Kaddish

緒方宗谷

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町の空き家と家庭の味

16ー1

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 ある日、私は妻を散歩に誘った。引っ越し当時、頻繁に外出していた妻だったが、真珠湾攻撃が町に知れ渡って以降出歩かなくなっていたからだ。初めは渋っていたが、日曜日はみんな休みだろうから、婦人会も活動していないだろう、と私は説得した。
 「ハルトも連れて行くんだ。あの子は、もう1年近くも家から出ていないんだから、私達は親として、彼を出してやらなければならないよ。
  もし誰かに気付かれても、今日は体調が良いからと誤魔化せば済む。
  外に出られる時は出る方が心身に良いのは、誰だって認めるところさ」
 ハルトのためと聞いた妻は急に乗り気になって、お弁当の準備を始める。パンと厚切りのチーズと大きなソーセージをバスケットに詰めて、ルンルン気分だ。お出かけのお誘いを受けた息子も飛び跳ねてはしゃぐ。
 3人で朝ご飯を食べている間に、妻はお米を炊いた。1939年に日本から送られてきたお米だが、湿気が少なく涼しい気候が良かったのか、既に古古米であるにもかかわらず、味に大きな変化は無かった。
 日本人の私から見れば、新米と比べてだいぶ味が落ちているように思える。しかし、酸化して酸っぱくなっていないのには、正直驚いた。ああなった米は本当に不快な味で、食べるに堪えない。
 ハルトはお米を食べた事が無かったから、ダメになってしまう前に、おにぎりを食べさせてあげたいそうだ。
 1939年にドイツがポーランドへと侵攻した事によって勃発した戦争は収まることなく、40年に入るとドイツ軍は勢いそのままに4月9日にデンマークとノルウェーになだれ込んで、両国とも降伏させた。5月10日にはフランスへ侵攻し、ドイツ軍は快進撃を続ける。
 同月オランダ、ベルギーが降伏すると、6月にイタリアが参戦し、22日には独仏間に休戦協定が調印されて、フランスの北半分がドイツの手に落ちた。
 11月には、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアが枢軸国に加盟し、その勢いはとどまる事を知らず、年が明けた3月1日にブルガリア、6月15日にはクロアチアが枢軸国に加わり、悪の帝国は肥大化の一途を辿った。
 大都市部での戦時高陽は頂点を極めつつある。我々がいる田舎町は、まだ静かなものだった。




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