猫のモモタ

緒方宗谷

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モモタとママと虹の架け橋

第四十六話 望むことはいつでも望まないこと

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 迫りくるイタチを目の前にして、子鳩がもうだめだぁ、と思った瞬間でした。

 音もなく舞い降りてきたオオタカのキキがイタチの背中を鷹掴みにしてポイ、っとしました。 

 「ぎゃ!」という悲鳴が聞こえて、子鳩が恐る恐る目を開けると、慌てふためいて逃げていくイタチの背中が見えます。

 キキが、呆然とイタチを見ている子鳩の背中めがけて言いました。

 「怪我しているじゃないか、大丈夫?」

 ハッと我に返った子鳩は、「あ、ありがと――」と言いながら振り向きます。「――ございます。助けてくれて」と言って頭をあげて、「ん?」と疑問符。筆先のような模様がたくさん並んでいるフアフアした白い羽毛。

 見慣れない羽毛に、誰だこの鳥? と思って見上げてみてびっくり仰天。オオタカがいるではありませんか。助けてくれたんじゃない。イタチから獲物である僕を奪い取っただけなんだ。と瞬時に察して腰を抜かしました。

 「あわわわわわわ~」子鳩はお尻を引きずって後退り。

 キキも、自分が子鳩を食べようとしていると勘違いしている、と察して言いました。

 「食べないから安心していいよ。空から君がイタチに狙われているのが見えてさ、怪我しているようだったし、助けてあげようかなって思ったんだ」

 とても信じられません。獰猛なオオタカがハト助けだなんて。

 見たところ、このオオタカはまだ子供のようです。山鳩の男の子は、もしかしたらまだうまく飛べないから、上手いこと言って僕に近づいて捕まえようとしているんだ、と思いました。

 山鳩にとっては、タカもイタチも変わりません。だってどちらもハトを食べるんですから。飛べる分、猛禽類の方が厄介な相手です。全く信用できませんでした。

 とても怯えた様子の山鳩の男の子に、キキが言いました。

 「心配しなくてもいいよ、今はお腹がすいてないんだ。さっき君とおんなじハトを食べたからね」

 余計怖いよ、と子鳩は思いました。 

 「すいていないからといってもいつかすくんだから、その爪で今の内に僕を殺すのでしょう?」

 恐る恐る言う山鳩の男の子に、キキが答えます。

 「僕は、空の王者だよ。お腹がすいてもいないのに、命を奪う真似なんてするものか。
  そう言うのは、力のないモズやカワセミがすることさ」

 キキと山鳩男の子の距離は、キキが頭を倒せば十分届く距離です。仕留める気があれば、一瞬の間にくちばしでくわえられて引きずり寄せられ、鋭い爪で取り押さえられてしまうでしょう。

 それに気がついた山鳩の男の子が訊きました。

 「僕を殺さないんですか?」

 「ああ、殺さないさ。それより、怪我は手羽元だけかい? それなら歩いて帰れるだろう?」

 「はい、でもここから遠いので、途中で捕まってしまうかも」

 「それなら、しばらく僕らといるといいよ」

 「他にもタカがいるんですか?」

 山鳩の男の子は恐ろしくなりました。

 「ううん、家猫と揚羽蝶とクマネズミだよ」

 揚羽蝶は怖くありませんが、家猫とクマネズミはちょっと怖いなぁ、と山鳩の男の子は思いました。それでも、ここに置き去りにされるよりはましです。それに、「ネズミを食べない猫が、どうしてハトを食べるの?」とキキに言われて、それもそうか、と思った山鳩の男の子は、ついていくことにしました。

 ハッサムと名乗った山鳩の男の子を優しく鷹掴みしたキキは、モモタたちがいるであろう菜の花畑の方に飛び立ちました。

 二羽のやり取りを隠れてみていた鳥たちは、自分たちが捕まらなくてよかった、とホッと胸をなでおろします。そして口々に言いました。

 「だが、あの子鳩、可哀想に」

 「ああ、もう帰ってはこないだろうな。親御さん二羽に伝えてやりゃならん」
 
 ※※※

 ところ変わって山の外側。黄色いじゅうたんが敷き詰められた丘陵の一つ。その真ん中あたりで、モモタはエゾヒメ紋白蝶たちと戯れて遊んでいました。野ネズミを捕まえて満腹になったので、キキが戻ってくるまで遊びながら待つことにしたのです。鼻にとまろうとするエゾヒメ紋白蝶を追いかけて、ピョンピョン飛び跳ねていました。

 そこに、天を切り裂くタカの鳴き声が響きました。キキが帰ってきたのです。モモタは、居場所を知らせよう、と一生懸命飛び跳ねて、所狭しと咲き誇る菜の花の合間から頭を出します。アゲハちゃんもその周りを飛び回り、チュウ太も花の上に登って手を振りました。

 「なんか捕まえてるな」とチュウ太が言いました。

 よく見ると、両足で鷹掴みにされているハッサムが、全身をピンと張って硬直しています。モモタたちは、これからごはんにされるから強張っているんだな、と思いましたが、実は違いました。

 時速80キロを超える高速飛行にびりびりビビって、心臓がクチバシから出そうなのです。遠心力も凄まじく、本当、全身の羽が抜けた上、無数に開いた鳥肌の穴という穴から中身が全部出てしまいそう。

 しかも最後は130キロの急降下。ハッサムは、「ぎょえぇぇぇぇ~~~~~~~~~‼‼‼‼‼」と泣き叫んで、地上についた時には泡を吹いて白目をむいていました。

モモタが言いました。

 「あ、なんか食べやすくなったね。ネズミ残しておけばよかったな。そうしたら少し交換してもらえたのに」

 モモタはハトを食べたことがなかったので、興味津々です。

 もうろうとする意識の中でその言葉を聞いたハッサムが、ハッと覚醒して慌てふためきました。

 「わわわ、やっぱり食べるんだ。助けてー」とキキの後ろに隠れます。

 モモタが言いました。

 「キキより僕の方が怖いっておかしくなーい?」

 だって、爪も牙もキキの方が大きいし、空だって飛べるのですから。

 キキが笑って、ハッサムと出会ったいきさつをモモタたちに教えてやります。

 それからしばらくの間、モモタたちは代わる代わるハッサムのお世話をしながら、虹の雫についての情報を探しました。ですが、幾つもの丘のお花畑を回っても、虹の雫に関するお話は聞くことができません。

 ある日の夕暮れ、光の柱の物語を聞いたハッサムが言いました。

 「僕だったら、一番強い鳥になりたいって願うな。そうしたら、この間みたいにイタチを怖がる必要もないし、今みたいに飛べずに地べたに座りっぱなしってこともなくなるからね」

 キキが「強くなってどうするんだい?」と訊きます。

 「べつに、どうって言われても困るけど――」と答えるハッサムに、キキは続けて言いました。

 「目的もないのに強くなりたいの?」

 「強くなるのが目的かな?」

 「じゃあ、今まではどんなふうに鍛えてたの?」

 「別に何も」

 「じゃあ、普段は強くなりたいって思ってないってこと?」

 「ううん、思ってるよ。キキ君みたいに強くて早く飛べたらどんなにいいだろうなって思う。僕んちの近くにはキキ君みたいに強い鳥はいないけど、むこうの山の上を飛んでいたキキ君みたいな猛禽の鳥の影を見ながら、いつかあんなふうになってやるぞって夢見てたんだ」

 キキは笑って言いました。

 「そうか、それなら一緒に冒険しないか? ハッサムが自分の光の柱を見つけられたなら、“一番強い鳥にしておくれ”ってお願いすればいいんじゃない?」

 ハッサムが夢見がちに言いました。

 「冒険かぁ、いいなぁ、いつか行ってみたいなぁ。いつか強くなったら行ってみたいなぁ」

 「今行けばいいじゃないか」とチュウ太「もうすぐ冬だから、ここいら辺はとても寒くなるんだろ? 今だってなんか空気が冷たいし。南の方に行けば、まだあったかいよ」

 アゲハちゃんも「そうね」と言います。「冒険の仲間が増えるのは頼もしいわ。ハトはどこにでもいるし、海を越える子もいるみたいだから、虹の雫を知っているって言う子も現れるかも」

 ですが、ハッサムが言いました。

 「今はいいよ。いつかにする。今度機会があったら自分で考えてみるよ」

 モモタは思いました。
 (たぶん冒険をする気はないんだろうな)と。

 やりたいことがあるのに今できることをしないのは、出来ないのと一緒です。できないからやろうとしないことよりもタチが悪いことを、モモタは知っていました。

 できないのにしようとすることの方が、とっても勝ります。諦めなければ、いつかは出来るようになるからです。もし夢に届かなくても、手に入るものはいっぱいあります。別の道を進む時にだって役に立つのです。

 モモタは、(ハッサムはずっと山鳩のハッサムなんだろうな)と思いました。

 それから数日後、傷がだいぶ癒えてきたハッサムは、ようやく飛べるようになりました。そして、キキたちにお礼を言って、飛んでお家に帰っていきました。

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