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モモタとママと虹の架け橋
第二話 願いが叶う光の柱
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うつらうつらとしていたモモタは、いつの間にか眠っていました。暖炉から聞こえる心地の良い薪の弾ける音と、おばあちゃんの膝の温もりにいだかれながら、夢の中へと誘われていったのです。
夢の中では、若くて綺麗な茶トラの猫が叫んでいました。
「坊やー、わたしの可愛い坊やたちー」
灰色のつなぎを着た人間たちに追い回されながらも、懸命にお家とお家の隙間を目指しています。その隙間では、三匹の赤ちゃんたちが怯えながら、「ママー、ママー」と叫んでいました。
モモタは微睡の中で、不思議と見たことのある光景だと思いました。
(どこだろう?)
そう思って間もなく、モモタは完全に眠ってしまいました。
どこだか分からないけれど、真っ白な光の中に引きずり出された綺麗な猫は、オリの中に入れられて連れていかれます。「ママー、ママー」と叫ぶ二匹の子猫も一緒に。
目が覚めた時、モモタはなぜか涙を流していました。震える胸の中で起こった波が瞳から溢れて、涙となって頬を伝い落ちていきます。声を出して泣きたい気持ちになったモモタでしたが、おばあちゃんの声が、悲しみにくれるモモタの心を撫でてくれたので、苦しくなった胸の内を吐き出すまでには至りませんでした。
モモタは、もっと癒してほしいと思って更に丸く丸まって、優しい声に耳を傾けます。
おばあちゃんの虹の話は続いていました。
「――渦巻く黒雲の姿をした嵐の神様は過ぎ去り、空の雲はすっかり白い色を取り戻していたけれど、何もかもなくなっていたわ。小さな神社があるぼた山の上や、海水に浮いて傾いた家の屋根にお友達がいるのを見た女の子は、ようやくおさまったのだとホッとしたけれど、悲しみに暮れる声が方々から聞こえてきたの。
女の子が耳を澄まして聞いてみると、たくさんの人が行方不明になっていて、それを案じて名前を呼ぶ家族の声。
ずっと黒雲の中を泳いで体力を消耗していたし、長いこと光を浴びていなかったから、女の子は体力の限界を迎えていたけれど、残った力を振り絞って色々なところを探し回ったわ。
力がつき始めて輝きを失った女の子は消えかかっていたけれど、沖に流された人や、遠くの浜に打ち上げられた人をなんとか見つけ出して、村のあった浜まで戻ってきたの。
でもそこで、女の子は途方に暮れた。だってそれを伝える術がないんですもの。もともと自分の声は人間に届かないし、姿も見えない。それに今は消えかかっていて、自分ですら、意識を凝らさないと手のひらが見えなくなるほどだったから。
女の子はどうしようもなくて、堪えきれずに声を出して涙を流したけれど、自分で自分の声が聞こえない。
わたしはずっとみんなの友達のつもりでいたけれど、みんなが大変な目に遭っているのに助けてもあげられない、と絶望したの。雲の隙間から時折差し込む光に煌めきが辺りを走るさまを見て、『この光だけしかみんなに見えないなんて・・・』と思ったわ。でもその瞬間気がついたの。『この光だけはみんなに見えるんだ』、と気がついたの。
子供たちに会いたい。
妻に、夫に会いたい。
お父さんやお母さんに会いたい。
君に、あなたに会いたい。
人々の悲痛な想いは願いとなって天に上がってきて、女の子は全身で聞いていたから、本当に本気でみんなの願いを叶えてあげたい、と思ったの。
それで、力いっぱい輝きを放った女の子は、その光を雲にあてて反射させ、行方不明になった人々の上で光の柱にして照らしてあげたの。みんなはここにいますよって。
ある人の目には、東の光の柱が真珠貝色に輝いて見えたし、別の人には西の光の柱が真珠貝色に輝いて見えていたわ。みんな、きっとわたしの大切な人はあの光の麓にいるのね、って希望を持てたの。
みんなは、一晩暴風雨に晒されて疲れ切っていたけれど、打ちあがった小舟を使って頑張って光の柱の麓まで行ってみようと試みたわ。案の定そこには愛する人々がみんないたの。一人残らず。中には亡くなってしまっていた人もいたけれど、それでも家族のもとにみんな帰ってこられたわ。
子供たちは、『あの七色の女の子が助けてくれたんだよ』と口々に言って、いつかお礼を言おうと待っていたけれど、あの日以来女の子は二度と現れなかった。
この話を祖母から聞いた母の前にも、母から聞いたわたしの前にもね。
でもこの伝承だけは浜辺の村に今も伝わっているのよ。七色に煌めく光の柱を見つけることが出来たのならば、心から願っている願い事は必ず叶うって」
モモタは考えました。
(僕の願い事ってなんだろう? 祐ちゃんに再会すること? 大好きな女の子にチュッてすること? たくさんのお友だちとまた遊ぶこと? みんな大切な願い事だけど、ううん、違うよね。僕のお願い事は・・・)
幾度となく記憶に溢れる思い出の声。――「わたしのかわいい坊や」――そう言って毛づくろいしてくれて、温めてくれて、おっぱいもくれた優しいママ。ミューミュー鳴くことしか出来なかった僕を優しく育ててくれたママ。
(そう言えば、どうして僕は祐ちゃんちにお呼ばれしたんだっけ?)
モモタは思い出せません。
あれからだいぶ経ちました。広い世界を見てみたくてお外に歩みだしたモモタは、山を越えて谷を越えて海までやって来たのです。
そして今は、そこで出会った、お花が大好きなおばあちゃんのお家で、お泊りしていたのでした。
夢の中では、若くて綺麗な茶トラの猫が叫んでいました。
「坊やー、わたしの可愛い坊やたちー」
灰色のつなぎを着た人間たちに追い回されながらも、懸命にお家とお家の隙間を目指しています。その隙間では、三匹の赤ちゃんたちが怯えながら、「ママー、ママー」と叫んでいました。
モモタは微睡の中で、不思議と見たことのある光景だと思いました。
(どこだろう?)
そう思って間もなく、モモタは完全に眠ってしまいました。
どこだか分からないけれど、真っ白な光の中に引きずり出された綺麗な猫は、オリの中に入れられて連れていかれます。「ママー、ママー」と叫ぶ二匹の子猫も一緒に。
目が覚めた時、モモタはなぜか涙を流していました。震える胸の中で起こった波が瞳から溢れて、涙となって頬を伝い落ちていきます。声を出して泣きたい気持ちになったモモタでしたが、おばあちゃんの声が、悲しみにくれるモモタの心を撫でてくれたので、苦しくなった胸の内を吐き出すまでには至りませんでした。
モモタは、もっと癒してほしいと思って更に丸く丸まって、優しい声に耳を傾けます。
おばあちゃんの虹の話は続いていました。
「――渦巻く黒雲の姿をした嵐の神様は過ぎ去り、空の雲はすっかり白い色を取り戻していたけれど、何もかもなくなっていたわ。小さな神社があるぼた山の上や、海水に浮いて傾いた家の屋根にお友達がいるのを見た女の子は、ようやくおさまったのだとホッとしたけれど、悲しみに暮れる声が方々から聞こえてきたの。
女の子が耳を澄まして聞いてみると、たくさんの人が行方不明になっていて、それを案じて名前を呼ぶ家族の声。
ずっと黒雲の中を泳いで体力を消耗していたし、長いこと光を浴びていなかったから、女の子は体力の限界を迎えていたけれど、残った力を振り絞って色々なところを探し回ったわ。
力がつき始めて輝きを失った女の子は消えかかっていたけれど、沖に流された人や、遠くの浜に打ち上げられた人をなんとか見つけ出して、村のあった浜まで戻ってきたの。
でもそこで、女の子は途方に暮れた。だってそれを伝える術がないんですもの。もともと自分の声は人間に届かないし、姿も見えない。それに今は消えかかっていて、自分ですら、意識を凝らさないと手のひらが見えなくなるほどだったから。
女の子はどうしようもなくて、堪えきれずに声を出して涙を流したけれど、自分で自分の声が聞こえない。
わたしはずっとみんなの友達のつもりでいたけれど、みんなが大変な目に遭っているのに助けてもあげられない、と絶望したの。雲の隙間から時折差し込む光に煌めきが辺りを走るさまを見て、『この光だけしかみんなに見えないなんて・・・』と思ったわ。でもその瞬間気がついたの。『この光だけはみんなに見えるんだ』、と気がついたの。
子供たちに会いたい。
妻に、夫に会いたい。
お父さんやお母さんに会いたい。
君に、あなたに会いたい。
人々の悲痛な想いは願いとなって天に上がってきて、女の子は全身で聞いていたから、本当に本気でみんなの願いを叶えてあげたい、と思ったの。
それで、力いっぱい輝きを放った女の子は、その光を雲にあてて反射させ、行方不明になった人々の上で光の柱にして照らしてあげたの。みんなはここにいますよって。
ある人の目には、東の光の柱が真珠貝色に輝いて見えたし、別の人には西の光の柱が真珠貝色に輝いて見えていたわ。みんな、きっとわたしの大切な人はあの光の麓にいるのね、って希望を持てたの。
みんなは、一晩暴風雨に晒されて疲れ切っていたけれど、打ちあがった小舟を使って頑張って光の柱の麓まで行ってみようと試みたわ。案の定そこには愛する人々がみんないたの。一人残らず。中には亡くなってしまっていた人もいたけれど、それでも家族のもとにみんな帰ってこられたわ。
子供たちは、『あの七色の女の子が助けてくれたんだよ』と口々に言って、いつかお礼を言おうと待っていたけれど、あの日以来女の子は二度と現れなかった。
この話を祖母から聞いた母の前にも、母から聞いたわたしの前にもね。
でもこの伝承だけは浜辺の村に今も伝わっているのよ。七色に煌めく光の柱を見つけることが出来たのならば、心から願っている願い事は必ず叶うって」
モモタは考えました。
(僕の願い事ってなんだろう? 祐ちゃんに再会すること? 大好きな女の子にチュッてすること? たくさんのお友だちとまた遊ぶこと? みんな大切な願い事だけど、ううん、違うよね。僕のお願い事は・・・)
幾度となく記憶に溢れる思い出の声。――「わたしのかわいい坊や」――そう言って毛づくろいしてくれて、温めてくれて、おっぱいもくれた優しいママ。ミューミュー鳴くことしか出来なかった僕を優しく育ててくれたママ。
(そう言えば、どうして僕は祐ちゃんちにお呼ばれしたんだっけ?)
モモタは思い出せません。
あれからだいぶ経ちました。広い世界を見てみたくてお外に歩みだしたモモタは、山を越えて谷を越えて海までやって来たのです。
そして今は、そこで出会った、お花が大好きなおばあちゃんのお家で、お泊りしていたのでした。
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