2 / 90
死別
1ー2
しおりを挟む
息子は病弱でいつも床に臥せっていたから、ドイツまでの長旅は心配でならなかった。1914年から‘18年まで続いた第一次世界大戦が終わって大分経つとはいえ、あの戦争からすでに立ち直っているとは思えない。
仮に立ち直った国があったとしても、世界恐慌の影響で経済への打撃は計り知れないはずだ。そもそも、前の大戦でほとんど無傷の勝利を収めた日本が、今の不景気に喘いでいるのだから、戦乱の中心地となった欧州においては、景気の悪さは日本の比ではないのではないか、と思っていた。
「メラ、本当にドイツに帰りたいのかい?」
「ええ、帰りたいわ、あなた。
ドイツは良い所よ、確かに戦争で大変な事になってしまったかもしれないけれど、緑の山々や草原は変わらないはずよ。
ハルトだって、向こうで静養すればよくなるはず。
これは神様のお導きなのよ、考えてみて、あなたはこの会社の跡取りなんだから、普通は外国になんか出さないわ、でもお義父さんは、出してくださるの。
ありえないでしょう?これは、神様がドイツに行けとおっしゃっているんだわ、きっと」
妻は、私に何か悩み事があると、決まって神のお導きである、と言ってためらう事を忘れさせる。優柔不断な性格の私にとって、彼女の何でも肯定的に捉えて前進しようとする性格は、とても励みになる。
元来の性格もあるが、気弱になりがちな息子を毎日励ましていたから、日本語で励ますことがとても得意になった。
長く少しウェーブのかかった肩にかかる髪は、黄金色をしていて眩しい。日本人の3倍はあろうかという目はクッキリとした二重で、吸い込まれるような青い瞳をしている。本当に真っ白な頬に浮くそばかすがチャームポイントだ。
出会いは、梅雨まっただ中の銀座。家族旅行で訪れた日本の町を観光中に、雨が降ってしまって動けなくなっていた時、私達は出会った。傘を貸してあげた事で仲良くなって、東京観光中はずっと私が案内してあげていた。
その時はそれで終わったのだが、ドイツに帰った彼女は度々私に手紙を書いてくれて、それを機に文通が始まったのだ。私も彼女もお互いに相手を忘れることが出来ずに、会えない環境が好きという気持ちを育んでいった。
常に前向きな彼女であったから、親の反対を押し切って1928年に再来日をして、真っ先に私のもとに来て抱きしめてくれた。
翌年には世界恐慌が始まってしまったので、帰れなくなったメラはそのまま私と結婚して、翌‘30年に春人を出産して今に至る。
仮に立ち直った国があったとしても、世界恐慌の影響で経済への打撃は計り知れないはずだ。そもそも、前の大戦でほとんど無傷の勝利を収めた日本が、今の不景気に喘いでいるのだから、戦乱の中心地となった欧州においては、景気の悪さは日本の比ではないのではないか、と思っていた。
「メラ、本当にドイツに帰りたいのかい?」
「ええ、帰りたいわ、あなた。
ドイツは良い所よ、確かに戦争で大変な事になってしまったかもしれないけれど、緑の山々や草原は変わらないはずよ。
ハルトだって、向こうで静養すればよくなるはず。
これは神様のお導きなのよ、考えてみて、あなたはこの会社の跡取りなんだから、普通は外国になんか出さないわ、でもお義父さんは、出してくださるの。
ありえないでしょう?これは、神様がドイツに行けとおっしゃっているんだわ、きっと」
妻は、私に何か悩み事があると、決まって神のお導きである、と言ってためらう事を忘れさせる。優柔不断な性格の私にとって、彼女の何でも肯定的に捉えて前進しようとする性格は、とても励みになる。
元来の性格もあるが、気弱になりがちな息子を毎日励ましていたから、日本語で励ますことがとても得意になった。
長く少しウェーブのかかった肩にかかる髪は、黄金色をしていて眩しい。日本人の3倍はあろうかという目はクッキリとした二重で、吸い込まれるような青い瞳をしている。本当に真っ白な頬に浮くそばかすがチャームポイントだ。
出会いは、梅雨まっただ中の銀座。家族旅行で訪れた日本の町を観光中に、雨が降ってしまって動けなくなっていた時、私達は出会った。傘を貸してあげた事で仲良くなって、東京観光中はずっと私が案内してあげていた。
その時はそれで終わったのだが、ドイツに帰った彼女は度々私に手紙を書いてくれて、それを機に文通が始まったのだ。私も彼女もお互いに相手を忘れることが出来ずに、会えない環境が好きという気持ちを育んでいった。
常に前向きな彼女であったから、親の反対を押し切って1928年に再来日をして、真っ先に私のもとに来て抱きしめてくれた。
翌年には世界恐慌が始まってしまったので、帰れなくなったメラはそのまま私と結婚して、翌‘30年に春人を出産して今に至る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる