猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第百十八話 どこかの国の音楽隊だけじゃないんだよ

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 モモタとチュウ太をお口に乗せて本土へと戻ったカンタンは、しばらく人間のお家を空から観察しています。早く帰らないといけないのにおかしいな、と思ったキキが言いました。

 「何やってるんだ。モモタのお家は向こうのほうだろ。この辺りで飛んでいたってしょうがないよ」

 「ちょっと待って・・・、あ、いいものはっけーん」

 カンタンは急降下して、ベランダに干してあったトレンチコートとお揃いの帽子をくわえて、またお空へと戻ってきました。

 「洗濯物なんてとってどうするの?」モモタが訊きます。

 そう問われたカンタンは、超得意気。

 「ふっふっふっ、君たちは新幹線っていう乗り物を知っているかな?」

 誰も知りません。気をよくしたカンタンは、意気揚々と何をするのかを説明します。

 「僕の身長は人間くらいあるでしょ? だから、人間のお洋服を着てしまえば、誰も僕が鳥だなんて分からないよ。モモタとチュウ太は、引き続き僕ののど袋の中にいればいいし、キキは背中で丸まってればいいよ」

 「そううまくいくかしら?」アゲハちゃんが疑います。

 「大丈夫だよ。擬態ってやつさ。山の中にもいるでしょ? 木の幹に化けたり葉っぱに化けたりするの。人間はそんなに目がよくないから分からないよ」

 アゲハちゃんは、まだ迷っています。

 「でも、わたしはどうしよう。そのコートってお洋服の下に隠れたら、大事なお翅が傷んでしまうわ」

 すかさずモモタが提案をします。

 「カンタンのお口にとまったらどう? 人間は冬になるとお口にマスクをするんだ。寒いから。きれいな模様のマスクのふりをすれば、アゲハちゃんだって分からないんじゃないかな。

  カンタンがどんなに擬態しても、お洋服から顔は出てるから、ばれてしまうかもしれないでしょ? マスクになって顔も隠すの」

 「お、それは妙案だね」と、カンタンがトレンチコートを羽織りながら言いました。

 チュウ太がトレンチコートによじ登って、ボタンを留めてやります。

 新幹線の駅は、すぐそばにありました。上手い具合に、ホームの隅には誰も人はいません。それを確認したキキが、みんなをホームへと呼びました。

 トレンチコートを首元までまくり上げたカンタンは、お口の中にモモタとチュウ太を入れて飛び立ちます。ホームにつくなり、みんなに手伝ってもらいながら、トレンチコートをずり下げました。

 唯一トレンチコートの外にいるアゲハちゃんが、思わず感嘆の声を漏らします。

 「本当、素晴らしいわ。どこからどう見ても人間にしか見えないわよ」

 カンタンが誇らしげに目を瞑って左右に頭を傾げながら、にんまりとしながら言いました。

 「これも人間といつも一緒にいたおかげだね。そんじょそこいらの鳥にはまねできないよ。動物園生まれだから出来るんだ」

 おしゃべりしている間に、新幹線がホームへと入ってきました。ドアが開くなり、ヨタヨタと歩き出したカンタンは、新幹線の中に入ります。そして、目の前にあった乗車口の隅っこを陣取ります。

 野生動物には、帰巣本能が備わっています。とても長い距離を移動するカンタンだけでなく、キキやアゲハちゃん、羽のないモモタにも備わっていました。ですから、最寄りの駅が何駅か知らずとも、一番近い駅で下車することが出来ました。

 まだ祐ちゃんのお家までは距離がありましたが、あとはカンタンの飛ぶ速度でも、すぐに到着できそうな距離です。

 朝ごはんを食べてからというもの、飲まず食わずでいたカンタンでしたが、頑張って飛び続けました。モモタの帰巣本能を頼りに、何度か行きすぎたり戻り過ぎたりして、お家への予想位置を狭めていきます。

 そして、モモタがついに祐ちゃんのお家を見つけました。カンタンが庭に舞い降りるのを待ちきれずに、モモタはのど袋の中から飛び出します。

 ウラナミシジミの話では、既に祐ちゃんは追い出されていて、このお家にはいないはずです。それでも、何か手がかりはないかと思って、一階の窓へと駆け寄りました。

 お庭には、懐かしい祐ちゃんママの香りがします。まだ追い出されて間もないのでしょう。
 モモタが、「にゃあにゃあ」鳴いていると、窓の向こうに人影が映ってやってきます。不思議と既視感のあるシルエットでした。

 そこに、モモタが帰ってきたという情報を伝言ゲームで受け取った紋白蝶のさゆりちゃんが飛んできてくれました。

 「きゃー、モモちゃん、ようやく戻ってきてくれたのね」

 そう言って、モモタの頭にとまります。
 ですがモモタは気がつきません。それどころではありませんでした。目の前の光景を見て、モモタは、覚えた期待を思考として捉えることは出来ません。ですが、とても大きな期待が膨らみます。そして窓が開いた瞬間、モモタの胸に歓喜が湧きあがってきました。

 なんと、部屋から出てきたのは、祐ちゃんママだったのです。

 幸甚に全身を震わせたモモタは、堪らず祐ちゃんママのお胸にぴょいっと飛んで、抱っこをせがみます。

 「あらあら、どうしたの? モモタ」

 祐ちゃんママは、たおやかに微笑みながらモモタを撫でてやります。

 「今度は、随分と長くお出かけしていたのね。でもどうしたの? とても疲れた様子ね」

 モモタはあまりの喜びに、祐ちゃんママの頬をなめたり、肉球でお鼻やまぶたをぷにゅぷにゅ触ったりして、愛情を示します。嬉しさから瞳が潤んでしまって、泣きそうになるのを我慢できません。ですが、なんか思っていた状況と違うな、とモモタは思いました。

 「そうだ」とモモタは、危篤の祐ちゃんのところにいって励ましてあげなければと思い、温かい祐ちゃんママのお胸から飛び降りて、祐ちゃんのお部屋へと階段を駆け上ります。

 モモタが、扉の前で声をかけようとするや否や突然扉が開いて、膝をついた祐ちゃんがモモタを出迎えます。

 「モモター! お帰りーモモター!」

 祐ちゃんは、モモタの声を聞く前に、気配と足音でモモタが返ってきたのを察したのでしょうか。もしかしたら、心で繋がっているから第一感で気がつけたのかもしれません。

 モモタは、全身で喜びを表しました。前身をかがめておしりをフリフリしたり、仰向けになったり、横にでんぐり返ししたり、興奮しすぎて自分でも動くのをやめられません。

 そのしぐさの面白さに、祐ちゃんは笑ってばかりです。しばらくの間、モモタと祐ちゃんはじゃれついて遊びました。


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