Kaddish

緒方宗谷

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対面

30ー1

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 1970年代に入って、念願だった幸助の帰国がようやくかなう事になった。35歳となった春人は、妻と2人の子供を連れて、生まれて初めて日本の地を訪れていた。
 太平洋戦争において、度重なる米軍の空襲を受けた日本は、全国が焦土と化し、もはや復興する事は無理だと、世界中から言われていた。しかし世界の予想を覆し、日本は高度経済成長を遂げ、今やアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国へと成長したのだ。
 もはや戦後ではないと言われて久しい。東洋の奇跡と呼ばれるこの大復興劇は、成長を目指す発展途上国に希望を与えた。
 成田空港に降り立った春人は、以前から調べていた土屋家の家があった場所を探した。既に血縁が途絶えていたし、東京大空襲で焼けてしまっていたから、他のビルが建っているはずだが、屋号や、ドイツでの取引先から、当時の住所を突き止める事が出来た。
 すでに土地は人の手に渡っており、灰色のタイルが張られたビルが建っている。当時の街並みは、少しも残っていなかったが、戦前や江戸時代からあるといわれる神社や旧所名跡へ行ってみた。2人が日本に住んでいた頃、来たはずだと思ったからだ。
 両親が出会ったという日本橋の店は分からないが、2人の出会った風情を少しでも感じ取ろう、と方々を散策して回る。当時母が泊まったであろうホテルか旅館は見つからない。あれば、過去の顧客台帳から一家の名前を探せたかもしれないが、仕方ない。
 ソ連からの飛行機が到着するまでまだ何日もある。春人達は、陸路西へ向けて進みながら、両親が過ごした日本の空気を吸った。
 横浜でも取引があった事は聞いていたから、異人館がある辺りにも赴いたし、富士山を見に行ったと聞いていたから、5合目まで登ってみた。
 大阪神戸を見て回り、日本文化の中心地古都京都を観光した。幸助の心を育んだ日本文化に触れたかったからだ。そして、ようやく東京に戻ってきた。成田空港へ到着した春人は、明日の再開を心待ちにして眠りについた。
 幸助は、小さな骨壺の中にいた。それでもなお、願いに願った再会は、感慨深いものであった。
 冷たいはずの骨壺ですら、とても暖かく感じて、思わず涙があふれ出た。家族はみんな何も言わず、春人を見守っていてくれた。
 「ようやく再会できましたね、お父さん。
  僕は、どんなにお父さんに会いたかったことか!!」
 妻子の前であったが、気持ちを抑える事も無く、溢れるがまま子供の様に泣き続けた。
 春人はすぐに帰国せず、2人が過ごした東京の町々をもう一度訪れ、食べたであろう日本食や洋食を探した。
 戦前からやっているという洋食屋にも行く。幸助から、日本で初めてコロッケを出した店だと聞いていたから、それを頼りに探し当てたのだ。
 実家があった辺りの散策もして、近くのお寺にももう一度行った。ここには、土屋家のお墓があったからだ。日本の祖父母は、焼夷弾の雨に晒される中、なんとか逃げ延びて戦後を迎えたらしい。既に亡くなって、このお墓に眠っている。久しぶりに親子の再会だ。厳かに分骨した。
 しばらく日本に滞在したいという春人に、妻も子も心よく同意してくれた。結局日程を1週間ほど伸ばし、帰国の途に就いた。







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