、新しい植物を生み出すんだ。
  みんな君の血を引かせれば以心伝心、君を傷つける者なんていないだろう?」
 バラは心が揺れました。確かにバラは、本来なら出来ないほどの成長を遂げました。宮殿での官職は得ていませんが、知能も身体能力も神気も指折りの存在です。
 誰もがバラを羨望の眼差しで見るでしょう。皆が賛美するでしょう。実際、バラの耳にもそれは届いています。
 ですが、姫がいなければ、ここまで成長は出来ませんでした。姫がいるからこそ、姫の騎士という立場があって、みんなが褒めてくれるのです。本当は、姫を褒めてくれているのです。
 バラの頭が良いから、バラの力が強いから、みんなバラに従っているだけで、そうでなければ、みんなは目を向けてくれないかもしれません。
 幼い頃、バラはみんなになじめず、異なる者として、みんなから追い立てられました。だから、1人で果ての岩地で過ごしていました。
 自分と同じ様な花々だけ繁栄させれば、みんなの和から外れる事は無くなります。なんせ、自分を中心に描いた和なのですから。そんな世界を作れたらと、野望が沸々と湧いてきます。
 ですが、バラは激しく首を横に振って、邪な考えを振るい落としました。皇子の話は続いていましたが、全て無視です。一切耳を傾けません。
 姫の笑顔だけを考えるようにしました。地位や名誉、財宝に目が眩まない様に、大切さに順位をつけ、1番だけを手に入れると決めて、他の選択肢を全て排除したのです。
 選択肢として、皇子について謀反する道もありました。それで手に入る物はたくさんあるでしょう。ですが、確実にその中に姫の笑顔はありません。
 バラは、目先の欲に目をくらませることなく、自らの本性が望む声に耳を傾けました。一番大切なのは姫であり、他には何もありません。それを守るのが、自分最大の幸せなのです。
 バラは姫の笑顔を想い続けました。そう思い続ける事によって、花の主神の地位も、宮殿での豪華絢爛な暮らしも、地位や名声、世界に2つと無い珍し財宝の数々も、その価値が失せていったのです。
 姫の笑顔を守る事こそが、自らが進むべき生きる道なのです。
 ですがバラは気が付いていませんでした。結局今もバラは1人でいるのです。そばに姫はいませんでした。
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