バラの神と魔界の皇子

緒方宗谷

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15 同調の悪魔 ~いけない事なのに、大勢と同じ行動をしなければつらいと思う、でも勇気を出して~

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 剣や盾がぶつかり合う金属音と、妖魔達の唸り声が遠くで響いていました。多くの草木は、火を噴くドラゴンに焼き払われ、黒い煙を上げています。
 精霊達は逃げまどい、水を浴びようと川の方へと走って行きました。もう川まで、あと僅かです。ですが、みんな立ち止まって唖然としています。なんと、以前は穏やかだった川が逆流していたのです。
 誰かが叫びました。
 「何やっているんだ! 悪魔が来たんだ! 川くらい逆さに流れるさ!! 早くしないと焼けてしまうぞ!!」
 みんなが止めるのも聞かずに、一部の精霊達は川へと走ります。
 「うわぁ!」
 川辺で膝をついて水を掬おうとした瞬間でした。川を波立たせていた何かが出てきて、精霊達に嚙みついてきたのです。
 「きゃあ! 何かいるわ!!」
 「大蛇だ! 大蛇がいるぞ!!」
 なんと、川底は沢山の大蛇に覆い尽くされていたのです。襲われた精霊達は、川の中へと引きずり込まれてしまいました。最初に襲われたのは、9人の精霊です。そして、逃げ帰る精霊も一度に9人が襲われ、丸のみにされてしまいました。そして、九つの鉄砲水が発生して、9人の精霊が川に流されていきます。
 川を遡上してやってきたのは、なんと八岐大蛇でした。人間界で、人の里からやってきた神様に退治された八岐大蛇と比べたら、だいぶ小ぶりでしたが、9つの頭と9つの尻尾がある悪魔です。
 昔昔、天照大御神という人の女神の弟で、人の里では1、2を争う力持ちの神様に退治された大悪魔がいました。
 頭をもたげれば山より高く、その胴体は川より長い大蛇で、いくつもの山をまたいで大洪水を起こす困ったちゃんでした。人間界にやってきた多くの神々が退治しようと挑戦しましたが、敵いません。須佐ノ男の命がようやく退治したのです。
 丘に逃げて生き残った精霊達が言いました。
 「このまま小川を上れば、バラ様のお城に行ってしまうわ」
 「あっちの方は、魔界の皇子が来ているんだぞ、いくらバラ様でも、もう・・・」
 皆々から高貴なバラと称されるこの居城の東には、大きな湖が広がっています。花の里が滅びるかもしれない大戦の中、この湖はとても静かでした。
 まったく波紋を広げることなく、とても美しい少女が何人も浮かび上がってきました。彼女達は、足音も立てずにお城の方に向かって進んで行きます。
 <ハルちゃん、ハルちゃん、聞こえているでしょう? わたし達の声>
 「だーれ?」
 1人でお部屋にいて周りには誰もいないのに声をかけられたハルは、ビックリして辺りをキョロキョロ。
 <わたし達、貴女のお友達よ、こっちへ来て、一緒に逃げましょうよ>
 「ダメよ、このお城は取り囲まれているし、ここが一番安全なのよ」
 拒否するハルを、少女達は、執拗に説得しようとします。
 <わたしだけが言っているのじゃないわ。みんなが言っているのよ、ここはもうだめだって。
  ハルちゃんを助けるために、蟒蛇の主神が救援隊を出してくれたのよ>
 「ダメよ、結界は開けちゃいけないの。開けたら悪魔が入ってきちゃう」
 ハルは懸命に頭を振りました。ですが、沢山の声は繰り返してハルを誘って逃げようと言ってきます。
 更に少女は、千載一遇のチャンスとばかりに畳かけて言いました。
 <それも、そのお城にいるみんなを助けてくれるのよ。
  一緒に隠れている植物の精霊も、お友達のスズちゃんも、何よりバラ様も助け出してくれるのよ>
 「本当? バラ様も助けてくれるの?」
 <当り前じゃない>
 「分かったわ、わたしバラ様に言って、みんなを助けてもらうわ」
 さっそく、バラにお祈りをしようとしたハルを止めて、少女達は言います。
 <ダメよ、バラ様にお伝えしたら>
 <悪魔達に聞かれてしまうもの>
 <結界の中にも悪魔がいるかもしれないわ。貴女1人で頑張るのよ>
 ハルは躊躇して言いました。
 「勝手なことは出来ないわ。
  そんな事したら、わたし怒られてしまうもの」
 <貴女は、バラ様をお助けしたヒロインになれるのよ。
  バラ様は、絶対に貴女に感謝してくださるわ>
 <そうよ、お礼のチューだって、望みのままよ>
 ハルは、とても心を動かされました。バラの事がとても大好きでしたから、彼女の頭の中は、頑張ったご褒美に唇を授けてくれるバラ様の姿と、抱っこされて瞳を閉じる自分の姿しか想像できません。
 1人は蛇の里からハルを迎えにきた少女ですが、他の少女達は、別の里から助け出された精霊でした。
 1人は、牛馬の里から救い出されたポニーの女の子、1人は、海獣の里から救い出された白イルカの女の子、他に宝貝、チワワ、メカブ、紋白蝶にヤマメの女の子達です。
 <わたし達、蛇の少女のお陰で、ここまで逃げてこられたのよ>
 <わたし達、今とっても幸せよ。だって、主神様に褒められたんですもん>
 <あなた、白ヘビの精でしょう? 蟒蛇の神様が、せっかく助けに来てくださっているのに、頑張らないなんて可笑しいわよ>
 沢山の精霊達に代わる代わる言われていると、言うことを聞かない事が、段々と悪い事をしている様な気分になって、申し訳なくなるハルでした。
 <ハルちゃん、わたし達お友達でしょう?>
 薔薇城を治めるのは花の姫であり、姫をはじめ、この城に逃れてきた精霊達を守っているのは、バラの神です。ハルも守られているだけのか弱い精でしたから、本来なら、勝手に結界を開ける事など許されません。
 ですが、みんなに、間違っていると非難されているうちに、ハルは考える力が段々と奪われていきました。そして、遂には、結界を開ける事しか考えられなくなってしまったのです。




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