猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第五話  虹の雫

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 「遠い昔、一つのある星に、たくさんの子供がいたという。暗い宇宙の中心に母たる星がおって、その周りにたくさんの小さな子供が浮いておったのじゃ。

  母星(ははぼし)は子らをとても愛しておった。子らも母である星が大好きで、いつも母星の周りを回っていて離れんかった。

  宇宙は凍えるほど寒かったから、母星は子らが凍ってしまわないかいつも案じておった。自分は暖かく燃えて輝いておったが、子供たちは水の星だったり土の星だったりして、自らの力では温まることが出来なかったからじゃ。

  子らは言った。

  『お母様、宇宙はこんなにも広いんだよ。あの闇の向こうに輝く星々に会いに行ってみたい』と。

  母星は言った。

  『おやめなさい、わたしの可愛い子供たち。あの闇の向こうに行くには、幾多の困難を乗り越えなければならないのよ。とてもじゃないけれど、あなたたちには無理なこと』

  子らは長いこと旅立ちたいと望み、母はいつまでも留まり続けることを望んだ。しかし、ある日一つの子星が言った。

  『お母様、お母様は僕たちの身を案じてここに留まるようにおっしゃっているつもりでいるのでしょうけれども、僕たちに届くその言葉には、愛情の欠片も入ってはおりません。だって、そのお言葉を聞けば聞くほど気が滅入ってきて、胸が苦しくなってきてしまいますから』と。

  子らも母星が自分たちを愛しているから行かせないのだと分かってはいたが、言われれば言われるほど、自分たちは何もする力がない、何もしてはいけない、夢も希望も持ってはいけないし、変わろうとしてもいけない、と言われているように感じるようになっておった。そしてついには、自分を卑下するようになってしまっていたのじゃ。

  そして、また長い年月が過ぎて、またある子星が言った。

  『お母様、お母様は僕たちがお母様のそばを離れずに浮かんでいれば幸せになれる、とおっしゃりますが、幸せになれるのは、生んだ我が子を手放さなくていいお母様なのではないですか?』

  母星はびっくりして言った。

  『なんてことを言うのです? 星には星の役割があって、わたしのように燃える者、青く輝く者、黄色く輝く者、いろいろいるのです。中には光を放つのではなく吸い込んで何も見せない者もいるのです。あななたちは、わたしのもとで赤や青に輝いているのが役割なのですよ。
  それともなんですか、みんなはわたしのことを愛していないのですか?』

  そう問われた子は何も言えず口をつぐんだが、別の子供が口を開いた。

  『愛を盾にとってわたしたちを押さえつけるのですか? わたしもお母様のように燃える母星になりたいのです。

  わたしたちは、母への愛情のために何もかも諦めなければならない運命なのでしょうか。愛情のために自分たちのしたいことは我慢して、つらく苦しい日々を送らなければならないのでしょうか。

  お母様は、ここにいることが幸せだと仰いましたが、ではここにいない闇の向こうの星々には不幸せしかないと仰るのでしょうか。いいえ、そんなことありません。だって向こうの星々は、とても美しく輝いているのですもの』

  皆、娘の話に聞き入っておった。話し終わった娘は、絶句する母から目を逸らさずしばらく間をおいて、そして口を開いた。

  『お母様は、わたしたちを愛しておいでにならないのですか?』

  母星は答えられなかった。まさかそのように思われているなんて露にも思っておらんかったからじゃ。

  娘は続けた。

  『愛してくださるのでしたら、わたしたちを信じて送り出してくださいませ』

  やはり母星は何も答えられなかった。その姿を見た子らは、さすがに母に同情してこれ以上『旅立ちたい』と言わなかったが、長い年月を経る中で星ひとつ、また星ひとつ、と旅立って行った。流れ星となって。

  旅立った子供たちは帰ってはこなかった。そして、ある時事件は起こった。遠くから矢のように飛んでくる流れ星があった。

  それを見つけた母星は、自分の子供がつらい困難に打ちひしがれて戻ってきたのだと思って、強く抱きしめてやろうと、自分の元に戻ってくるのを今か今かと待っておった。そして絶望に心を引き裂かれてしまうほど光景を目の当たりにしてしまった。

  なんと、その星は凍りついていて生きてはいなかったのじゃ。そして自分のそばで停まることなく通り過ぎて行った。そばを通った時、母星の熱で溶ける氷の中に見えた星の顔は我が子ではなかったが、惑星と言えるものでもなかった。ただの隕石と化した姿であった。

  母星は、残った子らの目も気にすることが出来ないほど取り乱して嘆いた。

  残った子らは、必死に母星を慰めて言った。

  『大丈夫ですよ、お母様。あなたの子らがあのような姿になったと、誰が言ったのですか。誰も聞いてはおりませんし、見てもおりません。
  どうか落ち着いてください。幸せに過ごしている、と信じてください』

  だが、母星は言った。

  『では、旅立って行った子供たちが幸せに過ごしていると、誰が言ったのですか。誰も聞いていないし、見てもいない。わたしは言ったのですよ。闇の向こうには行けやしない、と』

  そして母星は、集まった子供たちに続けて言った。『わたしは、絶対にあなたたちを手放さない』と。

  母星は、溢れんばかりの愛情をもって子らに誓った。『永遠に夜など訪れさせない』と。『闇夜で凍えさせない』と。

  母星は愛情深く子らを慈しみ過ぎて、四六時中子らを愛で続けた。そして、ついには愛の炎を燃え広げて、子らを焼いてしまったのじゃ。星屑すら残さず。気がついた時には自分一つになっておった。

  母星は、子らを自分で焼いてしまったことに気がつかずに、消えてしまった我が子らを探した。しかし見つからず、嘆き悲しんだ。母星は悲しみに苛まれてだんだんと体が重くなっていった。

  そして流す涙にも母星の絶望や悲壮、孤独、暗鬱、後悔、困惑、空虚が溶け込んでいきだんだんと重くなって、そして流れ星となった。母星はその涙を引いて落ちていった。

  そうしたことがあって、太陽が誕生したのじゃ。夜にはたくさんの星々が煌めいているにもかかわらず、昼間はたった独りぽっちの太陽が昇るようになった。

  虹が生まれたのもこの時じゃ。太陽と共に空から落ちてきた虹は雫となって結晶と化し、地に落ちた。そして、今もどこかで眠っていると聞く。

  それからじゃ、太陽が昇り落ちるようになったのは。今でも我が子を探しているんじゃろう。独りぽっちでな。

  だから、モモタが見た金色の空は、太陽に残った最後の色、嘆き悲しむ色なのかもしれんぞ」

 モモタは考えました。

 「太陽は、子供たちに会えなかったわけじゃないと思うよ。だって今は独りぽっちじゃないじゃない。月がいるんだもん。僕は思うよ。月が太陽の子供だって。

  再会できた嬉しさで、ずっと昇ったり沈んだりしているんだよ」

 ゾウガメじいちゃんはモモタに顔を寄せて、まあるいお目目を覗き込みながら言いました。

 「朝には太陽、夜には月が昇る。月と太陽は会えていないのではないかね?」

 「そんなことないよ。だって、昼間に月が昇ることだってあるじゃない。その時はいつもまん丸お月様だよ。ママと遊べて喜んでいるんだよ。

  それにもしおじちゃんのお話が本当だとしても、その悲しみを癒してあげられれば、太陽は救われる。虹の雫を集めて光の柱にあててあげられれば、太陽は子供たちに会えるんじゃないかな?」

 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、面白い発想じゃな」

 「虹の雫って、どんな形をしているの?」

 「わしゃ知らん。知っていることは、ただ日本のどこかにあるらしい、ということだけじゃ。じゃがの、虹の雫は七つあって、キラキラ輝いている、というぞ」

 さらに続けて喋るゾウガメじいちゃんの話を聞いて、モモタは心が温まる思いをしました。なんと、虹のかけらを集めて願いを唱えると、虹の橋がかかって願いを叶えてくれる、というのです。

 ただ、ゾウガメじいちゃんは付け加えて言いました。

 「だがこの話、信憑性は薄いかもしれんのう。悲しみにくれた想いの雫が願い事を叶えてくれるなんて、到底信じられん」

 「もしかしたら、虹の雫は悲しみの結晶なんかじゃなくって、再会できた喜びの結晶なんじゃないかな。そうじゃなかったら、虹を見てウキウキする気持ちになれるわけないもの。だから僕は、願い事が叶うって信じてみたいな」

 「太陽の子らは、そう言って旅立った。そして戻ってこなかったぞ。モモタ、モモタもそうなるかもしれんのじゃよ」

 「それでも僕は行くよ、だって旅行してまたここに来てよかったなって思えたもの。金色の空に遊びに行く前に、虹の雫を探す目的が出来たから。

 新しい想いを持って旅行すると、今まで見た風景も違った風に見えるし感じられるんだ」

 そう言ったモモタはお礼を言って、ゾウガメじいちゃんのもとを後にしました。

 ゾウガメじいちゃんは、モモタの背中を見送りながらつぶやきました。

 「モモタやモモタ、どうか道中無事でいておくれ」

 モモタは太陽が沈む道筋に虹の雫が落ちていると思い、太陽が進む下をヒッチハイクしていきました。
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