猫のモモタ

緒方宗谷

文字の大きさ
370 / 514
モモタとママと虹の架け橋

第三話 金色(こんじき)の国

しおりを挟む
 ママのことを想いながら再び眠りにいざなわれたモモタが目を覚ますと、空はすっかりと晴れ渡っていて、青く透き通っていました。
 優しく揺り椅子を揺らしていたおばあちゃんの膝から下りたモモタが、飾り棚に飛び乗って窓から空を見上げると、雲はほとんど無くなっています。

 モモタがおばあちゃんの方を振り返って「にゃあ」と鳴く間もなく、モモタの気持ちを察したおばあちゃんが、「そうね、もしかしたらモモタちゃんの煌めく光の柱が残っているかもしれないものね」と言って、玄関を開けてくれました。

 急いで裏の納屋の屋根に飛び乗ったモモタは、そのままお家の屋根の一番高いところまで登っていきます。そして空を見渡しました。

 おばあちゃんのお膝の上でお昼寝する前とはうって変わって、いつものように清々しい景色が広がっています。お庭の向こうには、遮るものが何もない水平線の大パロラマ。空と海が溶け合っているかのようです。

 モモタは隅々まで光の柱を探しましたが、一本もありません。
 「もしかしたらママに会えるかもって思ったけど、だめみたい。お寝坊さんな僕が悪いんだろうけど、残念だなぁ」

 強がって笑ってみようとしますが、なぜか笑えません。ほほ笑みを浮かべることすら出来ませんでした。落胆したモモタは、しょんぼりと俯いていましたが、お部屋には戻りません。ママに会いたい、と言う気持ちを抑えきれなかったのです。

 長い間海に向かってぽつんと一匹でいたモモタは、不意に優しいママの記憶を思い出させるような柔らかな温かさに包まれました。背中に気配を感じて振り返ると、そこには今まで見たこともないような光景が広がっています。

 黄金に輝く太陽が雲雲を黄金色に照らし、反射するその光で天が金色(こんじき)に染まっていました。
 「すごい、世界ってお空の上にもあったんだ」
 見上げた金色の空に、雲雲が神々しい大地として浮かんでいるようです。

 モモタはそこに、温かくて優しい誰かがいるように思えました。それに、丸みを帯びたその光は、ママの毛色や瞳の色のようにも思えました。そして、陽が傾いて空が茜色に変わり紺碧色に変わるまで、モモタは空を見つめ続けていました。

 日没を迎えてから間もなく。モモタはある決心をしました。あの空の世界に行ってみよう、と。もしかしたら、そこにママがいるかもしれない、と考えてのことでした。

 その日の晩、おばあちゃんとお夕食を食べたモモタは、おねだりをして外に出してもらいました。飼い主でもないのに長いことお泊りをさせてくれたお礼をしたい、と思ったからです。

 おばあちゃんは、いつも家庭菜園のニンジンをネズミにかじられて、「ざーんねーん」と笑って言いながら、ニンジンなしのシチューを作っていました。

 それを思い出したモモタは、たまにはニンジン入りのシチューを飲んでほしいと思って、ニンジンをかじりに来る野ネズミを捕まえてあげよう、と考えたのです。

 ですが、すぐには捕まりません。このお家にはお泊りしている猫がいることを知っていた野ネズミたちは、警戒してすぐに出てこなかったからです。それに、一匹のモモタに対して野ネズミは何匹もいましたから、方々からニンジンを狙って走って来て、モモタを翻弄しました。

 ネズミがモモタをバカにして言いました。

 「家猫なんかに捕まるもんか。僕たちはキツネやタヌキも出し抜いて生活しているだぞ」

 モモタは、闇夜に紛れる野ネズミに向かって頼みます。

 「お願いがあるんだ。今年だけでもニンジンを食べるのをやめてくれないかなぁ」

 「なんでさ」野ネズミが訊きました。「猫はニンジンなんて食べないだろう?」

 「このお家のおばあちゃんが食べるんだよ。毎年君たちがニンジンを食べちゃうから、いつもニンジンを食べられなくて困っているらしいんだよ」

 すると、野ネズミたちが言いました。

 「僕たちだって困っているよ。この辺りは草原ばかりで木の実がなる木がないからね。ここだけがお腹いっぱいになれる楽園なのさ」
 「ほんとほんと、秋になればイチジクはなるし柿もなるし、冬の備えにはうってつけの超楽園」

 モモタの後ろからも声が聞こえます。

 「それとも何かい? 君は僕たちに飢え死にしろって言うのかい? ニンジン以外にも食べるものがあるんだから、おばあちゃんにはニンジンくらい我慢してもらえばいいじゃないか」

 野ネズミたちは、どうしてもモモタの言うことを聞こうとしません。仕方がないので、モモタはもう一度野ネズミを捕まえよう、と頑張りました。ですが、どんなに追いかけてもすばしっこい野ネズミを捕らえるコトが出来ません。

 桶の陰に隠れても柿の木に登ってみても、イチジクの木の根元に潜んでみても、すぐに野ネズミたちに見つかってしまいます。あと少しというところで、イバラの中に逃げられてしまいました。

 モモタは疑問に思いました。「なんで僕のことが分かるんだろう。だって真っ暗だから、見えないはずだもん」

 モモタは目が良いので,真っ暗闇でもネズミのことは見えていますが、野ネズミにはモモタが見えていません。だから、そばに潜んでいても、野ネズミたちはモモタに気がつかずにニンジンを食べに戻って来るのです。

 モモタは考えました。

 「あ、そうか、音だ。柿の葉やイチジクの葉が擦れる音や、足音でわかるんだ」
 そこでモモタは一計を案じました。お家の屋根に上って、そこから野ネズミを狙うことにしたのです。

 屋根の上はとても高いので、モモタは少し怖く思いました。ですが、下はふかふかに耕された土のクッションでしたから、飛び降りても痛いことはないでしょう。そればかりか、菜園全体が一目で見渡せるので、ちょろちょろと迫ってくる野ネズミたちの姿もみんな見えました。

 小さくこわばって狙いを定めたモモタが、「えいやー」と大ジャンプ。音が立たなかったので、捕まえられるまで気がつかなかった野ネズミは、びっくり仰天している様子です。

 夜が明ける頃、モモタはようやく二匹の野ネズミを捕まえることに成功しました。それを玄関扉の前にそっと置きます。おばあちゃんに貰ってもらおうとおすそ分け。

 人間がネズミを食べないのは知っていましたが、一晩かけて一生懸命捕まえた野ネズミでしたので、モモタは褒めてもらいたい一心でプレゼントしたのでした。

 おばあちゃんが優しさから少し開けておいてくれた二階の窓から寝室に入ったモモタは、おばちゃんが眠るベッドに飛び乗って、頬を寄せて言いました。

 「おばあちゃん、今まで一緒に過ごさせてくれてありがとう。僕、新たな旅行に出発します。また近くによったら遊びに来るね。その時は楽しいお土産話をうんとするよ」

 太陽が水平線から完全に顔を出すまで添い寝をしていたモモタは、おばあちゃんを起こさないように静かにベッドを下り、岬のお家を後にしました。何度も何度も振り返って、おばあちゃんのことを想いながら。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ノースキャンプの見張り台

こいちろう
児童書・童話
 時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。 進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。  赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※noichigoさんに転載。 ※ブザービートからはじまる恋

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう
児童書・童話
 タケルは一人、じいちゃんとばあちゃんの島に引っ越してきた。島の小学校は三年生のタケルと六年生の女子が二人だけ。昼休みなんか広い校庭にひとりぼっちだ。ひとりぼっちはやっぱりつまらない。サッカーをしたって、いつだってゴールだもん。こんなにゴールした小学生ってタケルだけだ。と思っていたら、みかん畑から飛び出してきた。たぬきだ!タケルのけったボールに向かっていちもくさん、あっという間にゴールだ!やった、相手ができたんだ。よし、これで面白くなるぞ・・・

美少女仮面とその愉快な仲間たち(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
未来からやってきた高校生の白鳥希望は、変身して美少女仮面エスポワールとなり、3人の子ども達と事件を解決していく。未来からきて現代感覚が分からない望みにいたずらっ子の3人組が絡んで、ややコミカルな一面をもった年齢指定のない作品です。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

処理中です...