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みのると早苗
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「あ、ごめんなさい、私寝ちゃった」
不意に目を覚ました早苗が叫んだ。部屋のかたづけをしていた真一が振り向いて微笑む。
「良いんですよ、疲れてるんでしょ?」
不眠症気味になっていた早苗が慌てて立ち上がると、真一がにっこりとほほ笑んで言った。
時計を見ると夕方の5時を回っている。冬休みも終わって陽が長くなり始める季節に入ってはいるが、空は少しまぶたを閉じ始めていた。
「すぐに帰ります、失礼しました」
コートを羽織りってバッグを手にした早苗が玄関に向かおうとしたその時、冷蔵庫の中を眺めるみのるの姿が視界に入った。冷蔵庫の中身同様、寂しげな表情をしている。とてもお腹を空かせた小動物の様だ。
「みのる君、お夕食作ってあげようっか?」
思わず言ってしまった。母性がくすぐられたのか、放っておけなかったからだ。
「悪いですよ」
一瞬、パァッと表情を明るくしたみのるは、真一の言葉で表情を戻す。
「良いんですよ、いつも恒子さんにはお菓子をごちそうになっていますし、今日もご迷惑をおかけしたので、お礼とお詫びを兼ねて、何か作らせてください」
みのるは私を必要としている。そう察した早苗は、無理にでもここに留まろうとした。正確には、それを口実にして居座る事にした。
今帰宅すれば、家に着く頃には真っ暗になっているだろう。自宅は民家とアパートしかない静かな住宅街で、夜の明かりは街灯と窓の明かりしかない。こんな時間に1人で帰りたくはない。
ストレスのせいで、早苗は思考停止に陥っていた。みのるの世話をしたら、もっと遅い時間に帰らなければいけないのに、それに気が付けないでいた。
「豚肉発見!長ネギもありますから、中華炒めにしますね。
うぁ、調味料が豊富ですね、材料さえあれば、何でも作れそう」
「材料無いもんね、お父さん?」
みのるのツッコミに、真一は笑うしかない。
早苗は、手早く鍋でお湯を沸かして、戻るわかめの味噌汁の準備を終えると、その隣で豚肉を炒めながら、キャベツを千切りにする。副菜が無いと寂しいと思った早苗は、厚焼き玉子を作って鯖缶を開けた。
慣れた手つきで料理をする様は、新米お母さんの様だ。材料が同じでも、真一が作る料理とは出来栄えが全く違う。みのるにとって、記憶の中にある理想のお母さん像だった。
冬休みはずっと母親の家にいたし、月に何度か泊まりに行くことがある。両親は5年生になると同時に転校させる気でいるから、東京での生活に慣れさせたい様だ。ただ、みのるはそれを望んではいなかった。
陽子は、OLとして1人暮らしが長く、食事は外食か惣菜を買ってきて済ましていたから、家庭料理はあまり得意ではなかった。頑張っていたのは結婚していた時だけだ。
だから、みのるとの食事は、もっぱら外食か、デパ地下のお惣菜が中心だった。料理を作ったのは、最初の1日だけだ。
もともと料理が得意なわけではなかったし、仕事のために時短を図る必要があった。時短をして浮いた時間を自分のために使うならともかく、浮かせたプライベートな時間を仕事にあてがってしまっていたから、みのるは、陽子の自宅を安らげる空間と認識しなかった。
血が水よりも濃いのは間違いない。だが、思い出の中の3人にはもう戻れないのだと確信していたみのるは、早苗に母親としての優しさを求め始めていた。
「お父さん、ちょっとはお姉ちゃんを見習わなきゃ、全然違うじゃない」
「面目ない」
食事中、終始笑い声は絶えなかった。みのるが求めていたのは、まさにこのような食事だ。
「お姉ちゃん、遊ぼう」
「え?」
早苗は壁掛け時計を見やった。
(3時?そうだ、だいぶ前から止まってたもんね、あの時計)
「ダメだよ、みのる。
お姉ちゃんはもう家に帰らないと」
「えー」
即答できない早苗の後ろから、真一の声が頭を越えていき、みのるを止める。それでも駄々をこねて、親子の押し問答が繰り広げられた。
早苗は、2人のやり取りを不安げに眺めている。出来る事なら、このままここに泊まっていきたいと思っていたから、内心みのるへの応援大合唱だ。
「泊まって行けばいいじゃない?そうすれば、お姉ちゃんも安全でしょう。
暗いのに女の人を1人で帰らせるなんて、ひどいよ」
少し強張った真剣な眼差しと目の合ったみのるは、何を思ったのだろうか。子供部屋に早苗を連れ去ってしまった。彼女も彼女で、抵抗することなく子供に手を引かれて行く。
1人残された真一は、仕方なく後片付けを始める。早苗の性格上、本来なら自分が洗うと言いたかったが、今真一の所に行けば、必ず帰らせられてしまう。食器を洗う音に気が付きながらも、見て見ぬふりを決め込んだ。
「お父さん、良い人だね。
いつもみのる君の事を考えているし、お友達みたいな関係ね」
月明かりの中、みのると早苗はヒソヒソ話をしていた。彼女が寝るリビングダイニングは子供部屋と接していて、スライド式の扉を開ければ、みのるの部屋と一つ凪になる設計だ。
はしゃぎ過ぎてテンションが冷めない2人は、全く眠る事が出来ず、真一の迷惑にならないように、小声で長い事おしゃべりしていた。
「学校はどうなの?」
「分かんない」
「お友達は?」
「分かんない」
「習い事もしてるんでしょう?」
「分かんない」
「カタモンタのカードゲーム面白かったね」
「うん、でもお姉ちゃん弱いね。
火水土風で相性があるから、考えて戦わないと」
「そうだね、でも何で肩に乗っけておくの?カバンに入れておけば良いのに」
「肩に乗せて置けば、すぐにモンスターのモンタを召喚できるでしょ?多分、だからだよ」
続かない会話を無理に続けることはしない。数多くの子供達を見てきた早苗は、意識してみのるが好まない話題を避けた。
はにかみながら一生懸命話すみのるが可愛かったし、日常で感じる過度のストレスから解放されて、早苗自身とても安らいでいた。このままここに住んでしまおうと、冗談めいた妄想が閃き、鼻で自分を笑った後、ゆっくりと眠りについた。
不意に目を覚ました早苗が叫んだ。部屋のかたづけをしていた真一が振り向いて微笑む。
「良いんですよ、疲れてるんでしょ?」
不眠症気味になっていた早苗が慌てて立ち上がると、真一がにっこりとほほ笑んで言った。
時計を見ると夕方の5時を回っている。冬休みも終わって陽が長くなり始める季節に入ってはいるが、空は少しまぶたを閉じ始めていた。
「すぐに帰ります、失礼しました」
コートを羽織りってバッグを手にした早苗が玄関に向かおうとしたその時、冷蔵庫の中を眺めるみのるの姿が視界に入った。冷蔵庫の中身同様、寂しげな表情をしている。とてもお腹を空かせた小動物の様だ。
「みのる君、お夕食作ってあげようっか?」
思わず言ってしまった。母性がくすぐられたのか、放っておけなかったからだ。
「悪いですよ」
一瞬、パァッと表情を明るくしたみのるは、真一の言葉で表情を戻す。
「良いんですよ、いつも恒子さんにはお菓子をごちそうになっていますし、今日もご迷惑をおかけしたので、お礼とお詫びを兼ねて、何か作らせてください」
みのるは私を必要としている。そう察した早苗は、無理にでもここに留まろうとした。正確には、それを口実にして居座る事にした。
今帰宅すれば、家に着く頃には真っ暗になっているだろう。自宅は民家とアパートしかない静かな住宅街で、夜の明かりは街灯と窓の明かりしかない。こんな時間に1人で帰りたくはない。
ストレスのせいで、早苗は思考停止に陥っていた。みのるの世話をしたら、もっと遅い時間に帰らなければいけないのに、それに気が付けないでいた。
「豚肉発見!長ネギもありますから、中華炒めにしますね。
うぁ、調味料が豊富ですね、材料さえあれば、何でも作れそう」
「材料無いもんね、お父さん?」
みのるのツッコミに、真一は笑うしかない。
早苗は、手早く鍋でお湯を沸かして、戻るわかめの味噌汁の準備を終えると、その隣で豚肉を炒めながら、キャベツを千切りにする。副菜が無いと寂しいと思った早苗は、厚焼き玉子を作って鯖缶を開けた。
慣れた手つきで料理をする様は、新米お母さんの様だ。材料が同じでも、真一が作る料理とは出来栄えが全く違う。みのるにとって、記憶の中にある理想のお母さん像だった。
冬休みはずっと母親の家にいたし、月に何度か泊まりに行くことがある。両親は5年生になると同時に転校させる気でいるから、東京での生活に慣れさせたい様だ。ただ、みのるはそれを望んではいなかった。
陽子は、OLとして1人暮らしが長く、食事は外食か惣菜を買ってきて済ましていたから、家庭料理はあまり得意ではなかった。頑張っていたのは結婚していた時だけだ。
だから、みのるとの食事は、もっぱら外食か、デパ地下のお惣菜が中心だった。料理を作ったのは、最初の1日だけだ。
もともと料理が得意なわけではなかったし、仕事のために時短を図る必要があった。時短をして浮いた時間を自分のために使うならともかく、浮かせたプライベートな時間を仕事にあてがってしまっていたから、みのるは、陽子の自宅を安らげる空間と認識しなかった。
血が水よりも濃いのは間違いない。だが、思い出の中の3人にはもう戻れないのだと確信していたみのるは、早苗に母親としての優しさを求め始めていた。
「お父さん、ちょっとはお姉ちゃんを見習わなきゃ、全然違うじゃない」
「面目ない」
食事中、終始笑い声は絶えなかった。みのるが求めていたのは、まさにこのような食事だ。
「お姉ちゃん、遊ぼう」
「え?」
早苗は壁掛け時計を見やった。
(3時?そうだ、だいぶ前から止まってたもんね、あの時計)
「ダメだよ、みのる。
お姉ちゃんはもう家に帰らないと」
「えー」
即答できない早苗の後ろから、真一の声が頭を越えていき、みのるを止める。それでも駄々をこねて、親子の押し問答が繰り広げられた。
早苗は、2人のやり取りを不安げに眺めている。出来る事なら、このままここに泊まっていきたいと思っていたから、内心みのるへの応援大合唱だ。
「泊まって行けばいいじゃない?そうすれば、お姉ちゃんも安全でしょう。
暗いのに女の人を1人で帰らせるなんて、ひどいよ」
少し強張った真剣な眼差しと目の合ったみのるは、何を思ったのだろうか。子供部屋に早苗を連れ去ってしまった。彼女も彼女で、抵抗することなく子供に手を引かれて行く。
1人残された真一は、仕方なく後片付けを始める。早苗の性格上、本来なら自分が洗うと言いたかったが、今真一の所に行けば、必ず帰らせられてしまう。食器を洗う音に気が付きながらも、見て見ぬふりを決め込んだ。
「お父さん、良い人だね。
いつもみのる君の事を考えているし、お友達みたいな関係ね」
月明かりの中、みのると早苗はヒソヒソ話をしていた。彼女が寝るリビングダイニングは子供部屋と接していて、スライド式の扉を開ければ、みのるの部屋と一つ凪になる設計だ。
はしゃぎ過ぎてテンションが冷めない2人は、全く眠る事が出来ず、真一の迷惑にならないように、小声で長い事おしゃべりしていた。
「学校はどうなの?」
「分かんない」
「お友達は?」
「分かんない」
「習い事もしてるんでしょう?」
「分かんない」
「カタモンタのカードゲーム面白かったね」
「うん、でもお姉ちゃん弱いね。
火水土風で相性があるから、考えて戦わないと」
「そうだね、でも何で肩に乗っけておくの?カバンに入れておけば良いのに」
「肩に乗せて置けば、すぐにモンスターのモンタを召喚できるでしょ?多分、だからだよ」
続かない会話を無理に続けることはしない。数多くの子供達を見てきた早苗は、意識してみのるが好まない話題を避けた。
はにかみながら一生懸命話すみのるが可愛かったし、日常で感じる過度のストレスから解放されて、早苗自身とても安らいでいた。このままここに住んでしまおうと、冗談めいた妄想が閃き、鼻で自分を笑った後、ゆっくりと眠りについた。
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