Kaddish

緒方宗谷

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春人編 収容所

23ー3

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 衛生環境の劣悪さは苛烈を極めていた。シャワーを浴びる時間もトイレを使用する時間も限られていて、身体の清潔を保つ事など不可能だ。
 春人は、毎日朝早くに起こされ、過酷な強制労働に駆り出されていた。作業の進捗状況は囚人頭が常に監視していて、ノルマに達しないようなら容赦なく叱責される。
 消費する体力に対して与えられる食事は微々たるもので、収容されてから1カ月が過ぎた頃、春人の体重は既に10kg落ちていた。
 初めの内は、すぐに幸助が助けに来てくれる、と信じていたが、既にそのような希望を持つ事も無くなっている。
 収容所の隊員は、自分はドイツ人と日本人の子供だと言い張る春人を叩き、立ち牢に閉じ込めた。90cm四方の狭い独房に4人を入れて、一晩放置される。それが何度も繰り返された。顔の形が変わるほどの青たんができた事もある。
 しばらくして、生きるための抵抗をする気力も尽きてしまった。遠くの建物から、死体と思われるものを運ぶ子供達が行ったり来たりしていたのを見たからだ。
 春人達は、罪人でもないのに囚人と呼ばれていた。無造作に渡されたサイズの合わない水色と白の縦縞模様の囚人服を着せられて、正面と側面、帽子をかぶった姿の写真を撮られた。脱走を防ぐための様だ。
 (お母さん、夜目をつむると、毎晩お母さんが死んだ日の夜を思い出します。
  あの時一目散に逃げていさえすれば、お母さんも死なずに済んだし、僕はお父さんとお母さんといられたはずなんだ。
  だからこれは天罰なんでしょうね)
 あの夜、夫婦の寝室は火に包まれていた。春人は、母が焼かれる様を想像しまい、と必死に脳裏を振るったが、恐ろしさに吐いてしまいそうになる夜を過ごす。
 静かになると、自分の頭に虱が這う音が聞こえてくるようだ。毎日虱をとっては潰していたが、一向にいなくなる気配はない。その内春人は、全身虱に食べられてしまえばいいのに、と命を投げ出すようになった。
 ここに来て1週間もすると、空腹は感じなくなった。1カ月以上たった今は、声すら出せない。
 周りの大人達は、肋骨がはっきりと浮かび上がっていた。腕や肩の骨の形が分かるほどだ。もはや筋肉も脂肪も無く、骨と皮だけになってしまっている。どういうわけか、お腹だけは出ていたが、春人には、それがとても恐ろしく見えた。
 いつか自分もああなるのだろう。死んだら天国に行けるだろうか。またお母さんに会いたい。自分から命を絶とうとの考えは思い浮かばなかったが、生きる事も死ぬことも許されない様な生き地獄が続くならば、いっそのこと、今晩眠って目を覚まさない事を祈りたい。その方が、幸せだと感じた。
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